第二話
公麿は麗子の店が見通せる場所まで来ると立ち止まった。
店の向かいの歩道から麗子の店を覗いてみる。客は誰もいないようだった。
麗子は決まり顔の微笑を浮かべながら、腰の高さ程の陳列台の置物を並べ直したりしていた。
公麿は、麗子の一見人妻風の身のこなしを見るにつけ、自分はいかにも落ちぶれた者で、彼女はいかにも真っ当な人間である、という気持ちが込み上げてきた。
青白く暗い顔をさらに歪ませたその表情は、見方によっては幼児の泣き顔のようであった。
公麿は意を決して麗子の店に入った。
麗子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの上品な笑顔に戻った。
「あら、キミ君、今日は休み?」
「ううん、会社辞めちゃったんだ」
「ああ、そうなの」
「そうなのって……それだけ?」
「だってもう辞めちゃったんでしょう?」
公麿は苛立った。この女はいつもこうだ。冷静過ぎるのだ。
「麗子さん。なんで俺なんかと付き合っているの?」
「好きだからに決まってるわ」
「この俺に、人に好かれる要素があるとは思えないけど」
「私が好きだって言ってるからイイんじゃないのかなあ」
「麗子さん、ちょっと来て」
公麿は麗子の手を引き、奥の一坪程の給湯室に入った。麗子は成すがままであった。
公麿の手荒な、仕置きにも似た愛撫を、まるで神の意思に従うかのように受け入れた。
ことは済んだ。
公麿は衣服の乱れを整えている麗子をボンヤリした目で見ていたが、いよいよ本題を切り込んだ。
「麗子さん。俺に金貸して頂戴」
「えっ、いいわよ」
「幾らまで貸せる?」
「三十万位なら」
「うん、必ず返すから」
「ふふっ、期待しないで待ってるわ」
「何に使うか聞かないの?」
「あはっ、聞いて欲しい?」
「……」
「あんまり無駄遣いはダメだよ」
まるで甘やかされた子供である。公麿はいつも、この女と話せば話す程、自分がくだらない下衆野郎だということを自覚させられる。
「キミ君はキミ君でありさえすればイイから」
麗子は店内に戻り、レジ台の下の大きな扉を開けて、その中にあるダイヤル式の金庫から三十万を取り出した。
「キミ君、はいどうぞ」
差し出された札束をスーツの内ポケットにネジ込んだ公麿は、引き吊った顔で逃げるように店を出た。
薄墨の寒空が、その色を濃くし始めた午後の雑踏に、一人の情けない男は紛れて消えた。通りの人々の顔もまた一様に暗い師走の始めであった。
つづく