回想一 嫁とは合コンで知り合いました。
合コンで出会った、と言うと、知り合いのほぼ全員が笑って、「嘘を吐け」と言う。
いや、嘘じゃないんだよ、と説明し、それが真実だと伝わると、瞠目して「あの人が合コン行くか?!」という反応を返す。まあ日向ちゃんて、そんな人。
僕だって、今でも嘘みたいだと思う。あの日、日向ちゃんが合コンの席に着いていたことほど奇跡に近い出来事はない。でなければ、僕らには接点すらなかっただろう。片や新進気鋭の物理学者、片や商店街のお店の店員。すれ違うことはあっても、夫婦になるような接触は、万が一でもないだろう。
ところが、万が一の「一」と僕は遭遇したらしい。
僕は自分の人生に「ひょんなことから」ということはないだろうと思っていたから、日向ちゃんのような人が自分の隣にいて、今現在もその動向に振り回されっぱなしであり、それを許している自分にびっくりすることがある。出会いというものは分からないな、と、あの時のことを思い出すと、しみじみ人生に対して感じ入ってしまう。
合コンに来た大学生の女の子の中に、大学院の標準修了年限を短縮して博士号を取っちゃった研究者が、誰もそれと分かることなく一人混ざっていた、ぐらいの変テコな出来事、二度とないだろう。
貴女と出会ってから、予想外だらけです、日向ちゃん。
五年前の春のある日、高校の同級生がうちの店に遊びに来た。
うちの店、「Calm」は親父とお袋がやっている店で、ヨーロピアン風やカントリー風、イギリス風の小物や日用雑貨を扱うお店だ。お洒落なお店、って、商店街で人気がある。お客さんは女性が多いけど、男性もプレゼントを買いに訪れるし、そういう雑貨が好きで見に来るだけのお客さんもいる。
当時は大学を卒業して一年目。お店を継ぐことになっていた僕は、「Calm」で働いていた。同級生のお店屋さんという来易さもあって、僕の地元の友達や知り合いは、よく遊びに来たり、気軽に喋りに来たりする。僕自身が小、中、高と地元の学校に通い、大学まで自転車で通える所に行っていたから、自然に店の存在が知れた。僕が昔から店を手伝っていたこともあって、お客さんとして来店してくれる知り合いも多い。
高校の同級生ヨシオは、そんな一人だ。その日も気安い様子で会社帰りに店にやって来て、雑談をした。仕事がまだ慣れないだの、新入社員が入ってきてようやく後輩ができただの、そんな話を、僕は店内の掃除をしながら、ヨシオは店に置いてある椅子に座ってスーツのまま寛ぎながら、楽しくお喋りをした。
ふとした折に、ヨシオは切り出してきた。
「今月末、合コンやるんだけど、高泰来ない?」
「僕?そういうの苦手」
「そー言わずにさぁ。高校の頃の仲間で集まろうって話あったじゃん」
「え、それと同じなの?」
「そう」
このとき僕は、正直、もやもやとした気分になった。
集まるときには行こうとは思っていたが、合コンの計画と同時とは。高校の頃の仲間とは、それぞれ進路が違うから、連絡を取り合っていてもなかなか会えないし、面白くて会うと話が尽きない間柄だから、何かあるときは出来る限り顔を出すようにしてきているが、合コンと一緒ってどうよ、と思う。折角会うのに、会話が出来ないじゃん。
うーんと曖昧な返事をしていると、店先のハーブやタイムの植木に水をやっていた親父が顔を出した。
「やす、行って来いよー。少しは浮いた話も聞かせてくれよー」
「お前もそろそろ彼女作れよ、店ばっかり手伝ってないで」
「ヨシオー、店ばっかりは余計だ」
「いてっ、わりー親父さん」
親父がヨシオの頭を小突いた。高校生の頃からよく店に来ていたから、親父とヨシオは顔見知りだ。白髪をオールバックに固めて髭も整え洒落たワイシャツとズボンでファッションを固めた親父は、伊達男と近所の女性方に評判だったりする。
僕は苦笑いした。余計なお世話だと思ったけど言えない。
親父はヨシオとがっちり肩を組んで僕の方を向いた。
「まあでも、やす、親としては店に熱心なのはありがたいけど、少しは遊んで来れば?おとーさんだってずっと店のことやってたら息詰まっちゃうよ、偶にはおかーさんとデートでもしなきゃ」
親父はおっとりとした可愛い系の母さんも揃えばお似合いの夫婦、なんてよく言われるほど仲が良い。
「いや、でも僕、今彼女欲しいわけじゃないし」
「あれ?そういうこと言っちゃって良いの、高泰くーん。君自分が何歳だと思ってるの、ハタチ越えてるんだからさ、そんなことばっかり言ってたらいつの間にか年だけ取って婚期逃しちゃって中年になっちゃう、なんて、そんなことになっても知らねーよー?」
「ヨシオに言われる筋合い無いと思う・・・」
「そんなんじゃ干からびちゃうよー?男が廃るよー?なー親父さん」
「なーヨシオ」
親父とヨシオはがっちり肩を組み合って顔を見合わせる。
なんかこの二人気持ち悪い。
げっそりしたその後も、気持ち悪い二人に行けよ行けよと押され、誘導される形で、僕は合コン行きを了承することになった。
気が重いな、と思いながら。