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マーレヴィーナの巫女姫  作者: 綾野柚月
1章 昏き影
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 グラントの話は時系列が乱れていて要領を得ず、且つ要点が定まっていなかったので理解するのに流石のルディも多くの時間と神経を要した。

 そして何とか話の内容を再構成して噛み砕くことが出来たとき、朧気ながら形が見えてきた気がした。


 グラントは神殿に仕えて十年以上の中堅の神官で、生まれはマーレヴィーナの貴族階層だ。彼の家は代々多くの神官や巫女を輩出してきた。マーレヴィーナに於いて、シェーラミルデ神殿に使えることはこの上ない名誉なことだそうだ。グラントの生家のように多くの者を神殿に送り出すというだけで名門ということになるらしい。グラントも当然のように十代半ばで神官見習いとして神殿に入った。その頃は巫女姫はまだおらず、しかし未来の巫女姫の候補となる幼い少女たちが巫女姫となるべく神殿で修練を積んでいたようだ。

 その少女たちの中で一番巫女姫に近いところにいると目されていたのが、マーレヴィーナの政治の上での最高権力者であるオルシュタット公爵の息女、ローゼリシアだった。ローゼリシアは物心つく前から高い霊力を神殿に認められ、未来の巫女姫として神殿で育った。素直で心優しい彼女は、さぞ立派な巫女姫として成長するだろうと周囲からの期待も非常に高かった。

 しかし、ローゼリシアが十三歳になりいよいよ巫女姫として正式に就任する目前、突如として彼女・・はシェーラミルデ神殿に現れた。神殿長がどこからともなく連れてきた純白の少女は、ローゼリシアをも圧倒する霊力を持ち、あっという間にローゼリシアから巫女姫の座を奪ったのだという。初めは異論ばかり唱えていた神殿人たちも、彼女のあまりに高い霊力に反論を封じられた。

「巫女姫様の力は圧倒的で、誰も反論できなかったのです」

 グラントは当時を思い出したのかブルッと背を震わせる。

「巫女姫は一体何者なんだ?」

「神殿長様はご存知のはずなのですが、始まりの巫女姫の再臨だとおっしゃるだけで話しては頂けませんし、巫女姫様もご自身のことは何も語られません」

「名前くらいはわかるだろ」

 ルディは以前からの大きな疑問を口にした。そう言えば誰も巫女姫の名前を言わない。

「いいえ、存じ上げません。巫女姫様は就任されると海神に属する方として世俗との繋がりを絶たれます。神殿に来られた時から巫女姫としてあられた巫女姫様のことは、正直なところ皆良くは知らないのです」

 結局何のために巫女姫として育てられてきたローゼリシアを退けてまで、現在の巫女姫が連れてこられたのかは分からないままだった。しかし、巫女姫のことを良く思っていない者がいることははっきりした。

 貴族や富裕階層のような特権階級のものは得てして選民意識が強い――あのライドールのように。身元の確かな公爵令嬢のローゼリシアならまだしも、どこの誰かも分からない娘を巫女姫として仰ぐことは出来ないということなのか。

「しかし、『聖婚』は一月後なのです。もはや巫女姫の交代も不可能です」

 グラントは弱りきって俯く。準備は既に整い、後は当日を迎えるのみだったという。なのに土壇場でそれが脅かされている。神殿騎士も表面上は協力しているようだが、積極的ではない。騎士を統べる立場のライドールの態度を見れば瞭然だ。先程は傭兵のルディの存在が気に入らないのかと思ったが、経緯を聞くとそれだけではないことが分かる。

「『聖婚』はマーレヴィーナにおいて最も重要な儀式です。何百年も続いた神聖な儀式を、われわれの代で途絶えさせる訳にはいかない。海神に対して我らマーレヴィーナの民の忠誠と親愛を証明する、大事な大事な儀式なのです。恙無く終えなければ……」

 グラントの様子を見れば、彼は本心から『聖婚』 の儀式を成功させようとしていることが分かる。それは自分の立場上のことが大きな理由であり、これまでの伝統を自分の代で潰したくないということだろうから、どうやら巫女姫のためを思ってのことではないようだ。

 素性の知れない巫女姫は、どうやら神殿内に味方は少なそうだ。

 ということは、『敵』の候補が広がり過ぎて始末に負えない。

 ルディは相変わらずおろおろするばかりのグラントたちを見て、ここに来てから何度目か分からない後悔の溜め息をついた。






 ライドールから指示されたルディの『仕事』は巫女姫の護衛である。しかし、それに際してはいくつか制約がつけられていた。

 ひとつ、主となる仕事の時間帯は襲撃の可能性の高い深夜から明け方。それ以外の時間については神殿騎士の指揮下で、その指示に従うこと。

 ひとつ、神殿騎士の任務の妨害となりうる行為は一切禁じること。

 ひとつ、神殿内のことについて一切詮索することを厳禁とすること。

 内容を要約すると神殿騎士の邪魔はせず、余計なことに首を突っ込むな、ということだろう。何かあったときの協力体制も期待できそうにない。

 話を聞くまでは、今回の報酬について吹っ掛け過ぎたとルディは少し良心が痛んでたが、今は安いくらいだとさえ思う。

 とにかく仕事・・はきっちりやるしかない。

 指示された刻限になったのでルディは装備を整えて自室を出た。深夜の奧殿内はひっそりと静まりかえり、人の気配も感じられないため正直気味が悪い。

 自分の靴音がやけに高く響くことにルディは眉を顰める。この格好といい、悪目立ちするのは仕事に差し障る。明日までに何とか策を考えないと……、とルディは歩きながら思案していた。

 そして、その事が一瞬の判断を鈍らせる。

 聖殿を抜け、巫女姫の居室の扉が視界に入った時、それは何の前触れもなく襲い掛かってきた。ルディは背後から突然迫った気配への対応が遅れてしまう。しまった、と思ったが敵の動きの方が早い。


 ビュン、と風を切る音がやけに大きく聞こえて、ルディは咄嗟に自分の剣に手を伸ばす。

 その瞬間に視界に灼きついた禍々しい赤に、ルディは言葉を失った。




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