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EX03.5「長信と子竜」


「つまらん」


 ダンジョン内に置かれたテーブルの上に突っ伏したまま、空元の少年――多織田 長信は呟いた。既にダンジョン内部の散歩を終え、護衛のくのいち蘭と共に椅子に座ったままであった。


「咲は若をほったらかしにしてシュレイダー殿の授業を受けてますものねぇ。大陸語で」


「くそっ、言葉さえ分かれば盗み聞きして鬼の魔法とやらを覚えてやるものを」


「そんなすぐに使えるようなものではなさそうですけど」


 魔法。空元には存在しない大陸の技法。軍事、民間を問わずそれが空元に広がれば間違いなく生活を変えるだろう。とはいえ、その障害になるのが習得した空元人の少なさである。普及させるにしても大陸で学ばなければならないが、種田島にある商人組合『堺』が、それを求めてグリーズ帝国へと渡来した商人たちを亡き者にしてきたことで未だに広がっていない代物である。


 種田島は空元においては中立地帯に相当する島であり、大陸との貿易港『出島』を有する国直轄の組合だ。空元の最西にあり、大陸の商人たちも出入りする空元と大陸を繋ぐ玄関口である。長信も大陸に渡るためにそこを往復している船を利用しており、その時に堺の幹部である万利休に出会った。


「すぐには使えない。それはそうかもしれん。だが、うかうかはしておれんのも確かよ。種田島のここ二年、三年の発展は目覚しい。堺の連中、間違いなく魔法や大陸の技術を手に入れて秘匿しておるぞ。そして、恐らくは繋がっている幕府もな」


「落ち目で崩壊寸前ですからねぇ。大陸の技術で起死回生の一手をって事ですかね」


「派遣忍者共の方でも広がっておりそうだがのう」


「いやぁ、私も偶に報告に顔を出してますけど、それはないと思いますよ。伝統とかそういうのに必要以上に拘りますし、『魔法なんぞ覚える暇があったら忍術を覚えろ』って絶対に言われますって」


「そんなものかのう。大陸から攻められたこともあると記録が残っておるから、老人連中は大陸を毛嫌いしていると思っておったぞ。とはいえ、有効性を見抜けないのは時代遅れよな」


 周囲を海で囲まれている空元。単一民族であるが故に流入する異色の文化を受け入れるにしても時間がかかる。また、当たり前だが環境の違いもある。資源、環境、文化や生活習慣や価値観の差異。それらの差を埋めるにしても知らなければならないが、それを堺が制限している以上は優れた部分を取り入れるにしてもその速度が遅い。


「京の島の公家衆とかもそうでしょ。樹海の天帝様はどうか分かりませんけどね」


「はっ、公家連中はともかく天帝は腹の内さえ読めぬわ」


 長信は直接見たことも会ったことも無い。風聞で聞いた限りではやんごとない相手らしいとは理解していても、それだけだ。表にほとんど出てこない上に今の大名たちでさえ会った者などほとんどいない。長信としては薄気味悪いだけの相手だ。しかし、天帝が本気になれば厄介だとも漠然と感じていた。


 空元において天帝とは神の子孫だとも現神とも言われている雲の上の存在だ。空元限定ではあるが、それはある種の信仰の頂点。これを排除することは幕府も大名もできていない。そうするよりは利用する方が良いと天下を望む者たちは誰しもが考えているのだ。それは長信も同じであり、だらこそ余計に気に食わない。その影響力はもはや空元一と言っても過言ではないのである。


「結局、俺の覇道は咲待ちかのう。徳永屋に帰ってくると言って居ったしな。なら、後は魔法とかいう技術を習うなり買うなりすれば遅れを取り戻せる。そこに鬼の魔法まで加わるとしたら天下への道が現実味を帯びてくる。まぁ、その前に堺をどうにかせんといかんがな」


