君とあたし6
一階への階段をゆっくりと下りて、保健室へと向かう。
宮原はあたしの腕を肩に回して、それで体を支えていてくれた。
「後、もう少しで保健室だから。それにしても、樋口。手が熱くなってる。もしかして、風邪でもひいたのか?」
あたしの顔をのぞき込んで、尋ねてくる。
近い、近いですから、顔が。
「…風邪はひいてないよ。ちょっと、微熱はあるかも」
とっさに、そう、ごまかした。
宮原はふうんといいながら、無言で歩くのを再開する。
しばらくして、保健室にたどり着いた。あたしの体温は宮原に触られたせいもあって、よけいに高くなった気がする。
人のせいにしてはいけないのだけれど。 戸を開けて、中に入ると、養護教諭の田中先生が出迎えてくれた。
ちなみに、三十歳ほどの女の先生だ。
顔立ちはふつうだけど、明るく、朗らかな性格で生徒たちに人気がある。
「…あ、宮原君。樋口さん、どうしたの?体調が悪くなった?」真っ先にそう訊いてくる先生は、いかにも、保険の先生だ。白衣は着てないけど。
あたしの代わりに、宮原が手短に答えた。
「その、熱が出たらしくて。顔も赤いし、僕が保体委員の代わりに連れてきたんです。一人では行けなさそうだったし」
すると、先生は驚いたらしく、あたしをまじまじと見てきた。
「そう。体温計を出すから、宮原君は樋口さんをベッドに寝かせてあげて。熱が高いようだったら、早引けできるように、担任の先生に言っておくから」
てきぱきと指示を出すと、先生は棚の扉を開けると、体温計を取り出してきた。 近くにあった椅子に、宮原が座るように言ってきたので、その通りにする。
ケースから、体温計を出して、あたしに先生が渡してきた。 制服のセーラー服の襟元をゆるめて、脇に挟んだ。
「樋口さん、あなた、前にも熱があるっていって、保健室に来たことが何度かあったよね。一年生の入学式の時とか、確か、月に二、三度は倒れていたような」
あたしはそれを聞いて、よく覚えているなと驚いた。
「…え。樋口、そんなに頻繁に熱を出してたんですか?」
「そうなの。樋口さん、もしかして、昔から、体が弱かったの?私は昔のことはわからないけど、もし、学校で倒れたりしたら、大変だから。ちゃんと、病院に行くのよ?」
あたしはとりあえず、肯いておいた。
そして、ピピッと電子音が鳴り、あたしは体温計を引っ張り出した。
小さな画面を見てみると、三十七度五分という数字が表示されていた。
それを目にした田中先生と宮原は、途端に厳しい表情になった。
「…これは、いけないわね。確実に熱があるじゃないの」
田中先生がぽつりと呟いた。
朝方は何ともなかったのに。
一体、どうして、こんなに熱が出ているんだろう。
「樋口。先生の言うとおりだ。休んでおいた方がいいんじゃないか?」
真剣な顔で宮原も言ってくる。
仕方なく、肯いておいた。
よろよろと立ち上がり、ベットまで向かう。
宮原が慌てて、あたしの背中に手を添えて、一緒に歩き出した。
「今日は早退しなさい。無理して、症状がひどくなっても、困るし。宮原君、担任の先生に知らせてきて」
宮原はわかりましたといって、あたしから離れて、保健室を出ていった。
あたしは自力で、ベットまで歩くと、上履きを脱いだ。
布団をどけると、中に潜り込んだ。
「じゃあ、樋口さん。私は職員室に行くから、しばらく、休んでなさい」
田中先生はそう言うと、カーテンをしゃっと引いて、同じく、保健室を後にしたらしかった。
足音が遠ざかると、あたしは深く息をついた。
熱は宮原が直接、触れてきたからだ。
そのせいで、上がったのだとはとてもじゃないけど、言えない。
本人目の前にして、熱が高くなったのはあんたのせいだとはさすがに、口にできない。