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ここは、虚無な静寂に支配された場所だった。
人の手がほとんど加えられていない、大きさの異なる不揃いのごつごつした石をただ積み上げられて作られたその空間は、人工的な空間に比べると、彼女にとっては好ましいものだった。自然のままの姿の方がが落ち着く。それにしてもこの場所は海の底だからか南国だというのに過ごしやすい。そういう意味では快適だ。暑さに弱い彼女にはとても有り難いことだった。
ここに来てからもうどれくらいの時が流れたのだろうと、彼女は目を閉じて流れていった時間に思いを馳せるも、それはぼんやりとしていて定かにはならなかった。本音を言えば一年後でも十年後でも、たとえ百年後と言われてもそうかと思う。
つまるところはどうでもよかった。
彼女がこの海の底で何をすべきかは、彼女をここに連れてきた男からしつこいくらいに何度も言い含められた。
それは普通の者なら即答で拒む内容だった。
しかし彼女はそれを納得の上でここに来た。全て失ってここに来たことに、後悔は全くない。彼女は自らの意思でここにやって来たから、不安はなく、迷いもなかった。ここに来たことで、自分には絶対に出来ないと思っていたことに、微かな可能性を、望みを見つけることが出来た。彼女はそれだけで十分に満足だった。
だから、彼女は『その時』が来るまで指折り数えて過ごせばいいだけだった。
もうそれしか出来ないので、毎日毎日その時のことだけを考えて過ごした。それこそ気の遠くなるほどの時間を彼女はただ静かに待ち続けた。
彼女の宿願叶う日を。
彼女の生きた意味を、証を示せる日を。
ただただ静かに、息を顰めて。
その時だけを焦がれるほどに待ち望んでいた。
それなのに。
どうしてこんなことになったのか。
あともう少し、やっと手が届くところまできたのに。
それは一体何の罪なのかと、彼女は深く絶望する。
運命と言うものはこれほどまでに残酷なものなのか。
やはり自分ははじめから神に見放された存在なのかと、深い海の底で泣けぬはずの瞳から一筋の涙が滑り落ちる。
どうしてと嘆いても、もう全ては動き出してしまった。彼女にはどうしたらいいのか分からなかった。ただ、失意の海に沈むしかないのだろうかと、虚空を見つめては重い息を溢す。
でも、ここまで来たのだからどうしても諦めたくはなかった。
最後に一度くらい、運命に逆らって足掻いてみたくなった。
自分の望みを、貫きたかった。
それは罪深い彼女には許されないことかもしれないことだと、彼女自身十分過ぎるほどに承知していた。全てが終わった時、彼女がどのような罰を受けるのかは分からなかったが、胸の裡に焼き付いた想いを、どうしても諦めたくはなかった。
この先に待つのがどのような運命であれ、失いたくないものがあった。
そのためには何でもする、と彼女は思いを新たにする。
それは彼女にとって何よりも代えがたい、唯一のものだったから。