「くぁぁぁ!? どこに居ても長信様の好感度を爆上げするあの女が妬ましいぃぃ! なんですか、どこがそんなにいいんですか! 胸も尻もないし愛想もないですよ!」


「あいつは小さい頃から俺を知っているせいか、怖がりもせんしはっきりとモノをいうからな。確かに無愛想で滅多に笑いもせんが、どこぞの馬鹿くのいちと違って喧しくないしでしゃばらん。それに、徳永屋は領内で最も力がある商家だ。縁を持っておくに越したことはない」


「うわぁい、愛じゃなくて利用価値で決める長信様万歳」


「それにあいつは俺を殺そうとはせんだろう。お前など、隙を見せたらいつ殺られるか分からんではないか」


「心外です若。忍者の契約は絶対です」


「阿呆。契約だろうと約束だろうとその気になれば破れるわ。それが戦国の世。親が子を殺し、子が親を殺し、兄弟親戚で殺しあう。裏切り、だまし討ちなどよくあること。そういうのは特にお前たちの十八番ではないか」


「なんという偏見! 今全国の報われない思いを秘めた清純なくのいちたちが長信様に殺意を抱きましたよ!」


「ほう、つまりお前は俺を殺したいとな」


「殺したいほど愛してますが何かっ!」


 したり顔でキリリとのたまうその胡散臭いそのくのいち。長信は無言で右手の拳を握るといつものように拳骨を振舞う。当然のように蘭は痛みに悶絶した。


「うわぁん。過剰な程の愛が痛いぃぃ」


「冗談でも愛などと気色悪いことを言うな。見よ、お前のせいで鳥肌が立ったわ」


 着流しの袖をまくり肌を摩る長信。そこへ、子竜がやってきた。


「暇そうだねぇナガノブたち」


「お、レブレではないか。咲の勉強とやらは終ったのか」


「ううん。僕は二人が退屈してるだろうと思って見に来ただけだよ」


「うむ。予想通りに退屈よ」


「だろうねぇ。んー、じゃあ僕が何か教えてあげようか」


「ほう、何かとは何だ」


 少しだけ興味を引かれたのか、長信が目じりを緩めて問い返す。


「そうだねぇ。大陸の魔法とか、内気魔法。――後はぁ、啓示してあげてもいいかな」


「魔法はともかく、啓示とはなんだ」


「こういうのさ」


 言うなり、レブレは視線を合わす。途端に長信は仰け反った。そのまま見詰め合ったまま動かなくなった二人。蘭は訳が分からず呟く。


「あ、あんなに二人して真剣に見詰め合って……はっ、まさか長信様ってば衆道に目覚められたのですか!? だ、ダメです。そっちは腐羅の巷ですよぉ!」








 何処とも知れぬ虚空の中で、長信は過ぎ去っていく光景を見続ける。かつての記憶にも似た情景かと思えば、存在しない光景が次々とフラッシュバックしては消えていく。その中で彼は、大名だった。


 兵を指揮し、部下を引き連れ馬に乗って空元を駆け回る。それは、少年が思い描いている未来に近い。未だ空想の向こう側にしかない光景。だが、その中で彼は終始不機嫌だった。何か物足りないのか、欠けているのか、それとも失ったのか。怒り混じりの殺意を糧に、どことも知れぬ者相手に進撃していた。


「おおっ。長信も随分と暴れるねぇ。まるで魔王みたいだ」


「ぬっ」


 声を掛けられ長信はようやく眼前に立っているその巨体に気づく。それは緑色の竜である。恐れの中にある確かな畏敬の念。神仏さえ信じぬつもりでいた長信にとっては、ただの竜だと名乗るこの子竜の存在は好奇心を揺さぶって止まない。


 その竜には悪意などまったくない。真意は分からずとも害せぬならば恐れる必要などどこにもない。だから、長信はただ問うた。


「これはなんぞや」


「長信の歩んできた過去の記憶。そして、これからありえるかもしれない未来の光景さ」


「未来……ワハハハ! 随分と愉快なモノを見せてくれるな」


「あ、一応言っておくけど絶対にこの通りになるわけでもないからね」


「当然よ。俺は俺の道を自分で作る。この『俺』は『俺』ではない。しかし、可能性といわれればこそばゆいのう。大大名か。それも、西を束ねる。くくく――」


「でも蘭は死んじゃってるみたいだね」


「むっ、そういえば姿が見えんかったな。咲の奴もおらん」


「咲も死んでるっぽいよ」


「なにぃ!?」


「ほら、忍に毒殺されてるよー」


 存在しない記憶の一つに、長信の贔屓のせいで潰された徳永屋の末路があった。『堺』の崩壊は、一つの混乱を世にもたらす。徹底的に長信が叩き潰した恨み辛みか、それとも別の勢力か。そこまでは見えずとも長信は見せ付けられた記憶を前に無言となった。


