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アフター「イノシスターの奇跡」


 新月に暗病む廃墟の中、銃声と共に星光ではない光が夜を引き裂いた。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 その光る弾丸は鉛玉ではなく、強固に魔力が圧縮された魔力弾。従来の弾薬が無ければ機能しない旧式の兵器ではなく、より安価で現代の状況にあった兵器魔力銃である。


 発砲音は無尽蔵に鳴り響き、マズルフラッシュの光が断続的に闇を抉る。その光の礫の先には、更に目立つ白い光を纏った女が居た。


 フッフッと、女の影が朧に消える。幻惑するような加速。常軌を逸するようなその脚力は、残像混じりの軌跡を残して屋内を駆け回る。その影を追い、両手で握ったマシンガンを発砲する男は顔を引き攣らせながら呟く。


「何故だ! 何故、ここがバレた――」


 ここは村外れにある廃屋だ。

 既に役目を終えた無数の錆び付いた機材とコンテナが、敵襲撃者の接近を彼に許す。彼は怯えていた。圧倒的な程の魔力量を持ち、大気の魔力を掌握した彼でさえも恐れる追跡者に。


「当たり前でしょう吸血鬼。貴方は匂う」


 声は背後から聞こえた。

 咄嗟に振り返った男が、引き金を引きっぱなしで振り返る。秒間数百発以上を吐き出すそのマシンガンは、背後の機材やコンテナに次々と穴を穿つ。


「……いない?」


「とても血で匂うのですよ」


 再び、声が背後から聞こえた。

 瞬間、泡を食った吸血鬼は魔法障壁を展開。無尽蔵に手に入れた魔力で壁を張る用意をしながら、銃口を向ける。その先に居るのは、発光する子供の白骨。咄嗟に放たれた銃弾が命中する。だが、銃弾は白骨の纏う光に触れるだけで霧散。その不気味な骨を砕けない。


「く、この化け物め――」


 全身を鋭く削られた動くブレイドドールが、呻き声を嘲笑うかのようにカタカタと顎骨が鳴らす。まるで嘲笑するようなその骨は、やはり無傷。


 当たり前だった。それは生み出されて以来、対不死者用の決戦兵器として傑作の名を今も冠するキヒトシュレインシリーズの一振りであり、その核。


「化け物はお前でしょう」


 背後から光を纏った槍が輝く。咄嗟に吸血鬼が張った魔法障壁は、しかしその力の前には無力だった。オーラの槍は魔法障壁と衝突。火花を散らしながら構成魔力を根こそぎ喰らい貫通。吸血鬼を背後から串刺しにして更に発光。吸血鬼の構成素材である魔力さえも燃料に、生命の光で滅殺し尽くす。


「た、助け――」


「さぁ、塵は塵に還りなさい」


 命乞いの言葉は届かない。無慈悲なる言葉と共に、不死者はこの世から消えうせた。


『お疲れ様。今日のは雑魚だったねぇ』


「恐らく、バルドルの下っ端にでも吸血鬼へと改造されたのでしょう」


 少なくともプロの犯行ではないことだけは明白だった。不死者を兵器として販売する秘密結社『バルドル』が本気で隠匿しようとしていたならば、こうも早くに露見しなかっただろう。


 確かに人里離れた田舎の村だったが、現代では通信インフラが完備され不死者の知識も市民は共有している。逆に、村人たちにとっては外部の人間は目立つ。そこでグールが発見されたら、当たり前のように不死者殲滅機関『ミストル』は動く。


 廃屋の外へとマリカが出ると、武装した地元の魔導警察員たちがホッと息をつく。オーラの輝きを纏うマリカは、近づいてきた刑事に端的に伝える。


「殲滅完了です」


「そうですか。シスターマリカ、任務ご苦労様です」


「そちらは大丈夫でしたか」


「はい。幸い、他にグール化した者はおりませんでしたので」


「一応、しばらくは村を監視しておいて下さい。単独犯であればこれで終わりですが、グールの生き残りがいないとも限りません。また何か在ればミストルへ連絡を」


「はっ」


 後の経過は任せるとして、マリカが踵を返す。と、背後から警官たちの話しが耳に入ってきた。


「さすが、あの『イノシスター』様だな」


「オーラ反応がやばかったから、一瞬あの廃屋ごとぶっ飛ぶかと思ったぜ」


「案外、誇張なのかもな。街一つ壊滅させるのが当たり前の稀代の壊し屋っていうのも」


「……」


『あははー。お姉ちゃんの悪評はこんなところにも轟いているねぇ』 


 槍で八つ当たりしてやりたい衝動に駆られながら、マリカは無言でベースへと帰還しようと転移方術の準備を始める。と、その瞬間彼女はエルネスカから消えた。


――それは、方術ではなく別の力によるものだった。


 








