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花を捨てる〜転落の微笑  作者: ハヤテ
1/8

第一話

枯れた花は捨てる

新しい花を挿す


そのときの気持ちは……


窓際の花挿しの花がようやく枯れ始めた



ここからが長いのだ


今年の初雪が、湿った灰の低い空から絶え間なく舞い降りる


褪せた青の花越しに見る窓の外の風景――花挿しの白さをも含めれば、それは、或る荒涼の断片というべきだろう――荒涼?


この花はまだ生きている


花の名は知らない



もう捨てるべきであろうか



花はまだ生きている


――――――――――――――――――――


生の息吹きが眠り始めた初冬、神田公麿は会社をリストラされた。 公麿(きみまろ)という大層な名前を授かったにもかかわらず、この男に名前程の何かを期待するのは無駄であった。


その「何か」が何であるのかは、元上司に云わせれば押しの強さだ、ということだし、数少ない友人によれば、それはバイタリティであると云う。


クリスマスセールの売り物がポツリポツリと出回り始めた十二月の初め、葉の無い街路樹が等間隔に並ぶ小さな商店街を、公麿は独りで歩いていた。


日曜日ということもあり、人通りはそれなりに多い。しかし、道行く人々の表情は、皆一様に冴えない。


その一因には、今日の天気の所為もあるのだろう。 暗い初冬の空の下、(ほお)切る木枯しが吹き荒ぶこの現況では、人は深刻な顔をするものらしい。


公麿も深刻な顔をしているに違いは無いが、彼の表情の浮かない訳は、天気とは全く無関係なところにあった。

突然のリストラ。それでも今年の仕事納めまでは勤務するはずの予定を、クビ予告された日を最後に会社を辞したのである。


同僚が皆浮かれた顔をしているであろう仕事納めの日が、彼にとっては本当の意味で仕事納めの日になる、という、ある意味残酷な……この説明はこの辺で()しておこう。とにかく彼は、僅な退職金と給料を、ヤケクソな気分で競馬に注ぎ込み、文無しになってしまったのである。 公麿は今、八歳年上の彼女の元へ向かっている。


金の無心を企んでいるのだ。

断られた場合には、最近ご無沙汰の性交渉も辞さないつもりでいた。それは一種の折檻としてのものだ。



公麿が歩いている商店街の、北へ向かって右側終いから三軒目に、公麿の彼女がやっている小さな輸入雑貨店があった。


公麿は、その店までの道すがら、彼女との出会いの場面を思い返していた。



五年前の、今と同じ時期、同じように寒い日だった。


当事二十五才だった公麿は、営業マンをしていた。つい先日クビになったこの会社は小規模な商社で、業務内容は、輸入小物を、主に小売店に卸す仕事であった。 先に述べた通り、公麿には、押しの強さもバイタリティも無かった。そんな男が、海千山千、一癖二癖の個人事業主と渡り合えるはずもなく、売れ残りの買い取りを強要され、頭を抱えていたときだった。



「要はあなた困ってるのね。いいわ、ウチに全部持って来なさいよ」


「えっ、いいんですか」


ダメ元で飛び込んだ雑貨店で、公麿は彼女に救われた。


彼女の名前は上坂麗子という。愁いを帯びた目元が魅力的な、妙齢の美人だった。


公麿はそれ以来、三日と空けずに麗子の店に立ち寄った。最初は感謝の気持ちからだったが、麗子の少し垂れ目の愁いた表情や、豊潤な肉体を間近に見ていたい、という感情が日に日に増していった。


そしていつの間にか結ばれていた。


付き合うことの契機になった出来事も言葉も、今の公麿には思い出せない。

ただ覚えているのは、その後数年間続いた肉欲の日々だけであった。 麗子の性格や身上は、公麿には関係なかった。

しかし、公麿の性は、間違いなく麗子によって満たされたのだ。


微笑みながら接客中の麗子の手を強引に引き寄せ、店の奥の給湯室で行為に及んだ事もあった。立ったまま麗子のフレアスカートをたくし上げ、黒のパンストを手荒く破って後ろから繋がったときが、公麿の欲望達成のピークであったろうか。

麗子の店が近づいてくるにつれ、公麿は一つ大きく身震いをした。彼女の白く薄い肌の柔らかさ、控え目な喘ぎ声の艶やかさが、寒気で尖った公麿の五感に蘇ってくるのであった。


つづく

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