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花を捨てる〜転落の微笑  作者: ハヤテ
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第八話

公麿は二日酔いであった。重苦しい頭痛と吐き気のために、なかなか床から出ることが出来なかった。



水を飲むためにようやく布団から這い出たときにはもう、昼を過ぎていた。



水道の水を直接飲むなどということはあまりしない公麿ではあったが、蛇口をひねり、塩素臭い水道水を三杯立て続けに飲み干した。冬の水の冷たさだけが救いであった。


ふうっ、と嘆息一つつき、フラつきながらもPCの前のイスに座ると、ネットオークションのマイページを開いた。

出品を取り下げていた商品券をまた出品する。



公麿は自分に言い聞かせた。今は畳み掛けるべきときだ。


なんといってもこの商品券のカラ売りこそが俺のメインビジネスだ。昨日の競馬はあくまでたまたまだったのだろう。


ある程度の資金力のおかげで、いつもなら拾えない馬券も買うことができた。が、よくよく考えてみるとフォーメーション買いなどは誰でもやっていることなのだ。

あくまで俺は商品券のカラ売りで稼ぐしかないんだ、と。



脳髄を搾られるような頭痛が盛り返す。それをごまかすためにパソコン画面に見入る。



買い注文が入る。一件、二件、三件……



小一時間で十二件の買い注文が入った。その客たちにホームページを見るように誘導する。ホームページからは七人の客からの換金注文が入っていた。両方合計すると四十七万円超。単純に四万七千円の儲けが確定していた。充血していた公麿の目にようやく安堵の色が浮かんだ。



それにしても昨日は……



瓦斯灯で食事した後、銀座のクラブに入ったことは憶えている。生まれて初めての体験であったが、さすがに居心地の悪さを感じ、三十分で店を出たのだった。

百戦錬磨の銀座の女の気遣いは、公麿にとって息苦しかった。


タクシーに飛び乗り、六本木のキャバクラへ。客引きの若い男に誘導されるまま、かなり大きな箱の店へ入った。



「いらっしゃいませえー」



混じりあった猛烈な香水の匂い。若い女の歓声。席に着いた公麿に、他の席に着いた女たちも視線を送ってくる。品定めしているのだ。それは公麿にもわかっていた。 「お飲物は?」



「ブランデー。一番高いヤツで」



黒服は少し目を丸くしたが、すぐに澄ました表情を作り、カウンターの方に歩いて行った。



出された酒はヘネシーのリシャールという酒だった。

公麿の左右に女が二人。両人とも夜のアゲハ蝶か毒蛾かは公麿に判別の付くところではなかったが、久しぶりの若いメスの香は彼の浮き世の感性を大いに刺激した。

何を話したのかもはっきり憶えていない。しかし公麿が何かを話す度に大げさにしなだれかかってくる女たちの体は柔らかかった。

女たちの顔つきは、そのツケまつげや画一的なメークで地顔の想像を受け付けない。

公麿は、ある意味では無個性ともいえる女たちにチップを渡し、その酩酊のピークにいたっては、リシャールをもう一本追加していた。


昨日は一体いくら使ったのだろう。床に投げ棄てた上着の内ポケットを公麿はまさぐった。

その想像以下の薄さに驚き金を勘定してみると、昨夜は五十万円以上散財してしまったらしい。


「まあいいさ」



左の口角の吊り上げもいよいよ板に付いてきた公麿は、またパソコンの前に座り直した。



「ん?」



公麿は目を見張った。オークションサイトに千円の商品券千枚の注文を入れてる客がいた。これは携帯電話のキャリア決済の客ではないことは明らかだった。なにしろキャリア決済の上限額は五万円までなのだから。


注文主は公麿と同じくオークションサイトに商品券を出品している業者だった。公麿と違うのは、古物商の許可を持っている正規業者ということだった。

何故俺に注文を……?


千円の商品券を千五十円で千枚、ということは百五万円を自分に払うというのだろうか。更にはオークションサイトに手数料も払わないといけないのだぞ。


公麿は、この帝国チケットという注文主の真意を計りかねた。


オークションサイトにコメントが入る。



『お世話様です。即日発送してくれますよね。送ってくれるならすぐに代金振り込みます』




公麿はしばらくはこの商売で喰ってゆくつもりだった。これはライバルからの宣戦布告だと理解した。二日酔いの酒が彼にヒロイックな考えを起こさせた。



『もちろん即日に発送いたします』



公麿は冷蔵庫に一本だけあった缶ビールに口をつけた。これから急いで商品券を買い集める覚悟の向い酒である。


丸まった上着のコートを急いで羽織り、フラフラと外に出た。会社勤めしていた頃によく目に付いたチケット屋を目指した。



――――――――――――――――――――――――――――――


「J○Bの商品券ですか?千枚?それは無理です」



「だってここチケット屋でしょう?」



「千円券五十枚なら準備できますが……」


「じゃ、それ全部ください」



公麿は焦った。一軒目の、比較的大きな店構えのチケット屋ですら五十枚しか準備することができなかった。


行く店行く店全て数十枚単位しか揃わない。辛うじて四百枚揃えた頃にはもう日が落ちかかっていた。


結局残りの六百枚の商品券は新券で揃える他はなかった。


コートの左右のポケットと左胸の内ポケットにズッシリパンパンの重みを感じる。商品券を千枚もポケットに入れて歩くなどということはそうそうあることではない。

昨夜の放蕩は粗い喜びを彼に与えた。今日の忙しなさは粗い煩わしさを彼に与えた。

郵便小包で商品券を送り終えた公麿はなんとか公麿堂の体面を保った。


また出品を取り下げないと大変なことになるぞ、などと思いながらも、公麿の足は昨日のキャバクラに向いたのであった。酒がイイ感じに抜けてきたのである。


つづく

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