「動くな!」


 その場所に転移させられたマリカは、周囲を囲む黒服の一団を見て眉根を寄せた。全員魔力が励起した銃で武装している。それなりに広い部屋だ。なにやら分厚そうな壁で周囲を覆われているが、問題はそんなことではない。


『お姉ちゃん、ここどこ? 転移方術はまだ起動してなかったよね』


「知りません。それより、大気中の魔力含有量を確認して掌握しなさい」


『了解』 


 黒服たちを無視して、マリカは歩く。同時に、その身に無理やりに与えられた魔法効果を奇跡の光で打ち消し進む。ただ、不自然にも与えられる記憶だけは彼女の中にこびり付いていた。それは召喚魔法とやらの行使方法だった。


 この状況を端的に説明するには分かりやすい、実にタイムリーは情報である。かつて一度召喚されたこともある彼女からすれば笑えなかったが、冷静さを欠く事無く指針を決めた。


「!”$%&!」


 周囲の黒服たちが何かを叫ぶが完全に無視。キヒトシュレインの中から該当する言語情報を引き出し、その懐かしいレグレンシアの言語を再インストール。敵の言葉を無視しながら戸口へと目指そうとする。


「止むを得ん撃て!」


 銃声と共に魔力弾が発射される。


「はぁ」


 ため息交じり嘲笑と共に、オーラを糧に方術で結界を展開。それらをことごとく遮断して無視する。


「い、いかん!? 司令部、洗脳対象をS級戦力と断定! 応援を求む!」


 途端、何やらレッドアラートが鳴り響き、次々と隔壁が遮断されていく。


『うーん、ここってレグレンシアだよね?』


「言語から判断すればそのようです。前に帰還したときは時間軸のズレは確認できませんでしたし、あれから当然のように時は進んでいるはず」


 結界を叩く銃弾がある。空薬莢の排出がないことから、魔力式と判断。ただ、面倒だが状況がイマイチ判断できない。封印の布を解き放ち、黒服たち十一人を殴打する。生意気にも魔法障壁を張った者も居たが、ただの魔法使い程度であれば彼女には意味が無い。


 障壁ごと叩き割り、血の海に沈めていく。

 マリカの信仰する光の神は、基本愚か者には鉄槌を下すタイプの信仰である。悔い改めるならば寛容にもなるが、敵対者には容赦しない。数十秒後には、完全に黒服共は地面に臥した。


 適当な死に底無いから記憶を奪い、状況を理解すると彼女は眉根を寄せる。情報を共有したマリアルも、手に入れた情報に声を震わせた。


『なんというか、愚かしさここに極まれりって感じ』


「まぁ、どこの人類もそうなのでしょうね」


 エルネスカ然り、レグレンシア然りである。ただし、内側だけで完結できない当たりがより度し難い。


『なんなんだろうね。召喚に手を加えて洗脳するってさ。思想からして腐ってるよ』


「そもそも私を洗脳など不可能ですがね」


 マリアルが異常を感知すれば対処する。キヒトシュレインと繋がっているマリカは、そういう類は愚か生物的弱点のことごとくが無縁になっている。核で汚染された土地だろうと宇宙空間であろうと対応できるのだ。高々隷属魔法程度に屈することはない。


「とりあえず、お礼だけはしましょうか」


 イノシスターよろしく隔壁を力任せに蹴り破り、マリカは進んだ。今頃は監視カメラで見た居る連中も顔を引き攣らせているだろう。鳴り響き続けるレッドアラートがまるで、連中の悲鳴のようにマリアルは聞こえてしまう。


 鬱陶しいそれと共に、空気が抜かれ始める。変わりに散布されるのは睡眠ガスだろうか。不自然なそれを、奇跡の光で無理やり浄化無視しながら隔壁をズンズンと蹴り破っていく。そのままエレベーターではなく上階へと続く非常階段へと歩を進め、踊り場まで跳躍を繰り返して上がっていく。


