今まで一度もヤンデレロリコン先生が真面目に補習をしていない件
放課後。
部活棟の隅にある教室へ、重い荷物を引っさげて到着する。今日は本当に疲れた。体育の持久走もあるけど何より数学が二時間もあった。
数学は嫌いだ。答えはたった一つと言っておきながら関数はその定例をさらりと受け流すし、ややこしい公式が高校では格段に増える。いまだに互除法とかの意味が全くもって分からない。
そして小テスト。あれはもう数学ガチ勢によるいじめだ。
「人には得意不得意がある」……自分こそが普通だと信じてやまない奴らに相談すれば、必ずこの答えが返ってくる。
はっきり言ってよ、「出来ない奴は不合格」って。
毒づきつつも教室へ辿り着き、ドアを開ける。
「お帰りなさいませ八重お嬢様」
「うわってめぇドア開けてすぐのところに立つんじゃねぇよ!」
ドアを開けると、いきなり視界に先生が飛び込んできた。何やら妙な台詞と共に。
「何ですか先生、文化祭の練習か何かですか」
「文化祭なら春に終わりました。これは執事喫茶の練習、いや真似事です」
「へー、いくら執事でもなかなか嬉しくないもんですね!」
「……どうやら処分されたいご様子」
先生はスーツのポケットから、折り畳まれた紙を取り出す。
「児囃さん、これについて説明を」
開かれたその紙には……右上に大きく「48」の赤文字。
「日頃大口を叩くわりには、お粗末な脳味噌しかお持ちでないようで」
「いいじゃないですか私かて他の教科は平均点越えしてますし」
「ああ嘆かわしい、僕の補習指導が不十分なのでしょうか」
「でしょうね、毎回最後は一対一の血で血を洗う乱闘もしくは糾子の魅力の論争で終わる補習なんて前代未聞、地球がひっくり返るくらいありえないですし」
「だから宇宙に上下は存在しないと何度も」
「比喩です比喩! 例え話です。先生って現代国語の読解とか苦手だったりしました?」
「……」
図星か。
「……あのー、こんちわ」
「おっと杜山くん、今日も補習?」
「まぁ……今日くらいは二人とも、乱闘しないでくれますか?」
普段から補習では大人しく隅っこで返り血を回避しつつ勉強している杜山くんだが、今日はいつにも増して元気が無い。
「どうした、杜山くん」
「……これ」
手渡されたくしゃくしゃの紙。
ゆっくり開いてみると、右上に「28」の文字。
「……杜山くん、これ赤点じゃん」
「勉強に集中できないんすよ! ここ最近ずっと!」
うわあああ! と癖毛の頭を掻き毟る杜山くん。そういえば髪の量も日ごとに減っている気がしてならない。
「八重さんと先生! 俺、今日ぐらいはちゃんと勉強したいんで、殺し合いしないでもらえますか!?」
私と先生は顔を見合わせる。
結論から言おう、無理だ……と先生の目が言っている。私の目もきっと同じだろう。だがしかし、これではあまりにも妹争奪戦の部外者である杜山くんがかわいそうだ。
「先生、今回は私に刃物を向けないでくださいよ」
「児囃さんこそ僕を殴らないでくださいね」
杜山くんはガッツポーズをした。
+++
外で午後五時を告げる時報が鳴り響く。
教室の机にへばりつき、杜山くんは真面目に勉強している。私はすることも無いので週課題だけ片付けてしまおうと、ちまちまプリントの空欄を埋めていた。実際この補習には決闘のために呼ばれているだけであって、課題忘れなんて私は滅多にしていないのだ。いつも最終的に私が先生を気絶させることでこの補習は終わる。だが今日は多分杜山くんに合わせて終わるだろう。
暇だ。帰って夕飯作りたい。
「ねー、杜山くん、あとどれくらいかかるのそれ」
「うーん……三十分」
三十分あればこの課題も終わりそうだな、よし。時間の有効活用って大事だよね!
「……児囃さん」
「ん?」
「何だか煙っぽくない?」
「そういえばそうだね」
懐かしい香りがすると思ったら、校舎の外で焼き芋を売っているらしい。もうそんな季節か。
……と。
「お、先生お帰りなさい」
「ただいま戻りました、二人にご褒美ですよ」
教室からいつの間に消えたと思ったら、先生が紙袋を持って帰って来た。中身は焼き芋だ。
「はい、杜山さん。なかなかはかどっているようですね」
「ええ、まあ」
「……ほれ、児囃」
「ちょっ、あっつ! 焼き芋投げんな死ね!」
投げてよこされた焼き芋の熱さに、思わず焼き芋を投げ返す。
あ、先生めっちゃ楽しそう。
「……ほれ、ほれ、受け取りなさい」
「あっつ! やめろ! このっ、」
「ふふっ、ふはははははは! どうです焼きたての芋は! 熱いでしょう!」
「てめ、このっ……!」
熱さを堪えて芋を握り、それで顔面に殴りかかる……が、それを防いだのもまた先生の手に握られた焼き芋。
「児囃さん、やるんですね」
「ええ」
「ちょ、今日は殺し合いしないって約束は……!」
「「結論から言おう、無理だ」」
それを合図として、補習教室に焼き芋が飛び交った。
その、十分後。
「ぜはー、ぜはー……よっと」
口に焼き芋を突っ込まれて気絶した先生を、窓の外に投げ捨てる。
「さ! これで杜山くんが集中して勉強できるな!」
「……」
「どうした?」
杜山くんの体が、わなわな震えだす。
「おーい、杜山くーん?」
「……いい加減に……」
次の瞬間、私は夕焼けこやけの空を猛スピードで吹っ飛んでいた。
教室の窓に見える杜山くんの姿。これは杜山くんがやったんだな、と悟った。
「いい加減に、しろおおおおおおおお!!」
思った以上に、杜山くんって強いんだな……って、それで片付けていいのだろうか。
ともかくごめん、杜山くん。補習、また乱闘になっちゃったね。
まさかの杜山くんスーパーサイヤ人。