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花を捨てる〜転落の微笑  作者: ハヤテ
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第五話


久しぶりに飲んだ酒の効用なのだろうか、公麿の目覚めは気持ちのよいものだった。



朝の八時、窓の外の歩道には、コートを来たサラリーマン達が、無言の早足で隊列を組むように歩いていた。



思えば麗子の店を尋ねてから一歩も外に出ていない。一つ大きく伸びをした公麿は、一昨日の麗子との性交を思い出していた。



どの様な感じだったか、それは気持ち良かったのか、まるで思い出せなかった。しかし、金の無心と性交の順序が、最初の予定と逆になったことに今更ながら気付き、唇の左側だけをつり上げ苦笑いを作った。



この表情は、元々の彼のものではなかった。

上司からクビを告げられたときに不意に出た、卑屈な負け犬の笑いだった。なぜか最近クセになり、笑うときには唇の左側をつり上げるようになっていた。


人相とはこのようにして変わってゆくものなのだろう。当然、人相が変われば、それに相対する人の印象も変わる。そのことに当人は気付かないからまた不幸が生まれる。



公麿はパソコンの電源を入れた。


ネットオークションサイトにログインすると商品券の落札者の数は百四十三人に達していた。

これがオークションサイトと携帯会社のやり取りによって承認され、客が明日の十時過ぎに受け取り通知さえすれば、公麿の通帳には金が次々に振り込まれるはずであった。全く現実味が無かった。


なんといっても昨日思い付いたことだ。こんな大金をすんなり振り込んでくれるものなのだろうか。あとは振込確認できた客から順に、自分の儲けを差し引いた金額を振り込んでやればよいだけだったが。



公麿は煩雑な作業を強いられたとはいえ、パソコンのキー操作しただけにすぎない。根が他愛ない小心者なだけに不安で青ざめてしまった。



幸か不幸か今日の未明から朝方にかけて新たな注文が二十件入っていた。公麿は不安を打ち消すという意味か、真剣な顔でパソコンキーを叩き続けた。



昼近くになり、オークションサイトからメールが入った。


『当オークションサイトをご利用くださり誠にありがとうございます。あなたが出品した商品の落札代金は当方でお預りしています。商品を発送していただき発送通知していただきますようお願い致します』



落札者は百四十三人もいる。公麿は、オークションサイトから同じ文面のメールを百四十三回も受け取った。


異常な感じがした。それを打ち消すように、サイトへの発送通知や、客から聞いた銀行口座の登録、今日の注文客の相手に精を出した。飯も食わなかった。部屋の暗さに違和感を覚え、窓の外を見ればもう宵の闇が迫っていた。


こんなことをして大丈夫なのだろうか。商品券など一枚も持っていないんだぞ俺は……


左の口角をつり上げた公麿のそれは、苦笑いなぞの類いではなく、明らかな怯え、卑屈さだけは変わらぬ怖じ気の表情であった。

――――――――――――――――――――――――――――――


次の日の朝、八時に目覚めた公麿は、パソコンを立ち上げて今日の注文を確認した。ホームページとオークションサイトを合わせて二十六人からの注文が入っていた。先日落札者が百人以上だったのはビギナーズラックだったようだ。


少し落ち着いた公麿は、一旦出品を取り下げることにした。もうすでに、額面千円の商品券を、二千枚以上売ったことになっているのだ。儲けはすでに二十万以上確定している。二百数十万の入金を早く処理して一旦落ち着きたかった。



十時を少し回ると、オークションサイトから立て続けに入金の知らせが入ってきた。金に餓えている客達は、指定された最早の時間、即ち十時を目処に一斉に受け取り通知したに違いない。ネットバンクの自分の口座残高を見た公麿は、ひざがガクガク震えた。


二百二十八万二千円


こんなに簡単に金を手にして良いものだろうか。会社勤めをしていたらこんなことも思い付かなかったはずだ。時間的な余裕もない。世の中にはこういうことに頭が回り、ボロい思いをしている奴が実はたくさんいるのではないのだろうか。

公麿は数時間かけて顧客に商品券の買取り代金を振込み終えると、二十一万程の金が残ったのを確認して安堵のため息をついた。


十数年間の辛かった会社勤めの労苦から解放された清々した思いと、後悔が入り雑じる不思議な感覚に包まれていた。



明日も明後日も、今日ほどではないが入金がある。作業の量は今日ほどではないはずだ。明日は少し外に出てみようと思った公麿であった。




つづく

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