 途中で独房のようなものがあったが、やはりこれも無視。と、十分もしない間にマリアルが警告した。


『それなりに強そうなのが来るよ』


「どうとでもなるでしょう。大気中の魔力量がエルネスカに近似するレベルです。これで私たちがそう簡単に負けるわけがありません」


 今なら、あの三つ首の竜さえ消し飛ばせるだろう。それだけのオーラが既にある。かつての教訓から、常にオーラを蓄積する癖をつけていたことも功を奏していた。


『……アレ? でも新手にやられたよ』


「敵対勢力でしょうか。何にしても、とにかく一発かまして出るだけです」


 階段を十階分程昇ると、ようやく一階へとたどり着いた。窓の向こうはどうやら昼間らしく、とても明るい。眼を細めて進む彼女は、そうしてエントランスへとたどり着く。


 すると、何やら特殊部隊よろしく大仰な重火器と防弾チョッキなどで武装した者たちに出迎えられた。


「そこのシスター止まれ!」


「……なんですかレグレンシア人。私は、私を呼び出したアレクサンドロ某に用があるのです」


「召喚されし者か!?」


「ええ。貴方も奴らの仲間ですか? それならば応戦することに否はありませんが」


「いや、それは違うが……」


「ならば用はありません」


 重火器を構えていた彼らへと背を向ける。マリカは話しはもう終わりかといわんばかりに銃口を無視して上階へと続く非常階段へと跳躍。彼らを置き去りにして駆け上がる。


「ま、待て! 我々は――」


『いいの? 何か言ってるよ』


「どうでもいいでしょう。それより、やることをやって離脱しますよ。ここが空元なら夜光と接触できればなんとでもなります」


 途中、駆け上がるのが面倒になったマリカは、槍を上に構えて光の槍と化し真上へと飛翔した。途中、何人か特殊部隊員とすれ違ったが、勢い余って屋上に突き出た。すると、何やらヘリコプターに乗り込む一団を発見する。


「いましたね」


『とりあえず撃墜は止めといた方がいいよ』


 屋上から広がる景色がある。

 高層ビルが立ち並ぶその都会然とした街並みは、かつてのレグレンシアとは程遠いほどに文明的だ。


 まるで別の世界へとたどり着いた感慨がマリカたちの胸中を複雑にする。だが、逆に言えばそれだけの時間が経過してさえ、異世界召喚の業は失われなかったということでもある。


 苛立ちはある。けれど、懐かしい顔のことを思い出す。一瞬去来する複雑な感情はノスタルジーを刺激し、頼もしい人生の先達の顔を脳裏に思い浮かばせた。


「たった二百年のはずですが、随分と変わりましたね」


『しみじみ呟くところがお婆ちゃんっぽいよ』


「私は永遠の二十歳です」


『そろそろ三百なのになぁ』


 見た目だけは相変わらず若々しい。図々しくも二十歳で通す姉に呆れながら、マリアルの矛先が屋上の床へと突きたてられる。同時に、ヘリの足を掴んだマリカが、空へと逃げようとする機体を屋上へと力づくで叩きつけた。


「あっ――」


 ローターをへし折る程度で済ませるはずだったそれは、それ以上の破壊力を生んだ。ヘリのコックピットの強化ガラスを当たり前のように砕き、フレームを歪ませる。ローターは当たり前のように屋上に接触して曲がるも、それ以上回ることができずに甲高い音を立てて唸リ続ける。


「ふむ。少しやりすぎましたね」


『そういう問題かなぁ。あっ、それより見てよ向こう!』


 背後を振り返ったマリカが見たのは、遠くに見える神殺しの山――不死山だった。


「かつてのデータと記憶通りならば、ここは空元ということになりますね」


『二百年でこの進化って……なにこのでたらめさ』


 叩き落したヘリの中から、負傷した男たちが青ざめた顔で降りてくる。どうやら、燃料が漏れているようだ。槍を引き抜いて絶景を拝んでいたマリカの背後で、ついに爆発炎上。映画のアクションシーンもかくやと言わんばかりのド派手なシーンを提供する。


 男たちが衝撃で屋上を転がっていく。その中には、赤銅色の髪をした中年の男、アレクサンドロ某が居た。空元人ではないだろう。大陸系の顔立ちのその男が大声で問うた。


「き、き、貴様! 一体何者だ!?」


『不死者の天敵、正義の味方イノシスターだよ』


「つい先ほど貴方たちが召喚した、おしとやか極まるシスターです」


 常人には聞こえないはずのマリアルの言葉を遮断しながら、マリカが涼しい顔で答える。アレクサンドロ某は、怒りに燃える顔で懐から銃を抜く。


「ふ、ふざけるな! 貴様の何処がおしとやかなんだ!」


 と、その引き金が引かれる前に、ビルの下からヘリが上がってきた。民間用のそれとは違い、明らかに軍事用。ヘリパイロットは、ガトリングガンを回転させながら外部スピーカーを通して警告を飛ばす。