「一対一の尋常な戦いならともかくさ、咲だと毒はどうにもならないしなぁ」


 のほほんと呟く子竜は首を傾げながら、残念そうな顔を浮かべる。


「でもナガノブが気にすることじゃないよ。咲も似たようなの視てるし」


「……あいつも、コレを見たのか」


「うん。啓示をするとさ、言葉が通じない相手でも思念で触れ合えるからね。意思疎通できるまではしょっちゅう視てたよ。おかげで僕は空元の言葉をすぐ覚えられたんだ」


「であれば、奴をここから帰らせるべきではないということか。うぬぅ、しかしあいつは……」


「そうだね。言って止まるサキじゃないよ。小さい頃から知ってるんでしょ。頑固者だってことはさ」


「うむ。この俺相手だろうと容赦ないわ」


 ある意味多織田家のお抱え商人でもあった徳永屋。大名に金勘定の才も必要だと考えてよく入り浸り、サキの父親と将棋を指しながら話しを聞いていた長信にはレブレの言い様が手に取るように分かった。


「あいつは、やはり徳永屋で魔法を商売の種にするか」


「当然さ。そのためにがんばってる。お父さんの見た夢がすぐそこにあるんだよ。魔物とも戦えるようになった。しかも大陸の賢人魔法とは別に魔法卿……シュルト・レイセン・ハウダーの魔法も習う好機を得た。他の商人たちが手を伸ばしても届かない品を手に入れてしまったんだ。なら、後は上手くやるかどうかだけだもんね」


「……」


「とはいえ、サキは今売り方に迷ってるみたいだよ」


「迷う? 確かにやり方次第ではすぐに他の連中の耳にも入るだろう。教えた連中が金を取るようになれば、儲けも減る。だが、それは考えれば分かることだ。ならば特定の大名に取り入って指南役として重用され、長期的に儲けるべきだろう。それなら保護を受けられるから身の安全も確保できる。ようは俺のところに来ればいい。全て解決だ」


 大陸の魔法よりも鬼の魔法の方が強いとも長信は聞いている。言葉通りならよく知っている長信の所に来るのが無難である。長信も価値が分からないではない。優遇するのは当たり前だと思っているし、悪いようにするつもりは当然ない。けれどレブレは言うのである。


「でも、あの子にとってそれは許容できることかな?」


「……どういう意味だ」


「サキの父親を、僕は君たちの記憶の中でしか知らない。彼はサキに夢を語った。でも、サキは父親が求めた物の、その更に先を模索してるような気がするんだよね。儲けなんて当たり前のモノだけじゃなくてさ、その奥にある願いも正しく叶えたいと思っているのかも」


「役々分からんな。商人が儲ける以外の一体何を求めるというのだ」


「じゃ、逆に聞くけどナガノブは天下を統一してどうするのさ」


「どうする……な。ふむ……漠然としか考えておらぬが今よりは良い国にしたいものよ」


「だよね。でもねナガノブ。それはきっと、大名だけが思うことじゃないんだよ」 


 大名が刀を振るうのは、ただの野心だけではない。殺し殺された先にある天下統一。その夢に兵達が夢を見る。乱世の先にある太平の世を。それぞれが思い描く未来という名の幻想を。


「力で世を動かすのが武士なら、商人は金の力で世を動かす。そして王は政治で世を動かし、庶民はそれぞれの仕事で世を動かす。その先に望むのは、きっと今よりも良き暮らしであり良き人生だ」


