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花を捨てる〜転落の微笑  作者: ハヤテ
6/8

第六話

ここで作者の筆は少し滑ります。



麗子から三十万もの金を借りた意味が無いのでは?と感じた方も多いかと思います。


これがわかる人はなかなかの苦労人?です。


貧すれば鈍ずるとはよく言ったもので、無一文の人間は頭が回らなくなります。子供にも出来ることが出来なくなります。しかし借りた金とはいえ、そばに現生(げんなま)があることによって少しだけ心強くなるのです。貧乏人、生活破綻者の哀しい性ですね。



皆さんは絶望的に金に詰まったことはありますか?つらいなんてもんじゃないですよ。



それはもう世間の冷たさの塊が、粘っこい圧力で、目や口や鼻を塞ぎに来ます。その状態では、もちろん小説なんて読む気にもなれません。まあ自分が悪いんですけどね。


筆が走り過ぎたところで公麿の話しに戻ります。


公麿は朝八時に起きて、ケータイ払いの換金注文を確認した。今日の身入りは六万程あるようだ。麗子の金には手を付けなくても大丈夫だとふんだ公麿は、クローゼットの上の棚に三十万をしまった。


なんせ銀行口座には二十五万以上の残高があるのだ。たった二日で二十五万。十年間の辛いサラリーマン生活が馬鹿らしく思えた。しかしこれでしばらくは喰いっぱぐれなさそうだ。そう確信した公麿は、途端に気持ちが軽くなるのを感じた。

十時になり、顧客達から続々と、(から)の商品受け取り報告が入る。公麿は顧客達に、自分の儲けを差し引いた分の金を手際よく振込んだ。そして一服すると新しいワイシャツに黒いコートを羽織り、寒々として晴れる気配のない十二月の外に出た。三日振りの外出であった。



外の空気は冷たくて気持ち良かった。歩道には、営業の途中であろう、眉間にしわを寄せた会社員の複数が、一定の歩幅を保ち同じ早足で歩いていた。



公麿はわざと遅い足取りで、その流れに逆らい、たまには足を止めてみたりした。



人の群れは公麿に触れることもなく視線すらも向けることはない。十人中十人ともスッと身をかわし公麿を追い越していった。


コンビニのATMで何回かに分け、二十五万円をおろした公麿の足は、自然と競馬場に向かう。なけなしの給料と退職金を有無も言わさずぶん取った競馬というギャンブルに復讐するつもりだった。



電車で公営競馬場に着いたときには午後一時を回っていた。場内には、酒くさい息を吐きながら、連れ合いにつまらない馬券論を大声で語るオヤジや、歯の抜けた口をハフハフ動かしながら競馬新聞を読んでいる老人などがいて、玉石混合といった有り様だった。



玉?



玉は俺だ。平日の昼間から競馬場に入り浸っているような奴は駄目な奴に決まっている。俺にはチケット販売という正業がある。お前らとは違うんだ。などと、クズの皮算用を企む公麿であった。


公麿には試したいことがあった。競馬が外れる原因はなにか?

それは勝ちそうな馬を選ぶことにあるのではないか。それが外れるからワイドや複勝など控えめな馬券を買う。いくらも儲からない。一回外れると取り返せない。イライラがつのり、最後に大勝負を賭ける。電車賃すら残らない。


現に公麿は最後の給料と退職金をこのパターンでスッていた。勝ったり負けたりで業を煮やした最終レースで複勝を一番人気に全額突っ込み玉砕してしまったのだ。


公麿の試したいことはこうだ。まず、絶対にこない馬を切る。

次に一着候補を四頭選ぶ。二着候補は八頭、三着候補は全頭。点数は百点以上に膨れあがるが、三連単は万馬券が普通なのでトリガミも少ないだろう。何せこの馬券のなかには百万以上の当りも含んでいるのだ。



毎日口座に入金があるという浅はかな自信が、あれほど欲していた公麿にとっての金の価値を暴落させた。身の程知らずの公麿ではあったが、実際にその日の競馬はよく当たった。メインレースを前にして九万近くのプラスであった。



隣りの席の頭の禿げた六十男が、



「チクショー、また外れやがった」


と唸るたびに、公麿の左の口角がつり上がった。今、公麿は金儲けの奥義を極めたつもりになっていた。まわりの人々の罵声や暴言も、心地好いBGMにしか聞こえなくなっていた。



いよいよメインレースだ。このレースは、一番人気のサイレントブルースと二番人気のアースゲットの一騎討ちと見られていた。共にJRA所属の馬で、このレースは地方競馬とJRAの交流戦となっていた。こういった場合、地方馬に目を向ける必要は全く無いのは公麿も知っていた。JRAの馬が上位独占するのはいつも間違いのない事実だった。



しかし今日の公麿は馬を選ばない。プラスになった九万でフォーメーション二百六十八点を三百円。八万四百円を券売機に投入した。


公麿の後ろに並んだ馬券オヤジが目を見張る。


「おい、兄さんよ。三連単そんなに買ってどーするよ。こんなんガチガチの銀行レースだぞ」


肩を叩かれた公麿は、そろそろ板についてきた歪んだ笑いで振り向いた。



「金はいくらでもあるんだ」



左の口角をつり上がらせたまま、そう答えた公麿に、オヤジは高笑いを浴びせた。



「兄さん馬鹿だろ。金がいくらでもあったら競馬なんかするわけねーだろ、ハッハッハ」


公麿もよく言ったものである。僅か数十万の金を何億も持っているように。


実際公麿の内心は、何億も持っている気分だった。金儲けの奥義を一人で掴んだつもりになっていたのだから。


レースが始まった。サイレントブルースとアースゲットが快調に飛ばす。ダートのレースは先行が有利だ。共に一着を競った二頭は、第二コーナーを回った時点で後続を大きく引き離していた。



「けっ、他の馬は何やってんだ。根性見せろや。見せ場も何もあったもんじゃねーわ」


隣の禿げオヤジがボソボソ呟く。



公麿も、上位二頭は仕方ないとして、三着に地方馬がくることを祈っていた。



突如歓声が沸いた。第三第四コーナー中間で、二頭は失速してしまった。明らかなオーバーペースであった。力量からいって。ただ回ってくるだけでワンツーフィニッシュ確定と思われたこのレース。



これは荒れる。


聞くに絶えないような怒号が飛び交うなか、公麿の胸は高鳴った。




つづく

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