君とあたし8
「…同じクラスの男子を見ると、あたし、熱を出しちゃうみたいなんだ。だから、お母さんは悪くない。こんな熱、出しちゃうあたしが悪い」
舌足らずな言葉使いになってしまったが、あたしは簡単に異性を見ると、体が拒絶反応を起こすことを説明した。
過去に、男性恐怖症みたいになってしまったことはないことも言った。
親であるお母さんは、唖然としていたが、最後まで聞いてくれた。
「…不思議なこともあるものね。異性を見ると、熱を出しちゃうなんて。でも、特定の異性を見ると、熱を出すのかもしれないわ。これはお母さんの推測だけど」
若いわねとのんきに相づちを打つ。
「たぶん、お母さんが言っていること、当たっているかも。宮原を見た時だけ、体が熱くなるみたい。でも、エッチなことを想像したわけじゃないから。誤解しないでね?」
「わかっているわよ。それより、早く、寝て。熱を下げてしまわないと。今は夜だから、病院が閉まっているし」
お薬を後で持ってくるからと言い残して、お母さんは部屋を出て行った。
あたしは宮原を好きだから、体が熱くなるのかな?
心が熱くなるからだとは、この時、気づいていなかった。
翌日、割と朝早くに目が覚めた。
お母さんの言う通り、早めに寝たから、気分はすっきりしていた。
まずは顔を洗ってから、着替えようと思い、部屋を出る。
階段を下りて、一階の洗面所へと向かう。
お母さんが朝食の用意をしているのか、包丁で何かを刻む音といい匂いがこちらにまで届いてくる。 洗面所に着くと、鏡を見てみた。
「…うわ、むくれてる」
つい、独り言をしゃべってしまっていた。
「可奈。そんなところで何をしているんだ?」
後ろから、ふいに声をかけられて、驚きながらも、振り向いた。
そこには、お父さんが怪訝な表情でこちらを見ていた。
「お父さんだったんだ。一瞬、誰かと思った」
あたしはほっと、胸をなで下ろした。
お父さんは困惑した様子で、眉をひそめる。
髪を短くしていて、目は奥二重で鼻筋も通っている。
顔立ちは五十近いけど、かっこいい部類に入るだろうか。
「それより、顔は洗わないのか?終わるのを待っているんだけどな」
あたしは慌てて、ごめんと言いながら、顔を洗った。
歯磨きもして、お父さんに終わったことを知らせる。
あたしは部屋へ戻る前に、キッチンに向かった。
熱を計るためである。
お母さんに体温計を使うと言うと、少しの間、手を止めて、その方が良いと肯いてくれた。
「昨日は、お母さんも動転していて、熱を計るの、うっかりと忘れていたわね。学校では計らせてもらったの?」
「うん。えっと、三十七度五分はあったと思う。保健の田中先生が早退していいと言ってくれたけど」あたしがいうと、お母さんはそうとだけ、返してきた。
あたしはそのまま、テーブルの上に置いてあった体温計を手に取った。
ふたを開けて、ケースから、取り出した。
パジャマの襟元のボタンをはずして、緩める。
脇の下に挟んで、しばらく待った。
一分くらい、じっとしていたら、ピピッと電子音が鳴る。
脇から、出してみると液晶画面の部分を見てみた。
そこには、三十六度三分と表示されていた。
すっかり、平熱に戻っている。
あたしは昨日、お風呂に入っていないことを思い出した。
「お母さん、ちょっと、シャワーを浴びてくるね」
「…ああ、そうだったわね。熱で汗をかいていると思うから、入ってきなさい」
お母さんに促されて、バスルームへと行った。
着替えを持ってきていないことに気がついて、急いで、二階へと上がった。
今日も学校があるから、早めに準備するのに越したことはない。
部屋まで小走りで行くと、ドアを勢いよく、開ける。
クローゼットも開けて、引き出しから、下着類を出して、側にあるハンガーに掛けてある制服もはずして、持って行く。 部屋を出て、ドアを背中で押すようにして、閉めた。
廊下や階段を急いで、通り過ぎると、脱衣場にたどり着いた。
既に、お父さんは歯磨きなどを終わらせたらしく、いなかった。
着替えを洗濯機の上に置いて、パジャマを脱いだ。
「さて、シャワーを浴びて、学校に急いで、行かなきゃ」
一人でそう言って、バスルームのガラス張りのドアを開ける。
中に入ると、ドアを閉めて、シャワーの蛇口をひねる。
さあっと、水が出てきて、最初に髪の毛を濡らして、シャンプーをすることにした。
そして、リンスをして、ボディソープをスポンジに付けて、体を洗う。
全身を綺麗にした後、シャワーで、泡を落とす。
頭もすすいで、蛇口をひねって、水を止める。
中に持って入ったバスタオルで髪の毛の水気をぬぐう。
脱衣場に出て、ドアを閉めた。
ちなみに、あたしは兄弟がいないから、お風呂やその他で困ったことがない。
一人っ子だと、家にいたりする時は寂しかったりするけれど。
そして、置いてあった服を着て、制服のリボンを鏡を見ながら、結んだ。
一応、身支度は済んだので、脱衣場を出て、二階へ行って、鞄を取りに行った。部屋に入って、勉強机の上に積んである教科書やノートなどを鞄に手早く、入れる。
準備ができあがって、ベッドの側の棚に置いてあるデジタル時計を見ると、七時十五分になっていた。
鞄を持って、キッチンに向かった。
「可奈、急いで、朝ご飯を食べてね。のんびりしていると、遅刻しちゃうわよ」
お皿にのせられたトーストには、バターが塗られていて、牛乳とサラダ、目玉焼きが並べられていた。
あたしはトーストを食べて、サラダと目玉焼きを胃袋にかき込む。
一気にたいらげると、立ち上がって、お母さんが作ってくれたお弁当を鞄を開けて、押し込んだ。
体育はないから、体操服は持って行かない。
「行ってきます!」
走りながら、玄関に行き、靴を履いて、外へ飛び出した。
息を切らしながら、学校へ駆けていった。
途中の道を走りながら、通り過ぎる。
息が切れ切れで苦しい。
それでも、学校を目指した。
だが、半分まで来た時だった。
前方にいる人物を視界に入れたと同時に、固まってしまった。
そこには、一人でぼんやりとしている宮原の姿があったのだ。
「…宮原、そこで何してんの?」近寄りながら、声をかけてみる。
我に返ったらしく、宮原は驚いて、こちらを振り返った。
さらさらとした栗毛色の髪が風に揺れる。
「樋口。おまえこそ、何してんの?」
あたしは質問で返されたことにかちんときたが、それは押さえて、答えた。
「これから、学校へ行くとこ。早くしないと遅刻しちゃうから」
「…樋口、その。唐突だけど、熱は下がったのか?」
宮原はあたしに、顔を赤らめながらも訊いてきた。
「ああ、もう下がったけど。心配かけちゃった?だったら、ごめん」
「謝る必要はないよ。でもさ、前から、気になってたんだけどさ。何で、樋口って、よく熱を出すんだ?俺を見たら、大体、体調を悪くしているみたいでさ。実のところ、どうなんだ?」
あたしはそれを耳に入れた途端、また、体が熱くなるのがわかった。