 誰だってそうなのだ。進む先が明るいことを願っている。願った上で、現実に乞うように努力して理想を適えようとする。


「僕は元居た世界では色んな人を視て来たよ。大抵の人は自分が望む未来を持っている。それは他人を蹴落としても叶えたい夢。でも、不思議なことにある程度似通っているんだよね。一番多いのは自分に都合が良いだけの未来だ。でも誰も叶えられない。だって、生きてる者の大半がそうなんだもん。だから奪う。殺しあう。罵りあう。騙しあう。ナガノブが手に入れようとしているモノもそうだよ。それは、大名たちが虎視眈々と狙っているもので、だからこそ皆が中々手に入れられない遠き夢だ。普通は実現できないけど、空元の大名たちはそれになまじ手を伸ばせられるほどの力があるから求めて止まないし、諦めがつくまで止まれない。止まることが出来ない」


「ぬぅ、猪口才にも俺に説教をする気か」


「説教というかさ、君が考えもしない道を指し示したいってだけかな。僕は人呼んで『啓示の緑竜』。でも、そんな僕だって当たり前のようにいろんなことを願っている。だからさナガノブ。どうせならサキが死ななくても良い未来を君には手にして欲しいな」


「お前、それが言いたくてサキのために抜けてきたな」


「うん。サキはたまに僕におかずのお肉をこっそり分けてくれるんだ。これはもう味方になるしかないよね。お腹一杯は幸せへの第一歩。ナガノブなら分かるでしょ」


「癪だが確かにその通りよ。腹が減っては戦もできん。だが、満腹なら戦う気力も失せる。しかしそこまで言うならば自分で守ればよかろうに。お前もサキと一緒に来くればいいのだ。言ったと思うが俺はお前が気に入ったぞ」


「ありがと。でも僕がそこまで生きていられるかどうかは分からないし、その場面に立ち会うことが出来るかもわからない。サキと僕の道は何れ途切れると思う。なんでかな。なんとなくそんな気がするんだよね」


 虚空の中で、寂しげに笑うレブレ。竜が闇を見つめるその先は、一体何であるというのか。長信には竜が視たモノなど分かるはずもないが、しかし何かに気づいたような気がした。


「お前まさか――」


「さぁ、どうだろうね。まぁ、言いたいことと見せたいことはそろそろ終りかな。うーん、落ち着きがなさそうなナガノブにはちょっと退屈だったかな?」


「さぁのう。しかし、より貪欲になる理由はできたやもしれんぞ」


「あははは。期待してるよナガノブ。良い夢を見てね。人間の人生は思ったより短いよ――」









「うわぁん。長信様が衆道で、年下趣味で、男の子好きだったなんてそんな! お戻りください。どうか道を戻りください若っ! 後生ですからぁぁぁ」


「……お前は一体何を言っておるのだ? ええい、抱きつくな鬱陶しい!」


 啓示から戻ってきた長信は、胸元に抱きついて涙目になっているくのいちを力いっぱい引き剥がす。途端にダンジョンの床に投げ出された蘭は、妬ましそうな目でレブレを見た。


「あれれ? なんだかよくわからないけど嫌われた気がするよぉ」


「がるるる!」


「威嚇されてる!?」


「放っておけ。こいつが訳の分からぬ妄言を吐くのはいつものことよ」


「ふーん。あ、そうだナガノブ。暇ならちょっと付き合ってよ。見てもらいたい物があるんだよね」


「良かろう。その代わり、なんぞ面白い技を教えろ。鬼が教えられるのだ。竜が教えられぬわけがなかろう」


「交換条件と来たかぁ。おぬしも大名よのう。んー、いいよ。がんばったら使えそうなのを教えてあげる」


「よし。であれば善は急げだ。案内せよ」


「良かろう。ついてまいれー。わはは――」 


「な、なんか見詰め合ってただけで仲良くなってる!?」


 去っていく二人の様子に、残された蘭は当たり前のように疑惑の目を向けた。








 ダンジョンの一角に、レブレがいつも夜に寝ている場所がある。家からそれほど離れた場所ではないが、竜の形態で寝返りを打っても家には触れない程度には離れている。その、台座のように少しだけ盛り上がった土のすぐ側に、その木箱はぽつんと置かれていた。


