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3 雪が降るそうです。

「ちょっとちょっと、高泰君、夕方から雪が降るみたいよ。植木鉢、中に入れた方が良いんじゃない?」

「え、そうなんですか」


 雪。


 店で包装紙を整理していたら、買い物袋を提げた近所のおばさんに声をかけられ、はっとして外に出た。

 分厚い白い雲が、澱んで空を濁している。気温も低くなったみたいだ。

 兄貴の電話の話を聞いた日に、雪が降るのか。何の因縁だか。


「ありがとうございます。冷え込んできたし、そろそろ中に入れます」

「いいえぇ、お互い様よ。じゃあね」


 会釈をして別れると、おばさんは二件先の電気屋さんに入って行った。そこの奥さんなのだ。昔から付き合いがあって、うちのお店を気に入ってくれているのでよく来てくれる。

 ずっとこの町で暮らして来たから、商店街の人とは小学生の頃から見守ってもらっている立場にある。だけど、大学を卒業する少し前から、『Calm』の店員として、商店街の集まりや、町会とかにも必ず出るようにしているので、最近は商店街の隣人同士という感覚が強い。

 まぁ、「高泰君」だけど。子供の頃からの長い付き合いを思って、ちょっと笑った。

 冷たい空気に、セーターのハイネックの首もとがスースーする。手がかじかむ。


 日向ちゃんは大丈夫だろうか。

 実用性重視の服装はしていったけど、手袋は持って行っていなかった気がする。


 そういえば泊まりの為のものも持って行かないでさっさと出掛けてしまった。実家だから良いものの、あまりに身軽過ぎないだろうか。傘も持って出掛けなかったはずだ。

 心配だな。帰ってくるときは、きっと寒い。

 彼女の実家の方は、雨雲の通り道といわれる地域だから、雪も必ず降るだろう。

 後で連絡取ってみよう。向こうから未だにメールも何もないけど。

 店先の植木鉢を店中の入り口近くに移動してから、店のレジカウンターの奥に入って、簾から顔を出す。畳の六畳間で、両親は低い食卓を囲んで、ご飯と豆腐とわかめのお味噌汁と、僕が持って来た鰤大根という簡単な昼食を食べていた。その様子は素朴で、ヨーロピアンだなんだっていう雑貨屋の店主が普段畳で生活していると思うと笑える。

 母さんが僕に気付いて声を掛けた。


「何かあったの?やすくん」

「鰤大根が心配なのか?大丈夫だぞ、日向ちゃん結構料理上手じゃないか。ちょっと酒臭いけど」

「作れないって、言っていたけど、やっぱりやってみたらできる子なのね。日向ちゃんらしいわ」


 父母の和やかな会話に癒された。今のところ父母と日向ちゃんの間に問題はないはずで、その点、僕は安心している。

 あの超絶マイペースだからいつか何か言われるんじゃないかと心配だけど。


「やすくんも食べてね、昨日の夜も鰤大根だろうから悪いけど、これ量が多くてお父さんもお母さんも食べ切れないから」

「げ」


 また鰤大根かいと思いつつ、仕方ないと諦めて、顔を出した用件を思い出した。


「そうだ、サカイさんが、夕方から雪が降るって言っていたよ」

「雪?」


 親父は箸を止めて、テレビのスイッチを付けた。民放のお昼のニュースの映像が流れる。


「そういえば、冷えてきたな」

「植木鉢、店の入り口の中に置いたから」

「ありがとう。ビオラは寒さに強いから大丈夫だと思うけど」


 それから皆、自然と黙ってテレビを見つめた。店番があるけれど、僕もそれを見る。昼時だから、少しくらい外していても平気だ。

 会話には出さないけど、この時期の降雪で連想する出来事は、僕も親父も母さんも共通しているものがある。

 主なニュースの後、天気予報に移り変わる。寒々しい空の状態を映して、「これから雪が降りそうな空ですね」とニュースキャスターが若い女性の天気予報士に話しかける。

 と、ポケットの中のスマートフォンが震えた。

 コーヒー色のそれを取り出すと、ディスプレイに日向ちゃんの実家の登録名『桐島家』と電話番号が表示されていた。

 慌てて店に戻って、レジカウンターの下に座り込んで応答した。


「はい」

『もしもし、高泰さんですか?』


 声を聞いてドキッとした。


「あ、お義母さん・・・」

『はい、桐島です。こんにちは』


 お義母さんの声は日向ちゃんの声とよく似ている。一瞬、彼女から電話が掛ってきたのかと錯覚した。


『ごめんなさいね、お昼時に。直接携帯電話に掛けちゃって』

「いえいえ」


 内心冷や汗が出ている気分。簡潔に自分の用事しか言わない日向ちゃんだから、突然実家に帰って来た彼女の行動に、お義母さんも不可解な所があって僕に電話を掛けたに違いない。

 一体どう思われているだろうな。大体想像付くけど。


「あの、日向ちゃんそちらに今いますよね」

『今、父親と買い物に行ってるわ』


 鰤大根の材料ですか。


『あの、聞いて良いかしら』

「はい、何でしょう」

『高泰君』


 お義母さんは緊張気味に言った。


『日向と喧嘩でもしたの?』

「・・・・・」


 やっぱりそう思われるか。

 何も言えないような気持ちになって、眉間を押さえて、その場に膝を付いてしまった。

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