「アレクサンドロ・ビューテル! もう逃げ場はないぞ。異世界人の不当なる拉致、誘拐、洗脳召喚の罪で逮捕する!」


 それにやや遅れて、屋上へと続く階段のドアを蹴り破って、次々とヘリの味方だと思わしき特殊部隊の一団が駆け寄ってくる。彼らは一様に周囲を囲むと、銃口を向ける。


「ふむ。空元に警察機構ですか。こちらも随分と進歩したものです」


 街並みだけではなく、それ以外も進歩しているのだろう。文明開化にしてもその進化速度が速すぎるが、召喚された者たちが持ち込んだと思えばその進化速度にも頷けるものがあった。


 無いものが生まれるには、それだけの時間がかかる。しかし、それと似た概念が持ち込まれ、完成形が明確なビジョンとして即座に与えられるならば違うだろう。


 一々頷きながら、マリカは当たり前のように警告を無視。再び不死山を眺める。


「隊長、あの槍を持ったシスターはどうしますか」


「アレクサンドロに召喚されたらしいが、洗脳されている気配はまるでない。刺激はするな。それより、大至急鞭滅機関のエージェントを……」


「た、隊長!」


「むっ!?」


 マリカの体が発光。次の瞬間、光の槍と化して飛翔した。方角は不死山。彼女は衝撃波を発生させて、真っ直ぐに飛んでいった。 


「「「「……」」」」


 兵士たちは愚か、アレクサンドロ一派もそれを呆れ顔で見送った。


「どこがおしとやかだ!! 空元撫子の着物ガールを見習えよてめぇ!」


 吐き捨てた犯罪者は、意外と空元のハラキーリ文化が好きだった。












 それは、当たり前のように結界を強襲した。不死山の周囲の結界にヒビが入るほどの勢い。子竜と共に縁側で昼寝をしていた空元のシンボル、天帝夜光は寝ぼけ眼のままむくりと起き上がる。


「ふむ――来客か。どこかで感じたことのある気のようじゃが……」


「ふわぁぁ。なんだろ。すっごく強いのが来たよぉ」


 途端、麓の本殿からの電話が鳴った。


「なんじゃ、機関の連中か?」


『いえ、それが夜光様の友人を名乗る方でして……』


「名前は」


『マリカ・ルルグランドと名乗っております』


「……マリカ? おお、おおマリカかえ。直ぐに通せ」


『かしこまりました』


 下で勤めている巫女が頷き、電話を切る。


「レブレ、マリカが来たそうじゃぞ」


「んーっと、誰だっけ?」


 ナチュラルに首を傾げる子竜は、寝ぼけ眼を擦りながら夜光に尋ねた。さすがに二百年も前に会ったきりの人物。思い出すのにも時間がかかっていた。


「凄い速度で上がってくるね」


「あやつなら五分もかからんじゃろ」


「ほんとだ」


 レブレは、屋敷の塀をさも当然のように飛び越えてきたシスターを見て納得した。同時に、かつて見た異形の槍を持っていることで完全に思い出す。


『久しぶりー。あっ、竜の子も居るよ。ちょっと背が伸びてる』


「お久しぶりです夜光にレブレ」


「よー来たのう。もしかして、また召喚されたのかえ」


「ええ。丁度ビルの上から不死山が遠くに見えたので飛んできました」


「そうかそうか。よし、世間話がてら共にグーたらしようぞ」


 縁側から上がりこむと、案内する夜光の後ろを追っていく。


 どうやら、立て替えられたようだがあまり内装は変わっていないようだった。ただ、当たり前のようにテレビや電話などの魔電製品と思わしき物がある。


「空元も大分変わりましたね」


「アレから色々あったからのう」


 適当に茶を入れると、夜光はレブレによってスイッチが居られたテレビへと軽く視線をやる。どうやら緊急のニュースをやっていた。


「あれれ? マリカが映ってるよ」


 何でも、大陸系の某企業が裏で召喚魔法を行使したらしい。その捕り物の最中の映像であり、屋上に出たマリカがヘリを叩き落し、最後に屋上から飛び去っていく瞬間までが映っていた。


