真夜中の凶暴シスコン女子高生
僕が寝室への侵入に成功した時、既に二人は就寝済みだった。
音を立てずに忍び寄り、手を繋いで眠る二人の「八重」の顔を盗み見る。一つは出会った時そっくりの幼い顔、もう一つは見慣れた女子高生の顔。僕は幼い方の「八重」をスマホのカメラで撮影し、女子高生の「八重」も撮影した後、額にマジックで肉と書いた。
帰ろうとすると、女子高生の「八重」の寝言が聞こえる。
「……きゅーこ……」
僕はゆっくり、ぼんやりと思い出す。
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ある冬の昼下がり。
中学三年生、受験を間近に控えた僕は公園のベンチで本を読んでいた。確か、レシピ本。あの頃はまだパティシエの夢を諦めきれていなかった。
小学生たちの投げたボールが転がってきたので、僕は投げ返す。その中で高学年の男子に混ざって野球をしていた、ツインテールの少女に何故か目を奪われた。少女は僕に気付いてか、絆創膏を貼った顔をこちらに向けた。
「おい鬼子! 早くバッターボックスに立てよ」
「鬼子じゃない、八重」
八重。その少女こそ全ての元凶であり、今の教え子なのだ。
野球が終わると、少女は僕のところへ駆け寄ってきた。
「おにーさん、何やってんの」
「見ての通り、読書ですよ」
「公園に来て読書?」
「……」
ずれた眼鏡を掛け直し、僕は答えました。
「家で読むと、家の者がうるさいので」
「家の者? おにーさんってお坊ちゃんなの? めんどくさそー」
「まぁ、そんなのに近いでしょうね」
少女が隣に座り、しばらく無言が続いた。やがて日が傾き、午後五時の時報が鳴り響く。
「! 帰んなきゃ。もうおかーさん帰って来てるかな」
「共働きですか?」
「んーん、病院。わたし、おねーちゃんになるんだよ」
「……それはそれは」
少女は、絆創膏だらけの顔で不器用にニッと笑って見せた。
「わたしが八番目の『鬼の末裔』の女だから、わたしは八重。妹は……『きゅーえ』かな? おかーさんは七恵だし」
一瞬「子だくさんだなおい」と思いかけたが、ナンバリングは先祖代々の物らしいと気付いて僕は喋る。
「流石に語呂が悪いでしょう。きゅう……『きゅうこ』とかですかね? 今風だと『ここ』とか」
「ん、『きゅーこ』のが強そう」
「強そうって……」
「妹だけんね、わたしがいろんな所に連れてって鍛えるんだ。きゅーこ! へへへ……」
幸せそうな笑顔を見て、思わず笑みが零れた。
そして少女とは、そこで別れた。
それ以来、僕は小学生女児にしか欲情しなくなった。
小学生を見ると鼻血が出る。女を見てもただの汚い肉塊にしか見えない。最初は矯正を試みていたけれどウワアアアああああああああああああああああああああああ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だあああああああああああああああ!! さらに十一月生まれの僕に対する家の重圧に耐え切れなくなり、僕は本格的にロリコンへの道を突き進むことになった。白菊に告白されたけど知るかクソアマ。どうせ家の者が僕をパティシエになるのを許さないならば小学校教師になろう。そう思いつつも元々頭が良かったのが災いしてか恋愛対象外の高校生を相手取ることになり、早三年。僕ももう二十五歳なんですね、早い早い。そして、今年赴任してきたこの高校の文化祭で、僕はあの少女とよく似た……そう、糾子ちゃんに出会ったのです。僕は少女とそっくりな糾子ちゃんに釘付けとなりました。ただ違うのは顔に絆創膏が無いのと、女子力が高いところ。そして笑顔を振りまく愛想のよさ。後からやってきた女子生徒は、よく見ればあの時の面影を残した……八重でした。僕は幸福感で満たされました。しかし同時に考えます。このまま放っておけば糾子ちゃんもまた時の流れに抗えず大人になってしまう。ならばいっそ……殺して、そうです、僕を苦しめ続けた性癖を鎮めるため、糾子ちゃんをホルマリン漬けにしてしまおう、と……半年ほど計画を練りに練って、ついに僕は邪魔な少女、八重を拉致するに至りました……が八重さんの身体能力は思った以上に高く、僕のチェーンソーでは適いませんでした。そして、幸か不幸か僕のことを覚えていない彼女は、僕と約束をしました。糾子ちゃんと害を加えない範囲での交流を許可する、と。
……僕の餓えて見境無い性癖は、少しだけ静かになった。
けれど、何かがおかしい。何かが足りない。
僕はそこで現実に引き戻された。
見れば、ベッドで八重さんが上体を起こし、寝ぼけまなこで僕をじーっと見つめている。
「……せんせ」
「こんばんは」
「まーた不法侵入しやがったな……糾子に何するつもりですかぁ」
「盗撮、ですかね。既に用は済んだので帰ろうと思って……うわ何するんですか僕のスマホからSDカードを抜き出してぎゃあああああ折れたああああ」
「はっはっは!」
悪役のような高笑い。
しかしそれは、突如響いた窓ガラスの音に掻き消された。




