ヤンデレロリコン先生と凶暴シスコン女子高生
朝、起きる。
「おねーちゃん、おはよ」
目を開けば、真っ先に視界に映ったのは、ツインテールに幼い顔立ちの少女……そうだ、私の大事な大事な妹だ。ぷにぷにのほっぺときらきらした瞳が目の前にある。
「……おはよ、糾子」
「早く起きて、ちこくするよ!」
「はいはい」
私は本当に幸せ者だ。毎朝、可愛い小学生の妹にこうして起こしてもらえるなんて。いやいや、私は小学生が好きなんじゃなくて、糾子という存在が愛しいんだってば。勘違いされたら困る。
朝御飯を済ませ、身支度をして鞄をひっ掴み、愛しの妹に見送られながら家を出発した。
そのままトラックに引かれる事も無ければ異世界に飛ばされる事も無く、駅から電車に乗って通学。
何の変哲もなく、素晴らしい秋の朝だ。
……うちの学校の先生がダッシュで電車と並んで走っている以外には。
昨日は窓に張り付いていた。だが今日は猛ダッシュでこちらを睨みながら、手に握った大鉈をぎらつかせている。
あ、転んだ。
先生が遠ざかってゆく。
……ざまぁ。
***
放課後、私は補習に呼び出された。
課題の不備を装った本当の理由は分かっている。 先生がお呼びなのだ。そう、先生が。
誰にでも一人くらい、職員室で見かけるけど名前が分からない先生はいるだろう(まあ私は担任以外そうだが)。便宜上私はそれをただ「先生」とだけ呼ぶ。その呼び名は最も正しく、先生以上の何者でもない。
ただ、あの「先生」は例外だ。
私はその呼び名を誰にでも一人くらいいる「先生」とは異なった感情を込めて使う。奴には、そんな言葉で他の善良なる「先生」といっしょくたにしてはいけない理由があるのだ。
誰もいない教室。補習の生徒は珍しくゼロ。あの常習犯の杜山くんもいないとなると、完全に奴だ。
席に座ってスマホをいじっていると、教室のドアが開いた。背の高い、眼鏡の男が入ってきた。手には今の所何も持ってはいない。私はスマホをしまって姿勢を正し、
「どーも、ヤンロリ先生」
と呼んでやった。
「こんにちは、児囃八重さん」
その瞬間、懐からあの大鉈が飛び出す。首を反らして薙ぎ払う一撃をかわし、目だけ動かして先生の顔を見た。顔が気持ち悪い笑みで歪んでいる。
「糾子ちゃんはいないんですね」
「連れてくる訳ねーだろ変態教師。私の妹に手出ししないと契約を結んだんじゃありませんでしたっけ」
「あんな物、口約束に過ぎません」
ひでぇ! 鬼畜! だが鬼の血を引く我が児囃一族の末裔にして糾子のおねーちゃん、この児囃八重には敵わない。こないだもチェーンソーに素手で勝ったし(傷はまだ少し残ってる)、何より姉が妹を思う気持ちに不可能など無い。
「ところで先生質問でーす。今朝私の乗ってる電車と追いかけっこして無様に転んだのはどちらさまでしょうか?」
「線路の脇に妙な石の印が置かれているのが悪いのですよ」
「いや、線路に入る時点で犯罪ですからね。ひと昔前にニュースでやってませんでした?」
「邪魔者の排除のためなら犯罪行為も厭わない。それが僕のモットーですから」
「うわぁ……」
こんな奴が教師としてのうのうと生きているだなんて、世も末である。
ちなみにこいつが私を邪魔者扱いするのは、ぶっちゃけ妹に恋しちゃったから。確かに糾子は可愛いし天使だし妖精だし女神だし何よりも清らかな存在だけど、私が一人占めしている糾子の魅力を、あわよくばホルマリン漬けにしてしまおうと目論んでいるので私も法律さえ許せば容赦無く殺す。
「それじゃ、私帰りますから」
「待ちなさい」
目の前に突きつけられた鉈が、燃え立つ斜陽にぎらつく。
「……何すか」
「何歳、何処住み、SNSやってますか」
「十五歳、駅から私の足で徒歩一分の山奥、SNSはやってるけど通知は牛丼屋のクーポンしか来ない」
ひらり、と白いメモが舞う。落ちる前に手で掴み、広げるとそこには……アドレスだ。
「え」
「僕のです」
先生は鉈を懐に(謎の方法で)しまい込み、教卓から一番近い机に腰を下ろした。そして本を広げ、
「帰ったら連絡お願いします」
と言った。
「……」
私は、鞄を持って席を立った。
こいつは一体、何を考えているんだ。もともと筋力と妹愛だけで生きてきたつもりの私には、この「先生」の考えている事が分からない。
ただ、確かな事が一つ。
「勿論、欲しいのは糾子ちゃんからの連絡ですが」
「死ね!」
ヤンデレロリコン先生は、いつか私が葬り去らねばならない。