「ああ、テレビ局のヘリもいたのですね。敵対の意思がなさそうなので振り切りましたが」


「そういう問題かなぁ。あ、そうだ。面倒が起こる前に僕がリリムのとこに連絡しとくね」


「頼む。しっかし、おぬしも中々やるのう。見違えたぞ」


「大して変わっては居ませんよ。私の戦闘能力は場の魔力量とオーラの蓄積量に比例しますので」


「そうかえ。まぁ、最近は滅多に荒事はないから気にすることはないがのう」


「滅多に、ですか」


「偶にあるのじゃよ。一応、国際法で召喚魔法は禁止されてはおるのじゃがの。どうしてもあの手この手で掻い潜る輩が無くならん」


 悩ましい問題である。


「では、やはりこの頭に叩き込まれてきた召喚魔法は機能するのですね?」


「うむ。相変わらずこの世界は召喚に蝕まれておるよ。魔物も消えんしのう」


 空元であれば、樹海を中心に魔物は今も増えている。時折空元軍などが間引くが、それでも一時凌ぎでしかなかった。


「しかし、この大気の魔力量は尋常ではありませんね。不死者も発生したのではないですか?」


「発生しとるよ。おかげで動く死体も人魂も出よる。さすがにこの山では出てこんが、魔物がゾンビ化したときなんぞは皆、げんなりしおるよ」


「そのせいで今でも冒険者制度が残ってるんだよぉ」


 連絡を終えたレブレが、こたつに潜り込みながら言う。


「大変そうですねこちらも」


「ワシはまぁ、もうタダのシンボルじゃから大した仕事はないがの。ただ、大陸の連中は酷いもんじゃよ。リリムなんぞ、休暇でこっちに来たときは本気で空元の国籍取得してここで隠居したいって泣き出すぐらいじゃからなぁ」


 お茶を啜りながら、しみじみ夜光が言った。笑い話ではなく、ほとんど本気で行っているところに真実味がある。


「国際的対召喚組織――召喚幻想鞭滅機関『LiLiM』の仕事はそこまで過酷なのですか」


「なんというか、あの子は生きた最終兵器じゃからのう。各国のお偉方も当たり前のように泣きつきよる。昼も夜も関係なくじゃ。そりゃあもう嫌になるじゃろ」


「この前なんて凄かったよ。星より大きな天使が呼ばれちゃってさぁ。空飛んでたから良かったけど、着地したら足元の国は愚か大陸一つが危うくペシャンコになるとこだったんだよぉ」


『……それ、惑星間の重力的なのに多大なる影響を与えるんじゃ』


「魔力的な存在なら、質量は実質零でしょう。擬似物質だったならセーフですが、それ以外ならアウトでしょうね。無事なところを見ると、問題なく片付けたのですね」


「うん。なんとかリリムがシバキ帰したみたい。ついたあだ名が恐怖の大天使! あと十分遅れてたら月が持ってた武器と衝突して砕けてたって天文学者たちが特番で言ってたよ」


「うーむ。聞けば聞くほど恐ろしいですね。マリアルには、ちゃんと召喚技法のデータを消すようにしなければ取り返しのつかないことになりますね」


「多分手遅れだと思うなぁ」


「……何故です?」


「お主の住んでいる星はエルネスカじゃったか。確か、数人科学者がこっちに残って、残りは向こうへ帰ったはずじゃぞ」


『「――」』


 マリカとマリアルが沈黙する。

 そんな人物が居るという話しは聞いては居なかった。顔を顰めるどころか、コタツに突っ伏したマリカ。もし、召喚幻想が故郷の惑星に持ち込まれでもしたら、レグレンシアの二の舞だ。ましてや相手が良識を持たない科学者ならば、それこそもう手遅れかもしれない。


『もう私たちもこっちで暮らしちゃわない?』


 青春を捨て、イノシスターなる不名誉な称号を得てまで戦い抜いた上でのこの仕打ちである。彼女の信仰もさすがに揺らぎかけてしまう。正にマリアルの言葉は、悪魔の誘惑であった。


「嗚呼、ここの国籍が欲しいなどと言ったリリムに激しく同意したい!」


「まぁ、なんじゃ。ワシは死ぬまではここに居るはずじゃから、いつでも来るがええよ」


「ありがたい申し出です。記憶に止めておきますね。マリアル、最優先で記憶容量を確保しておきなさい」


『了解!』


 エルネスカの秩序が崩壊する日も、どうやら近そうだった。










 三人と一本で近況を報告し合っていると、ふと付けっぱなしにしていたテレビが緊急ニュースを発表した。


「あれれ? また緊急ニュースだ。今日は多いなぁ」


『――えー、番組の途中ですが緊急ニュースをお伝えします。召喚幻想鞭滅機関『LiLiM』でおなじみのリリム・レイセン・ハウダー女史が、今年四度目になるボイコットを決行しました。現在、シュルト・レイセン・ハウダー氏と共に行方を晦まし、デート中かと思われます。発見された方は、ただちに『LiLiM』へと連絡して欲しいと今期の代表者が声明を発表しております。繰り返します。召喚幻想鞭滅機関『LiLiM』でおなじみの――』


『……何これ?』


「なんというか、名状しがたいニュースですね」


「ほっほっほ。若い二人にはよくある逃避行じゃて」


 そういう問題なのかが、マリカたちにはわからなかった。


「あー、またなんだ。今期の代表ってかなりあの子のこと舐めてるらしくてさ、リリムがヘソ曲げてたよ。喧しいだけで使えなくて、自国を贔屓にし過ぎるんだって。あーあ。後一回ボイコットされたら交代だよぉ。この調子だと半年も持たないんじゃないかなぁ。任期あと四年はあるのに」


