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とめどなく溢れる凶暴シスコン女子高生への杞憂

僕は、ヘッドホンを外して席を立った。

義妹と八重さんの声を、盗聴器は確かに捉えていた。糾子ちゃんもいる。三人がこれから殴り合いだけで戦う分なら問題無い。しかし、白菊があれを使った場合は。

「おう、神在月ぃ。どうしたのか」

「川口先生、お先に失礼致します」

「……児囃か」

「僕の妹が勝手に修羅場作ってるんです。早く止めないと」

「お前の家ってホント何なんだよ! 俺がお前を受け持った時から思ってたけど」

「自称陰陽師の家系です」

「それは昔聞いたけど! それ以上に色々おかしいと思うぞ? それによぉ」

僕が焦っているのに気付いたのか、川口先生はそこで一旦言葉を切った。

「まぁ、お前ももう大人だろ。いい加減に家の言いなりになるのはよせよ」

「……はい」


+++


電車に乗っている暇は無かった。

学校から八重さん宅までの直線距離は意外と短い。杜山さんから借りた自転車で突っ切るのがベスト。街一つくらいならそう時間は掛からないでしょう。信号の無い住宅街を選び、歩行者が気付くようライトをフルに点灯させて漕ぎ出した。

眼鏡がずり落ちそうになる程の速度で走る間にも、脳内を様々な憶測が浮かんでは消える。

……もし、白菊が鬼を封じる術を使ったら。もし、二人を結界に閉じ込めたら。もし、妙なあやかしを召還でもしたら。

正直、僕は白菊の正体が分からない。ただ『義理の妹』とだけ言われ、幼少期から僕より良い教育をされていたのは事実。ああそういえば、白菊も十月生まれらしい。

曲がり角から飛び出してきた塾帰りの小学生を避ける、と僕は、その幼い姿を見て一瞬ぐらついた。それから鼻に、嫌な温もり。血だ。これもあの呪いに似た過去の記憶のせい。全てはあの人がいけないんです。流れ続ける鼻血をそのままに、僕は走り続ける。


……もし、白菊が本当はレズで八重さんを狙っていたとしたら?


僕の中に、めくるめく妄想と幻覚が展開する。


『ふふ、この白菊に歯向かうとどうなるか、お解かりになられましたか?』

『ひぅっ……! こ、こんなの、』

『妹を助けて欲しくば、という選択にイエスと応えたのは貴女様でしょう』

『ああっ! いやっ、離せっ……んんっ!』

『ほら、あんなに安らかな顔で眠ってますよ、可愛い妹さんですこと』

『ああああああああ!』


『兄さんに自慢しなくてはなりませんね、二人は白菊の手中に落ちたと。そうすればきっと、諦めて家に戻ってくるに違いありません』

『……』

『どうなさいました? 八重』

『……きゅーこ……』

『あの子なら、既に殺しましたの』

『! やくそくが、』

『ふふふ……ここには白菊と貴女様のみ。誰にも侵入はさせませんのよ』


そういえば、あれ以前は僕も百合が好きでした。

いよいよ止まらない出血。がむしゃらに自転車を漕ぎ、眼鏡が振動で激しく上下するので視界が悪い。それでも僕には止まっている暇は無い。早く、白菊を本家に追い返さなければ、僕の、八重さんと糾子ちゃんの平穏が崩れ去ってしまう。

そんなことを考えていると、突然車体が大きく揺れた。

小石を踏んでしまったらしい。些細なことだが、僕は焦っていたせいかバランスを失い、そのまま民家の植え込みに投げ出された。足を捻ったらしく、痛みを感じた。その時に眼鏡も外れてしまい、拾い上げるとヒビが入っていた。

僕の臓物に、「走れない」の四文字が震えと絶望を伴って駆け抜ける。

……いいえ、まだです。

自転車に乗るのは危険なので、スマホを顔に近づけて見ながら走った。八重さんと、糾子ちゃんを、何としてでも守らなければなりません。捻った右足がもどかしい。早く、早く、早く……!


奇跡的に玄関へ辿り着いた僕は、家が妙に静まり返っているので不審に感じた。

もう、ことは済んでしまったのか。しかし確かに人の気配と話し声が聞こえる。僕は、思いきって食卓そばの窓に向かい鉄パイプを降り下ろした。


「どう? 私のシチューうまく出来てるかな」

……あれ?

「美味しいですの……白菊、このような料理は久し振りに食べました。普段は和食だけで、弁当さえ年中家庭向けおせちみたいですので」

「ね、おねーちゃんの料理はおいしーでしょ?」

「……児囃さん、これは」

「んー? 先生、眼鏡どうしたんすか。まぁ、今度窓の弁償ちゃんとしてくださいね」

そこにあるのは何の変哲もない食事風景。

「兄さんも、召し上がらないのですか?」

「……糾子ちゃん、一体どうしてこんなことに」

「おねーちゃんがね、ブレーンバスターで白菊お姉さんを一発KOしたんだよ」

「ブレーンバスターで……!」

彼女ならやりかねない。

「ほら、先生もどうせならシチュー食べてってくださいよ。兄弟同士積もる話もあるんでしょーに」

「は、はい」

結局、この二人が誰かに屈服するなんてありえないのですね。自称「鬼の末裔」ですし、何より……いいえ、やめておきましょう。ともあれ僕にもいっそうの努力が必要ですね。


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