ヤンデレロリコン先生の親戚かつ至って真面目な誘拐犯と純白ロリータ糾子ちゃん
「初霜さん、きゅーこ次はあまーいケーキ食べたい!」
「よし、何処がいい?」
「きゅーこね、おいしいお店知ってるの!」
「初霜さん、今度はゲームセンター!」
「お、おう」
「いつもはおねーちゃんがきびしくて、やんなっちゃう」
「初霜さん、遊園地つれてってー」
「……すまんが、だんだんと要求がきつくなってないか?」
「えー?」
「高級バイキング然り、ゲーセンでの豪遊っぷり然り、もうお姉さん限界だぞ」
「でもでもっ、遊んでくれるんでしょ?」
「きゅーこちゃんからメールです」
「マジか! 先生見せてっ」
私が画面を覗き込むと、表示された文字列は短く愛想の無いものだった。
「『おねーちゃんにはないしょね』ですって。ふふふ、ついに僕もきゅーこちゃんと深い仲になれたのですね。もう、きゅーこちゃんが僕のホルマリン漬けになる日も近いということですか」
「はぁ!? なんだと糾子、この私に隠し事、しかもよりによって先生と!」
「僕の勝ちですね」
イライラして、握っていたシャープペンを思わず真っ二つ。
「ってか、内緒って糾子一体何を」
「お出掛けしてるんでしょうね」
「先生もっと前の会話見せて下さい! ってあああ! 畜生これロック掛かってるし!」
ぶん取ったスマホにはロック画面が表示され、私と糾子の間に立ち塞がる壁となっている。
「僕の番号、当ててみますか?」
「そんな暇無い! それじゃ私帰りますんでっ」
机に置いてあった荷物を片手で引き寄せ、私は教室を後にした。
待ってて糾子、おねーちゃんが助けに行くからね……!
***
私が糾子を見つけたのは、糾子が恐竜に造形したジャングルジムのある公園だった。
「ねぇねぇ、初霜さん」
「……ううっ……今度はなんだ?」
「きゅーこね、初霜さんにだぁいすきな『お兄さん』とあわせてあげたいの! ね、高校まで連れてって?」
「ぎくっ! そ、それは……悪いが今日は出来ないぞ。またの機会に、な?」
「ちぇー」
「……ところで、今度からお互い他人行儀に呼ばず、私を『おねーちゃん』と呼んでくれるか」
「なんで?」
と、糾子は見知らぬ女と話している。
もうっ、おねーちゃんとの約束を破ったな!? 後でおしおきだからね!
「私は、兄弟はいるが姉妹はいないのだ。だから少し、憧れていてだな」
「いや、だよ」
「どうしてだ?」
「だれがテメーみたいな『ゆうかいはん』なんざ自分の姉と並べるかよ」
きゅう、こ?
「初霜さん、何が目的なの? おねーちゃんに、何する気?」
「それは、違う……!」
女……初霜は、恐れ慄いて後ずさる。それを、いつもの様子からは想像もつかないくらいに凄みのある顔をした糾子が、じり、じり、とジャングルジムに追い詰める。
まるで、妹が妹じゃないみたいで。
「ちがう? じゃあ、最初のうそは、なに?」
「っ」
「答えろよゴミカス」
「……分かった! 分かったから離してくれっ。もうしないっ」
「そう? じゃあ、ゆびきり!」
不意に糾子が明るく無邪気に笑う。
「ゆ、指切り、か」
初霜の小指と、糾子の小指が絡む。
「えへへ、きゅーこがうたうね! ゆーびきーりげんまん、うそついたら、はり千本のーますっ」
最後の言葉と共に、女の悲鳴が木霊した。
離れた小指はあらぬ方向へと曲がり、苦しみもだえる初霜を見下ろした糾子は、
「じゃあね、初霜さん。あなたとまたあえる日を、『ゆびおりかぞえて』まってるねっ!」
天使のような笑顔で、公園を後にした。
***
そして、糾子は隠れていた私に駆け寄ってきた。
「おねーちゃんっ」
ぴょんっと胸にダイブしてきた糾子を、よしよしと撫でてやる。
「ごめんね、かってにおうち出ちゃって」
「全く、次は気をつけてよね? それに……はあ、また刺客か」
「……ねぇ、おねーちゃん。さっきのみてたんだよね?」
眉を八の字にして、いつもの無邪気、いやもしかするとあざといしょんぼり顔。
「糾子だって私の妹だもんな、こんな粗暴な奴のところで、まっとうに育つ訳がない。ごめんな」
「ちがうの。そうじゃなくて……きゅーこのこと、きらいになる?」
「そんな訳ないじゃん! 私は、糾子の、おねーちゃんだからね」
すると、糾子は俯いて「じゃあ」と呟いた。
「おねーちゃんの料理、味がうすすぎ! おいしくない! って、いっても?」
……。
「味、薄いのか……健康に気を使ったつもりだったんだけど」
「あと、こないだのたまごやき、あまかった。きゅーこはしょっぱいのがすきなの!」
「……そっか、おねーちゃん気をつけるから」
「あはは!」
糾子は立ち上がり、私の手を握る。
「いっしょにかえろ? きゅーこ、もうはらぺこだよぉ」
「はいはい」
空はもう、オレンジ色に染まっている。
「……あのね、おねーちゃん」
「なーにー?」
「きゅーこのおねーちゃんは、やえおねーちゃんしかいないからね」
幸せな色だ、と、しみじみ思った。
今日の夕飯は、オムライスを作ろう。
「ぎいいいやああああああ痛いいいいいいい救急車ああああああああああああ」
聞こえないフリ、聞こえないフリ……。
誘拐すら出来ないまま終わり。