「交代になるとどうなるのですか」


「ペナルティで、一年間自国で召喚された何かに自分たちで対処しなくちゃならなくなるんだよ。その間一切『LiLiM』はその国に対して動かなくなるんだ。そうなると、その人とそんな人を寄越した政府が国民からとっても愉快な眼で見られちゃうよぉ」


「……ちなみに、各国の戦力はどうなのです?」


「それなりかなぁ。軍隊としてか、単純に極端な戦力としてかで変わるからねぇ。んー、後者だと飛びぬけてるのは夜光が居る空元と、LiLiMの本部があるグリーズ帝国。後はギリギリでリングルベルかな。あ、それとね。他国と戦争やったらやっぱりペナルティが発動するから内戦とかテロとかの方が今は多いかもね」


『戦争も抑止しちゃうの? 適当なのか凄いのかよく分からないなぁLiLiM』


「でも、どこにも言えるけどさ。手に負えないレベルの凄いのが呼ばれたらそこでお仕舞いだよ。結局はリリムに気持ちよく仕事をしてもらうしかないのがこの世界の実情かなぁ。もうこの世界はリリムに依存しまくってるよぉ」


「凶悪な奴がとことん凶悪なのじゃよ。ワシも出ざるを得ない事態に何度か直面したがの。さすがに念神二柱同時召喚。それも対立神同士の争いを仲裁するのは堪えたわい。そんなときに限ってリリムは別のところで動いていたりしてのう、もう各国に一人ずつリリムが欲しいぐらいの有様じゃよ」


「それは酷い」


『リリムちゃんも逃げたくなるよねそれじゃあ』


「統計によると、一日に二回は召喚は行われておるそうじゃ」


「ただし平均だからね。呼ばれる日はとことん呼ばれるみたい。一時間に複数回とかになると、もう世界中にリリムの鞭が吹き荒れるんだ」


「この仕事、大変よ本当に」


「うむ、大変なのだ」


『で、出たぁぁぁ!!』


「……直接転移ですか。結界無視とは出鱈目な」


 両手の腕を組んだまま、気迫十分な様子でミニ女王様と番が参上する。相変わらず二人の姿は変わってはいない。けれど、マリカとマリアルは見抜いていた。シュルトの魔力が、とんでもない規模にまで膨れ上がっているのを。


 リリムの力が増せば増すほどに、血の恩恵を受ける彼も強化されていく。その極端な例が完全に出ていた。


「というわけで、頭に来たから夜光匿って」


「それはええが、下の連中がさすがに気づくぞ」


「あ、電話鳴ってる」


 コタツを抜け出して子竜が対応。その間、やってきた二人はコタツに突っ伏す。


「嗚呼、やっぱりこれ癒しアイテムだわ。ううー、司令室に畳とコタツ完備したいぐらいよ。ついでにあのキモ親父首にして挿げ替えちゃいたい。あのネットリした眼がもう完全にセクハラよ」


 幸せそうな顔で、しかし毒を忘れずに垂れリリムがのたまう。吸血鬼はその無防備な顔を取り出した携帯電話で激写。気に食わないのか二度、三度と繰り返し、満足いくそれになるまで拘った。最近の彼のマイブームは嫁の写真撮影だった。彼は新しい芸術にも眼が無いのだ。


「いい感じだな。今日の待ち受けはこれで行こう」


「……レトロなはずのファンタジー吸血鬼も、文明の利器には抗えませんか」


「最近はアプリのゲームが妙に流行ってるらしいぞ。ところでシスターマリカ。サキとは会わなかったのか?」


「サキですか? いえ、会ってはいませんが……あの子は死んだはずでは?」


 当たり前だが寿命がある。

 さすがに二百年も生きているとは思えず問うと、シュルトが言った。


「本人たっての希望でな。私の力で擬似吸血鬼と化しているのだ。空元支部のエースアタッカーだぞ」


『これ、浮気? 浮気になるのかなぁお姉ちゃん』


「サキが良いなら良いでしょう。無理やりならここで滅してやりますが」


「リリムも気にしては居ないから問題ない」


「大丈夫大丈夫。偶に怪しいときもあるけど、サキは無事よ」


「無事とは失敬な。私はリリム一筋だ」












 夕刻。

 仕事は終ったのか、カジュアルな私服姿のサキがエコバック一杯に詰め込んだ食材を手にてやってきた。当時より見た目が少し成長しており、二十台前後で止まっていた。


「お久しぶりですマリカ」


「はい。サキも元気そうで何よりですね」


「あ、私も手伝うわ」


 無言で立ったシュルトと共に、三人が台所へと消えていく。勝手知ったる他人の家という奴だった。その間、テレビは相変わらずボイコットのニュースをさも大事なことのように取り上げエルネスカ組を困惑させ続ける。