 それはレブレの宝箱である。とはいっても、お小遣いの硬貨の一部や書物。それにこの前に買ったばかりの刀ぐらいしか入っていない。


「これこれ。これなんだけどさ」


「刀か。俺に目利きをしろということか?」


「うん。作った鍛冶師に会いたいと思ってるんだけど、探そうにも名前が分からないんだよね」


「ふむ。見せてみろ」


 鞘から刀を抜き、呆気羅漢と長信は言う。


「分からん」


「ありゃりゃ。期待はずれだね」


「冗談だ。普通は刃だけ見て分かるわけもないわい。ちょっと待っておれ」


 座りこみ、少年は刀身と柄を分離させた長信は柄で隠されていた刀のなかごへと目をやる。そこには普通は刀工の名、即ち『銘』が掘り込まれているものだが生憎と何も無かった。


「ダメだ。こいつは無銘だな。しかし竜が気にするということは名刀か」


「魔剣……えーと、空元風に言うと妖刀一歩手前の凄いのだよ。何人か斬ると多分凄く呪われた刀になるね」


「ほぅ……」


 しげしげと長信が眺めていると、蘭が慌てて取り上げる。


「ぬ、これ何をするか」


「だだだ駄目ですってば。呪われたらどうするんですか!?」


「あははー。心配性だなぁランは」


「これでも長信様の護衛ですからね」


 言うなり蘭は茎を柄に戻し、まるで腫れ物を触るかのように鞘に仕舞いこみ返却。レブレの両手に押し付ける。


「んー、でも無銘かぁ。これじゃあ探せないね」


「であるな。だが、呼び名が無いのは勿体無いのう。どれ、一つ俺が『号』をつけてやろうぞ」


「号?」


「銘が刀工の名なら、号は曰くやら伝説やらに因んで付けられる。例えば、雷を切ったなら『雷切』とかな。有名な名刀であれば、号の後に銘をつけて呼ぶ」


「おー」


「何か、これにまつわる話しはあるか」


「知らないんだよね。偶々見つけて、多大な犠牲を払って買っただけだもん」


「ならば『緑竜の太刀』でどうだ」


「「えー」」


「な、なんだその目は」


 二人ともがそれは無いという顔で見てくる。安直というよりは正直に付けただけだったが不評。ならばと次から次へと長信は案を絞り出す。


「なら『子竜丸』でどうだ。子烏丸やら子狐丸やらあるだろう。それの竜版だ」


「若、でもその丸はどこから来たんですかね」


「俺が知るか。過去の名刀に倣っただけぞ」


 その後も『竜宝』『麗武麗』『佩竜刀』『啓示の寵刀』など、様々な候補がひねり出されるも、中々に決まらない。


「んー、じゃナガノブの考えてくれた奴の中からじっくり考えて決めようかな。決まったらサキに教えておくね」


「おう。では、そろそろ技の方を教えて貰おうか」


「了解。できるかどうかはナガノブの努力次第だけどね」


 魔法を使い、ダンジョン内の土を盛り上げる。そうして、魔法で態々石化して人程の大きさの石柱に変える。作り上げたそれの前にして、レブレは無名の刀を持ったまま居合いの構えを取った。その構えを見た長信は、それが自分の構えに良く似ていることに気づきはしたが少しだけ拍子抜けもした。何か特別な技でもあるのかと思っていたからである。


