別れの危機とあたし8
母さんは父さんの鞄を受け取ると背中を向けて、また台所へと戻って行ってしまう。
あたしは助け船を出してくれるのかと思ったけど、違ったことに脱力した。
世の中そんなに甘くないということか。
「…可奈。宮原君。夕飯が終わったら話がある。今後の事についてだから、そのつもりでいるように」
「わかりました。俺もお話に加わっていいんですか?」
「かまわない。むしろ、君のことについてだからな。可奈と一緒に話をしなければと思っていた所だ」父さんは真面目な顔でそういうとまた後でなと言って寝室のある二階へ上がっていった。
あたしは思ったより冷静だった父さんの態度に少なからずほっとしていた。
もっと、頭ごなしに怒られると予想していたけど。
「…よかったあ、和人に雷が落ちなくて。もっと、怒ると思ってた」
息を吐き出しながら言ったけど和人は頷いてこない。
どうしたのだろうと思っていたら、あたしの手を離して台所に向かい始めた。
「か、和人?!どうしたの」
「…可奈。おじさん、まだ俺たちの事を認めてくれた訳じゃないよ。正念場はここからだ」
「そうなの。確かに、あたしたちの事を反対してくるかもしれないけど」
あたしが慌てて返答をすると和人はこちらを振り返る。
表情は今までに見た事がないほど、厳しいものだった。
それを目の当たりにしてあたしとのことをかなり本気に考えている事が伝わってくる。
「可奈。おじさんには俺から告白した事や美佐と田中の事はきちんと説明するから。可奈から説明はしているのかな?」
「うん。あたしが見た限りの事はとっくに話はしてあるよ。父さんにだけは説明したからね」
「そっか。わかった、俺の身から出た錆だし。俺もできる限りの事は話すよ」
それで信じてもらえるかはわからないけどと和人は苦笑いしながら言った。
夕食が出来上がり、母さんがあたしたちを呼びに来た。
「…可奈、宮原君。ご飯できたわよ」
「はい。今、行きます」
和人が代わりに答えてくれた。
あたしは先に歩いて台所へと急いだ。
「可奈。待ってよ」
「ごめん。母さんの手伝いをするから、和人は廊下で待ってて」
そう言ったけど、不満そうな顔をされた。
「…可奈。俺とおじさんを二人きりにさせたいの?」
不穏さを感じさせられる口調で言われて一気に慌てる。
「あ、そうだった。父さんと二人はまずいよね」
「やっと、気づいたみたいだね。廊下で待ってと言われた時はどうしようかと思ったよ」
「ごめん!以後、気をつけます」
あたしは思い切り頭を下げた。
和人はため息をつきながら、あたしの頭を撫でてくる。
「和人?」
「…可奈。まあ、そんなに慌てなくても良いよ。おじさんに理解してもらってご両親公認の仲になれたら、それが一番良いと思うんだよね。俺、大学は行くつもりではいるけど」
「そっか。まずは父さんと話し合って、和人のご両親にも挨拶しないとね。やることがいっぱいあるな」
和人は頭を撫でるのをやめた。
あたしは不思議になってうつむけていた顔を上げた。
難しそうな顔をして、こちらを見ている。
「…可奈。うちの両親はその。父さんは会社の部長をやっているし、母さんもフラワーアレンジメントの講師をやっていて。すごく忙しいんだ。会わせられないかもしれない」
「そうなんだ。あの、無理にとは言わないよ。時間があったら、顔合わせだけでもいいし」
「わかった。父さんと母さんには俺から伝えておくよ」
和人は苦笑いしながら答えた。
無理をさせたかなと不安になったのであった。
その後、あたしは和人と台所に行って母さんの手伝いをした。
お皿を運んだり、お箸やお茶碗などをテーブルに並べたりする。
「…宮原君までごめんね。今日はトンカツとサラダとかき玉汁だから。お替わりしてくれていいわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
