君とあたし9
「…何で、熱が出るかって言われても。宮原のこと、嫌いだから、そうなるわけじゃないよ?」
あたしはごまかすように笑いながら、言った。
宮原はふうんといいながら、うろんげな目で見てくる。
「じゃあ、俺、嫌われてるわけじゃないってことだよな。なのに、相手の姿を見ただけで、熱が出るのって、変だよな?」
「それは、そうだけど」
宮原はあたしに、そろりと近寄ってきた。
一歩、二歩と歩いて、あたしのすぐ目の前まで来て、止まった。
そして、両肩に手を置いて、見つめてくる。
「こうしても、樋口は変になる?」
低いかすれ声で、耳に囁きかけてきた。あたしは、よけいに顔に熱が集まるのを感じる。
「変って。ちょっと、近すぎだって」
慌てて、いっても、宮原は全く、動じない。
「…じゃあ、これ以上のことをしても、平気か?」
あたしを見つめていたかと思った後、いきなり、顔が何かにぶつかった。
鼻先に布と硬い感触がして、ほのかな良い匂いと温もりで、目が回りそうになる。
背中と腰に拘束されている感触もあり、抱きしめられていることに気づくのに、数秒かかった。
「宮原、あたし、遅刻しそうなんだけど。放してくれる?」
懸命に胸元を押して、離れようとする。けれど、相手の方が力が強いので、無駄な抵抗に終わった。 「…樋口、髪の毛、良い匂いがするな。シャンプーしただろ」
「朝方、シャワーしたって、何言ってんの!とにかく、放して!」
大声をあげて、言うと、宮原は簡単に腕をほどいて、離れた。
「ごめん。あんまり、樋口が顔を赤くして、可愛かったから。つい、抱きしめたくなった」
からからと笑いながら、そう、のたまった。
「可愛いって。あんた、頭、おかしいんじゃないの!?」
「そんな訳ないだろ。けど、樋口ってさ、俺を見て、体が熱くなるんだよな。だったら、その原因を調べてみないか?」
そして、宮原は真剣な顔でこう、言ってきた。
「…樋口。俺さ、おまえのこと、好きなんだ。つき合ってくれ」あたしは気絶しそうになるのをこらえるので精一杯で、返事ができなかった。
その間にも、遅刻ぎりぎりの時間になりつつあった。
急いで、走りながら、後ろからついてくる宮原を盗み見た。 平然としていて、憎らしいくらいだ。
あたしは苦しいながらも、学校まで、全力疾走したのであった。
何とか、ぎりぎりで八時十五分頃に校門に入れた。
下駄箱で素早く、靴をはきかえて、教室まで、走る。
引き戸をがらりと音を立てながら、開けた。
クラス中がしんと静まって、こちらを凝視する。
「…あ、おはよう、可奈。今日はずいぶんと遅かったね」
近寄ってきて、真っ先に声をかけてきたのは美佐だった。
「おはよう。ちょっと、登校途中で宮原と出くわして。話をしていたら、遅くなっちゃって」
教室に入りながら、言い訳を言った。
「そうなんだ。ずっと、早かったから。珍しいなと思って」
窓側の二番目の席にたどり着きながらも、椅子に座り、美佐にそう、と返事をした。
鞄から、教科書などを出して、机の中にしまい込む。
「…あーあ。遅刻するとこだった。先生に絞られる寸前だったよ」
ため息をつきながら、後ろから聞こえてきた声に驚いて、振り向いた。
そこには、宮原が立っていた。
「意外と樋口って、足速いのな。びっくりしたよ」
あたしはそれに対して、返事をしなかった。
代わりに、美佐がかみついた。
「意外とって、何よ。あんた、可奈にちょっかい、出したわけ?」
「…出してないよ。あ、でも、樋口に告りはしたけど。その時、樋口、なかなか、面白い顔してたな」
悪戯っぽく、笑いながら、言ってきて、あたしは呆然としてしまった。
美佐も驚いたらしく、目を見開いている。
「あんた、それ、本当?!可奈に告ったって、何でなの!」
「…いや、ここでは訳は言いにくいから。昼休みになったら、屋上に二人で来いよ。そうしたら、話してやるよ」
意味深に笑いながら、宮原は自分の席に行ってしまった。
そこで、話は打ち切りになったけど、周囲の視線が痛い。
女子は、何であいつがと、非難を込めているし、男子は面白がるようなにやにやした顔をしている奴がいる。
そう、あたしと違って、宮原はクラスのムードメーカーで人気者なのだ。
そして、色素の薄い髪と瞳の為に、かなり、目立つ。
性格も明るいから、割ともてる。
目立たない地味なあたしとは段違いだ。
そんなネガティブなことを考えていると、肩を叩かれた。
軽くだったけど、我に返る。
見上げてみると、美佐が真剣な顔でのぞき込んでいた。
「可奈。気にすることないって。宮原は冗談で言っているだけだよ」
慰めてくれているらしい。
あたしは笑いながら、首を横に振った。 「…宮原は本気だよ。あたしに、自分を見て、熱が出るんだったら、原因を調べてみないかと言っていたし」
何でもないことかのように口にしたのに、美佐はかなり、驚いたらしかった。
「それ、本当!?宮原ときたら、そんなセクハラまがいのことを言うなんて。あいつ、可奈に変なこと、するつもりなんじゃない?」
声を大きくして、美佐が叫んだものだから、クラスメートの視線がさらに、痛くなってくる。
あたしは仕方なく、静かにと美佐にいった。
気づいたらしい美佐はごめんと謝りながら、黙って、自分の席に戻っていった。あたしは一時限目の科目を思い出しながら、教科書などを机から出して、準備をしたのであった。
一時限目が終わり、二時限目が始まろうとしていた。
あたしは椅子に座って、ため息をついた。
宮原は教卓のある真ん中の三番目の席である。
そこで、三人ほどの男子達と話をして、盛り上がっていた。 あたしは席が美佐と離れているから、時間に余裕のある時くらいにしか、話をしない。
うらやましく、思いながら、それを眺めていた。
すると、髪をうっすらと茶髪に染めたロングの女子があたしに近づいてきた。
目は黒でふつうである。
でも、少し、つり上がっていて、気の強そうな印象を与える。
「…ねえ、樋口さんだったよね?」
声は高めでアニメの声優みたいな感じだった。
「確かに、あたしは樋口だけど。何か、用があるの?」
「あたしさ、あんたが宮原と抱き合ってるの見たんだよ。真面目そうな顔して、意外とやることはやってるよね」
やっぱ、見られてたか。
あたしはつい、宮原を睨みつけそうになった。
「あんた、宮原が女子に人気があるの、知ってるよね?あたしもさ、樋口さんが宮原を苦手なの、気づいてたんだ。だっていうのに、抱き合ったりしてさ。どういうつもりなわけ?」
あたしはため息をついた。
この子が言いたいのはそういうことか。