「なんだ居合いでもするのか? しかし、さすがにそのサイズの石は切れんだろう」


「別に斬り方はどうでもいいんだ。僕はナガノブの剣術は見よう見まねでしか知らないからね。教えるのはコレさ」


 言うなり、レブレはオーラ纏う。白緑色の光を放つそれに二人の見学者は少しばかり息を呑む。


「単純に武器にオーラを纏わせて切れ味を上げるだけなんだけど、これを覚えたらナガノブは大抵の物は切れるようになるよ」


 レブレの右手が霞む。同時に、上半身が僅かに捻れたかと思えば、銀閃の軌跡が石柱を抜けた。


「「おおっ!」」


 二人の前で真っ二つに切り裂かれた石柱が音を立ててダンジョンの床に崩れ落ちた。思いのほか反応が良かったので、レブレは一度鞘に刀身を戻してサービスすることにした。今度は石柱から少し離れる。そうして、またも刃を抜く。瞬間、剣先から放たれた光の斬撃が虚空を飛翔。残っていた石柱の下部に当たり、これまた石柱を切り裂いてみせる。それは、内気魔法『オーラショット』を応用しただけの簡単な技だった。


「んー、ちょっと狙いが逸れたけどこんな感じかな。どうだい、ここに居る間にちょっと修行してみるかい」


 当然、ナガノブはニヤリと唇を吊り上げて頷いた。

 



 





 朝の授業を終えたサキが家の外に出てみると、何やら三人が『気増演舞』に精を出しているのを見つけた。


「そうそう。蘭はいい感じだね。でもナガノブは駄目駄目だ」


「ぬぅ、こう……いや、こうか?」


「違いますよ若。右手はもっと上で、後、左足がもう少し後ろです」


 基本の型をやっているのだと理解した彼女は近づいていく。


「レブレ、勝手に教えてもいいのですか」


「別に止められてないから問題ないよ。サキも混ざる?」


「それは別に構いませんが……」


 チラリと見ると蘭が威嚇しているのが見えた。両手を挙げる様がまるで熊の真似事をしているようである。けれど、口から吐き出された鳴き声はどういうわけか「にゃー」である。サキとしては困惑するしかない。


「むっ、まさか咲は魔法だけでなくこれも覚えているのか!?」


「いえ、残念ながらまだコツが掴めていません」


「ワハハ、よし。ならば俺が先に覚えてくれようではないか」


 サキは答えず、無言で隣に立つと混ざり始める。その手馴れた様を見た長信は負けておれんとばかりに続きを再開。レブレと蘭、更にはサキにまで駄目出しを喰らいながらも愉快そうに修行に励んだ。


「ご飯できたわよー」


「あ、リリムだ。お昼ご飯できたってさ」


「むっ、そうか。かたじけない」


 通訳したレブレの言葉を聞き、空元組が礼のために頭を下げる。彼らの中ではダンジョンの最上級の存在として認識されている彼女は、言葉は通じずとも苦笑い。気にするなと頷き返す。


「あ、そうだ。ついでにリリムにも手本を見せてもらえばいいよ」


 再び人型サイズの石柱をレブレが作る。期待されている視線が向けられたことを理解したのか、リリムは少し照れながらも気増演舞を実行。全身を白い光で包み、それが終ると石柱に無造作に近づいて殴りつける。すると、呆気ないほど簡単に殴られた石柱が砕け散った。


「なんと素手で石を砕くか。さすがよな。やはり鬼を従えるとなれば、鬼と対等以上の力が要るというわけだ。巫女殿は只者ではないな」


「な、ななな長信様。絶対に怒らせないようにお願いしますよ! 絶対ですからね!」


 冷や汗を拭う長信と、ガタガタと震える蘭。また一つ一目置かれた彼女は、料理が冷めるといって全員を急かした。当然、長信と蘭はパンくず一つ残さずに平らげた。








 その後、長信たちは五日ほどダンジョンに滞在した。その間に長信は簡単な内気魔法だけでなく賢人魔法の基礎を密かにレブレに習い、帝国の首都も観光。帝都ゼルドルバッハの街並みを何やら興味深く眺め、空元にはない様々な文化に触れていた。


 また、彼はサキとレブレと共に夕方の狩りにも参加した。そこで実際にサキたちが魔物を退治する様も見学。ますます内気魔法の習得に意欲を燃やし、サキを口説いては蘭をやきもきさせた。