「どうにも、違和感が大きいですね」


『たった一人行方を晦ましただけでこの騒ぎだもんねぇ』


 代わりがいないせいなのかもしれないが、他にもニュースはあるはずなのにそのままである。


「そういえば、昼間の電話はどうだったのですか」


「下の巫女さんたちも慣れたものだからね。今日はマリカも居るし、ある程度は目を瞑ってくれると思うよぉ。本当にやばかったらテロップ出るしね」


『世界のピンチよりもお姉ちゃん優先かぁ。VIP待遇だね』


「……疑問なのですが、GPSや発信機が組み込まれてはいないのですか」


「どこかのテレビ局がドッキリ企画組んだ時に諦めたみたいだよ。何せ移動距離が違いすぎるからねぇ。国をいくつも跨ぐ上に、魔法卿は常に雑誌でデートコース考えてるみたいでさ、秘境も秘湯も関係なしって感じだから発信機は即座に探知圏外。GPSは機能したけど、監視衛星使わないとどうにもならないから。あ、それと二回ぐらいリリムに撃墜されたはずだから、もうどこも匙を投げてるよ」


「監視衛星を……撃墜?」


『もう何でもアリだねリリムちゃん』


「あ、それと核ミサイルも迎撃してたっけ。反LiLiM主義者たちが、本拠地のシュルドレイク山のダンジョン要塞に撃ち込んだんだけど、全部シバキ帰されて、撃った基地がまとめて吹っ飛んじゃったんだ。アレは効いたよぉ。世界中の反LiLiM主義者共がまとめて黙ったからさ。もうわははーって感じ」


「自業自得じゃよ。その後で連中、汚染の除去をリリムに頼むしかなかったからのう。核の冬が来るところじゃったのにどんだけ面の皮が厚いことやら。ま、ペナルティは与えられて痛い目を見ていたがの」


 子竜と天帝が笑うが、一々聞かされる方としては笑えない話しが飛び交う。


『お姉ちゃんは爆風で吹き飛ばされたけどそっかぁ。そういうやり方もアリかぁ』


「正直、あれは喰らうことよりも、凌いだ後の方が厄介でしたよ」


 肉体はどうにかなっても服が消し飛んだ。愉快な思い出ではないことだけは確かであり、マリカとしても思い出したくも無い古傷である。


「ほう、マリカも何やら壮絶な人生を歩んでおるのう」


「平凡ではないということは自覚していますよ。夜光も大変だとは思いますが」


「ワシの場合は山場を乗り切った感があるのう。基本はこう、大人しく見守るのがワシの役目として落ち着いたし」


「しかし、反LiLiM主義とはなんですか? 召喚肯定派だとすれば論外だと思いますが」


「んー、どちらかといえばリリムが好き勝手するのが反対な連中じゃよ。リリムの力が莫大過ぎて怖いから、制限しろみたいな奴らじゃな。その癖良い様に使おうとしておるからリリムも仕掛けられるまでは相手にしておらん。本来ミサイルは脅しのつもりじゃったらしいが、先走ったアホが世界の浄化とかほざいて打ち込んだのが真相じゃ」


「気持ちは分かるけど、もう二百年は遅いよねぇ。実際の問題としてさ、リリムの力ってレグレンシア側から供給される力よりも外側からの力の方が圧倒的に大きいんだ。仮に内側を断っても意味ないし、正直リリムと戦争したら誰も勝てないんだよ。そこら辺が根本的に分かってないっていうか、リリムをどうしても同じ人間にしたいらしいんだよねぇ。権力も暴力も一瞬で覆せる相手に何を考えてるんだろうね。人間はそういうとこ本当によく分からないよぉ」


「怖いんじゃろ。あの子はその気にさえなれば何でもできる。誰にも出来ないことが当たり前のようにな。ワシらは昔から会って話しておるから気にもならんが、百も生きてない若い連中にはそれが分からんのじゃろうて」


