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君とあたし7

言ったとしても、頭がおかしいか変態扱いされるか、どっちかだろう。

あたしだって、面と向かって、男子から、「熱が高くなったのはおまえのせいだ」と言われても、ぴんとこないし、なに言ってんの、こいつくらいしか思わない。

たぶん、宮原も一緒だろうし。

あたしは火照った体を持て余しながら、目を閉じた。


眠ったのは、三時限目だったので、午前十一時頃だった。

それから、目を覚ましたのは、午後十二時。

一時間ほど、寝ていたらしい。

だが、保健室には誰もいなかった。

あたしは職員室にいるらしい田中先生に、目を覚ましたことを知らせにいこうとベットから、出た。 戸を開こうと歩き始めた時だった。

がらりと戸がいきなり、開かれたのだ。 あたしは驚いて、小さく声をあげてしまった。

「…あら、ごめんね。樋口さん、もう目が覚めたの。よかった」

戸を開けたのは、田中先生だった。

ひとまず、胸をなで下ろした。

「田中先生だったんですか、男子じゃなくて、よかった」

そう言うと、田中先生はおかしそうに、笑った。

「私は男子みたいに、寝ている女子にちょっかいをかけようとは思わないわね。まあ、そこは安心して」

あたしもつられて、笑ってしまったのであった。


「…とりあえず、担任の先生には言っといたから。樋口さん、早退していいからね」鞄は友達が持ってきてくれると思うわと言いながら、田中先生は事務机に備えつけてある椅子を引いて、座った。

「もう、熱は下がったみたいですから。自分で帰ります」

「そう。だったら、いいわ。気をつけてね」

笑いながら、手をひらひらと振る。

あたしもさようなら、失礼しましたと頭を下げて、保健室を出た。



玄関まで歩いていると、ばたばたと走る足音がして、振り返った。

そこには美佐があたしの後を追いかけていたのだ。

「どうしたの、美佐。廊下を走ったら、先生に注意されるよ?」

声をかけると、美佐はあたしのすぐ近くで止まる。

ぜいぜいと息を荒げながら、美佐はあたしに片手で何かをずいっとつきだしてきた。「…あんた、早退するっていってたじゃない。今、お昼休みになったから、田中先生に伝言を頼んだの。聞いた?」

「うん。聞いたけど」

「そう、なら、よかった。後、これ、鞄ね。机の中の教科書とかノート、プリントとかを入れといたから。おかげでお昼、食べる時間がなくなりそうだよ」

あたしは慌てて、ごめんと言った。

美佐は気にしないでねと言いながら、鞄を渡してくれた。

受け取って、下駄箱に急ぐ。

まだ、微熱があるためか、足下はふらふらとしている。

あたしは自分の棚に入れてある革靴を取り出して、床に置いた。

履き替えていると、美佐が教室に戻る後ろ姿が見える。

それを眺めて、上履きを入れたのであった。家へ自力で帰っていると、また、めまいがしてくる。

我慢して、ゆっくりと歩く。

そんな時に、ふいに後ろから、声をかけられた。

「樋口。やっぱり、足下がふらふら、千鳥足だな」

笑いを含んだ声であたしは振り返った。 そこには、独特の茶色の髪と瞳をした宮原がたたずんでいた。

顔はにこやかに笑っていて、どこか、悪戯っぽい表情だった。

「…何で、宮原がいるのよ。もしかして、早退してきたの?」

聞き返すと、宮原はへえ、ご名答といった。

「そうだよ。俺、担任に「自分も調子が悪いので」て、言ったんだ。そしたら、嘘だろって、笑いながら、言い当てられちまった。まあ、意外とあっさり、早退を許可してくれたけど」あたしは正直、素で女子を送っていこうとする宮原は良い奴だと思った。

他の男子だったら、こんなことをしようものなら、後で見返りを求めてくるだろう。

「…宮原、あたしのこと、心配してくれるんだね。ありがとう」

じんときながら、礼を言った。

すると、宮原は顔を赤らめながら、良いよといってきた。

意外とかわいい反応するじゃないか。

あたしは自分まで、顔が熱くなるのがわかった。

うんと返すのが精一杯だった。



そして、しばらく歩いていると、家まで後もう少しの所に来た。

「もう、いいよ。鞄、持ってくれて、ありがとう。送ってくれたから、助かったよ」

「…どういたしまして。今日はゆっくり、休めよ」宮原はぶっきらぼうにそう言うと、背中を向けて、帰っていった。

あたしも宮原に背中を向けて、歩き出したのであった。



家に帰ってきて、玄関で靴をのろのろと脱いだ。

鞄は手に持ってはいるものの、体がだるくて、力が入らない。

「ただいま。お母さん、いる?」

熱がある割には、元気な声で呼びかけてみた。

だが、しいんとしていて、人の気配がない。

中に上がって、キッチンやリビングを見て回った。

よろよろとしながらも一歩ずつ、踏みしめながら、お母さんを探してみた。

けれども、見つからない。

仕方なく、探すのをあきらめて、二階の自分の部屋へと向かった。

ドアを開けて、部屋のカーペットの上に突っ伏した。

鞄を放り捨てて、大きく、息を吐き出した。

顔や体が熱くなり、額からは汗がにじみ出ているのがわかる。

あたしは立ち上がり、制服のスカーフをはずして、上着を脱いだ。

そして、スカートも脱ぐと、クローゼットを開けた。

下の引き出しから、薄い黄色のシャツとズボンを手にとって、もそもそと着込んだ。

今は五月のはじめ頃だから、昼間はまだ、ひんやりとしている。

服を着替えたら、ドアを閉めて、ベッドに潜り込んだ。

あたしはすぐに、目を閉じた。

けれど、頭がぐるぐると回る感覚に、めまいがする。

視界がぐにゃりと曲がって、変な気持ちになった。

(うう。お母さん、早く帰ってきて!)

胸中でそう、叫んだ。

辺りは耳が痛いくらいに、静まりかえっていて、人の気配がない。

あたしは目を閉じて、布団を頭から、被ることでやり過ごした。



「…可奈。起きなさい」

聞き覚えのある声で、あたしは重たいまぶたを開けた。

顔を横に向けてみると、心配そうにのぞき込んでいるお母さんの姿があった。

椅子に座って、あたしの側にいてくれていたようだ。

「…お母さん」

かすれた声でそう言うと、お母さんはあたしの額にそっと、触れた。

ひんやりとした手が火照った部分に当たって、心地良い。

「こんなに熱があるなんて、思わなかった。もし、朝方に気づいてたら、あんたを休ませてたんだけど。無理させて、ごめんね」そう言いながら、涙ぐむお母さんにあたしは首を横に振ってみせた。

「ううん、お母さんは悪くないよ」

「…可奈」

あたしは幾分か、すっきりした頭を働かせた。


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