「世話になった。空元に来ることがあれば、是非城に寄ってくれ。この多織田 長信。必ずやこの恩義を返そう」


「お世話になりました」


 お土産を大量に抱えた長信と蘭が、リリムとシュルトに頭を下げる。サキが通訳し、二人も頷いて見送った。


 竜姿のレブレが二人を手に乗せ空元へと転移するのだ。夜の間にシュルトが空元へと飛行し、転移できるようにしてあったのだ。イーストリンドの港を使って船で帰るよりは当たり前のように安全だ。


 そのままシュルトに転移を任せればよかったが、レブレが態々自分の翼で城に送ると言い出した。シュルトは大した手間でもないと思ったのか、種田島までレブレを連れて転移で飛び、転移できるようにして置いた。


 一度跳んでおけばレブレでも転移は可能だ。もしかしたら暇つぶしに城に遊びに行くつもりなのかもしれない。本来は世界中の空を飛んでいた愉快犯である以上は、行動範囲を広げようとすることも不自然でもなんでもない。


「ではさらばだ! ワハハハ――」


「じゃ、いくよー」 


 ダンジョンから三人の姿が消える。残ったサキにリリムが問うた。


「……良かったの? 一緒に帰って家族に無事を知らせなくて」


「まだ、やること、ある。連絡だけ頼んだ、大丈夫」


「そう。それにしても、よく笑う奴だったわね」


「ナガノブ、楽しむ。生きる、短い、悟ってる、だから余計に」


 だからこそ誰もが目を背けられない偉業を成したいのかもしれない。人生五十年。それを長いと言わず短いと感じるのは、それだけ生きることを楽しみたいからだろう。


 それは商人の娘であるサキと、武士の息子であるナガノブの人生観の差でもある。商いと闘争では明らかに領分が違う。何時死ぬとも知らぬ身を思えば、単純に長生きできると思えないだろう。楽しめる時に楽み、喰らい、奔放に行き、やりたいことをやって死ぬべき時に死ぬ。やはり、サキには理解できない生き方だ。


(貴方らしいと、思えばいいのでしょうね。太く短くですか、長信様――)











「へっくしゅん! うーむ、どうやら誰かが俺の噂をしているようだな」


「今頃若が死んだって言う噂で持ちきりとか」


 ポカリ。


「あ痛っ。うう、長信様ぁぁ、大陸のその鉄兜で殴るのは酷すぎますよぉぉ」


「気にするな。しかし良い眺めぞ。空元広しと言えど、竜の手に乗って見下ろした男は俺が初だろう。そう思えば誠に愉快よ」


 レブレの掌の中から見下ろす種田島の光景に、長信はご満悦である。しばし故郷の風に身を任せていた彼であったが何かを思いついたのか不意に唇を吊り上げる。その、なんとも分かりやすい表情に蘭は嫌な予感を禁じえない。


「やめて下さいよ。何を思いついたのか知りませんけど、絶対にやめて下さいね!」


「ワハハハ。お前の指図を受ける俺ではない! というわけでレブレ、このまま実家の城に直接降りてくれ。親父や口煩い家老共をビビらせてくれるわ」


「りょうかーい」


「ぶふっ。ちょ、そんなことをしたら――」


 城を襲いに来たとでも勘違いされて矢での総攻撃が始まるか、或いは竜神と勘違いした一同が揃って地べたに這い蹲るかのどちらかになるに違いない。前者なら流れ矢で命が危ういし、後者であれば長信はうつけ者の癖に竜神と友誼を交わした男になり、一目置かれることになるだろう。


 その話しが広がれば真偽を確かめようとして忍者が暗躍するだろうし、それに比例して護衛の仕事が忙しくなることは間違いない。そんな未来は蘭にとっては御免である。


「そうだ。いっそのことこのまま天帝の顔を見に行くのもいいかもしれんな。変わった奴が視たいと言っておっただろうレブレ。俺も魔物だらけの樹海を抜ける手間が省けて楽でいい。どうだ、考えてみぬか」


「おー、それいいかもっ」


「ひぃぃ! 冗談でも止めて! 止めて下さいね長信様ぁぁぁぁぁ!」


 後に、竜友の長信と呼ばれることになる重要な逸話になることなど、この時の蘭は知る由も無かった。


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