「――ていうか、もう私以外の誰かが仕事してくれるんなら私はここに引きこもってコタツの中に住んじゃうわよ」


 割りと本気で言うと、リリムがちゃぶ台の上にコンロをセット。それに遅れて食材を持ってきたサキと鍋を掴んだシュルトが現れる。


「またせたな」 


「わぁーお鍋だぁ」


「やはり人が集まったらこれです。少し奮発してみました」


「なら、ワシも酒を開けようかのう」


 戸棚から酒の瓶を取り出し、夜光がニンマリと笑う。マリカは頷いた。


「マリカよ、ワシについてこれるかのう」


「ふっ。飲み比べなら負けませんよ」


『酔えないザルの二人が何張り合ってるんだか』


 張り合う二人の戦いは、やがて露天風呂にまで及んだ。











「じゃ、またねマリカ」


 風呂から上がったマリカは、リリムたちが帰るというのでその前に送り返してもらうことにした。


「また会いましょう。といっても、本来は会わない方が良いのでしょうが」


 三度も召喚されるとなれば、運が悪いとしか言いようが無い。


「お主からすればそうかもしれぬな。んー、お主自力では来れぬのかえ?」


「どうでしょうね。試したことがありませんし、私は奇跡を代理行使できはしますが、完全にリリムのように扱えるわけではありませんので、失敗するリスクを考えると気軽にはできませんね」


「そうかえ。ちょっと残念じゃのう」


「また来たらまた来たで、のんびりやったらいいじゃない。あ、でも忘れない内にしてよね」


「大丈夫でしょうリリム。あの大きな槍は早々忘れられませんよ」


『確かに私は目印としては確かにいいかもね。世界に一つしかないんだもん』


「じゃ、名残惜しいけど送り帰すわね。ちなみに、鞭とこのままどっちがいい?」


「妙な性癖はないのでこのままでお願いします」


「シスターマリカよ。何故そこで私を見る」


「誓って他意は有りませんよ」


「それはつまり、私を疑っているということだと思うが」


「さて、リリムお願いします」


「じゃ、いくわよ!」


 不死の山に奇跡の光が立ち上る。

 光に包まれたマリカは、すぐにレグレンシアから消えた。


「ふむ。行ったな。さて、我々もダンジョンに……リリム?」


「ねぇ、魔法卿。今、リリムも一緒に消えちゃったよぉ」


「……むぅ? どうやら、マリカのところに飛んだようだぞ」


「何故じゃ? ワシにはさっぱり理由がわからんぞ」


「大丈夫でしょうかリリム」


「戻れなくなる心配は必要ないと思うが……このまま向こうに居座られたらレグレンシアはピンチだな」













「なんで私まで!?」


『ほんと、なんでだろうねぇ……』


「私たちに理由は皆目分かりませんが……奇跡の失敗ですか?」


「失敗なんてしたことないんだけどなぁ」


 エルネスカの田舎の村。

 丁度、マリカが一仕事して帰ろうとした地点である。見覚えのある場所なので困惑こそしなかったマリカだが、リリムまで一緒に来たことについてはサッパリ理解できなかった。


『あ、ちょっと待って。本部から通信だよ』


 リリムには関係の無い話しなので、とりあえず回線を通じてマリカが直接やりとりする。けれど、その顔がすぐに曇った。


「……はぁ? もう一度言って下さい司祭様」


 マリカは、理解はしていたが聞かずにはいられなかった。


『バルドル側のドクターと思わしき科学者が得体の知れない念神を無数に呼び出しおった! 中央教会は今、三十は越える念神に囲まれて壊滅寸前だ。すぐに応援に戻ってくれ! ぐぬっ、く、長くはもたんな――』


「えーと、マリカ。聞こえちゃったんだけどさ」


『お姉ちゃん。エルネスカ、超絶大ピンチだよぉぉ!!』


「……どうやら、リリムが送り帰した誰かでしょうね。腐れ野郎供が碌でもないことをしたようです。ふふっ、ふふふ――」


「えーと、その、すぐに一掃しよっか?」


「お願いします。同時に、記憶とデータも全部かき消してください今すぐに!」


「りょ、了解!」


「司祭様、数秒下さい。一撃で念神共を送り返しますので」


『な、何? さすがに君がお転婆を極まるイノシスターでもそれは……』


「じゃ、やるわよ!」


『ん? 光が落ちて……ぬぉぉぉ!?』


 その日、エルネスカで謎の念神たちが空から降ってきた光る鞭によってシバキ帰され、その後には天罰の如き鞭がバルドルを襲い、召喚のデータが完全に消え去った。


「あ、そうだ。この際マリカの敵だっていう不死者を一掃しとく?」


「おお、それはありがたい。是非ともお願いします」


『……いいのかなぁ。バルドルの連中も消し飛んじゃうと思うけど』


「尚更戸惑う理由がありませんよ」


 後に、エルネスカで『イノシスターの奇跡』と呼ばれる超常現象として語り継がれる一撃は、こうして世界を救った。おかげで、リリムが異世界に出張させられる出来事がまま増え、LiLiMの名は異世界を越えて伝説になった。


――リリムの戦いは終らない。


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