和人はさわやかに笑みを浮かべながら頷いた。
母さんはいいのよと言いながら機嫌良さそうに笑っている。
母さんは笑いながら、あたしにこう言った。
「…可奈。お父さんを呼んできて。宮原君はこちらにいてね」
「わかった。じゃあ、呼んでくる」
仕方なしに父さんを呼びに台所を出た。廊下を歩いて階段に向かうと父さんが寝室からこちらに向かうところだった。
ゆっくりと階段を降りてきたのを見計らってあたしは声をかける。
「父さん。母さんが夕飯できたって言ってるよ」
「ああ、可奈。知らせにきてくれたのか」
「うん。そうだけど」
父さんはうれしそうに顔をほころばせる。
「…宮原君も待っているんだろう?悪いことしたな」
「悪いことはしてないと思うけど。でもまあ、急いだ方がいいかな」
あたしたちは台所に急いで向かった。
たどり着いて、ドアを開けると目に飛び込んできたのは母さんと和人の仲良さげにしゃべっている光景だった。
和人は母さんが入れたご飯やお汁におかずを手際よくテーブルに並べている。
そうしながらも何かを楽しそうに話していた。
「あら、宮原君てお料理もするのねえ。えらいわ」
「いえ、そんなことは。おばさんには負けますよ」
「お世辞がうまいわね。おばさんも一回、宮原君のお料理食べてみたいわ。可奈がうらやましい」
聞こえてきた内容は和人をべた褒めするものだった。
しかも、母さん、ちゃっかり自分も彼の料理を食べてみたいとか言ってるし。
これにはかちんときた。
「…母さん、父さんを連れてきたよ」
顔をしかめながら言うと慌てて、母さんはこちらを振り向いた。
「可奈!ごめん、宮原君としゃべってて気づかなかったわ」
「いいよ。和人も母さんと話してて楽しそうだったし。父さん。ご飯、入れようか?」
「ああ、頼む」
あたしは和人を無視して父さんの分のお茶碗を手に取った。まだ、それにはご飯は入っておらず、好都合だと思った。
炊飯器に近づくと蓋を開けてしゃもじを握りしめる。
ほかほかと湯気を立てたご飯をお茶碗によそった。
蓋は開けたままで父さんに手渡した。
「はい、ご飯を入れたよ」
「わざわざ、すまんな」
父さんは苦笑いしながら受け取る。
それを終えるとご飯を切るように混ぜた。
こうすることでご飯がよりおいしくなると小さい頃にお祖母ちゃんに教えてもらったことがある。
適当にするとしゃもじを横に置いて、蓋を閉めた。
テーブルに戻ると既に母さんと和人は椅子に座っている。
「可奈、早くして。ご飯が冷めてしまうわ」
「はあい、今行くから」
うんざりしながらも椅子を引いて座った。
「じゃあ、皆が座ったから。いただきます」
父さんがそう言った後であたしや母さん、和人もいただきますと手を合わせて同時にいった。
お箸を手に取って食事が始まる。
いつもと同じだけど和人は楽しそうだ。
「このトンカツ、おいしいですね。かき玉汁も。兄さんと俺で作っても味付けは適当だからな」
「ははっ。母さんの料理を褒めてくれるとは。けど、宮原君も意外だな。家事ができるとはね」
「…はい。小さい時から両親は仕事で忙しくしていて家にいなかったんです。だから、当時に同居していた祖母が家事をやってくれていました。兄さんと二人で頼んで、家事のやり方を教えてもらったのがやれるようになったきっかけです」
和人が寂しそうな顔をしながらも簡単に説明をした。
それによるとお祖母さんは家事を教えてはくれたけどだいぶ、教え方は厳しかったらしい。
料理に皿洗いから始まり、掃除に洗濯などを全てをたたき込まれたと彼は言った。
「ふうむ。うちの可奈にも見習わせたいな。何せ、トーストでも焦がすことがあるから」
「父さん、一言多いよ」
あたしが軽く睨みながらいうと父さんは苦笑いした。
母さんはまあまあとなだめてくる。
いつの間にか、打ち解けた空気になっていたのだった。
この後の話し合いも少しはスムーズにいくかもと期待していた。




