別れの危機とあたし7
あたしは和人の首にしがみついたけど、向こうは驚いているらしく、固まっている。
「…か、可奈?」
和人は困惑しているようでうわずった声を出した。
和人からはほんのりとミントの香りと温かな体温が伝わってくる。
髪はさらさらと頬に当たって、意外と硬い髪質みたいだ。
そんな風に思っていたら、両肩を掴まれてそっと離された。
「…可奈。早まったらダメだ。お母さんだっているし」
「わかってるよ。もう、これからはこんなことはしない」
「そっか。だったら、いいんだ」
和人はほっとしたように息をついた。
「可奈。じゃあさ、一つ約束していいかな?」
「うん。いいよ」
ぽりぽりと頬をかきながら、恥ずかしそうにしている。
和人は意を決したようにあたしを見てくるとこう言った。
「…俺たちが大学を卒業するまで付き合う事ができたら結婚しよう。それができなかったら、約束は無効ということになるけど。いいかな?」
「えっ!あたしたちが大学を卒業するまで?できるかなあ」
「可奈は自信ない?」
あくまで真面目な表情で尋ねてくる。
あたしは驚きと照れが相まって、顔や体が熱くなる。
「あたし、自信はないな。けど、違う大学に行っちゃったら下手すると遠距離恋愛になる可能性があるよ?」
「俺はその。遠距離になってもかまわないよ。可奈が自信はないと言うんだったら、約束は無効になるけど」
「…わかった。約束する。けど、あたしからも一つ条件がある」
「何かな?」
和人が尋ねてきたのであたしは背筋を伸ばした。
「どちらかが浮気しちゃったり、他に好きな人ができても文句はなしと言うことを付け足したいんだ。だから、和人が他の子好きになって別れる事になったりしてもあたしは恨んだりしないから」
「…えらく、あっさりしているね。俺だったら、耐えられそうにない」
和人はうつむきながらもそう言ってきたのであった。
和人と約束をした後、軽く額にキスをされた。
不意打ちに驚いていたらにっこりと笑いながら、あたしの指にまでキスをしてくる。
「な、何すんの!」
「何すんのって色気がないな。しばらく、触れてなかったから充電させてよ」
「…さっき、早いとか言ってたじゃない」
うろんに見ながら言うが、和人は意地悪な笑みを浮かべた。
「それとこれとは別。キスくらいだったら、いいじゃんか」
「あたしはそういう気分じゃないの!キスするんだったら、先にご飯を食べちゃってよ」
思いつくまま言うと和人はぴしりとまた、固まった。
どうしたのだろうと思っているとお腹を抱えて笑い出したのだ。
「ははっ!キスの前にご飯を食べろって。可奈、おもしろい事を言うな!」
「…そんな事言うんだったら一週間くらい、 キス禁止にするよ」
あたしは低い声で言いはなった。
和人はそれでも笑うのをやめない。
「わかった、悪かったよ。また、お預け食らうのはごめんだ」
「…本当に悪かったと思ってる?」
「思ってるよ。可奈、ごめん」
笑うのをぴたりとやめると和人は真面目な顔で言った。
あたしはため息をつきながらまあいいかと思った。
「よろしい。まあ、あたしたち、付き合いだしてからまだ一ヶ月とちょっとしか経ってないし。これから、どうなるかわからないよ」
「そうだな。けど、いろんな事があってもっと、長い時間が経ったような気がする」
そうだねと頷いた。あたしたちはその後、田中にはめられた事や美佐の今後の事を話し合ったのであった。
一通りの話が終わるとあたしと和人は部屋を出た。
夕食を食べるために台所に向かった。
「…いい匂いがするな。うちは共働きだから、ご飯は自分か兄ちゃんが作るんだよな。二人で作るとだいたい、油ものとか肉系が多いんだ」
「ふうん。和人の家って共働きなんだ。しかも、お兄さんが料理を作るの?」
意外な事を聞いて、あたしは驚いた。
まさか、自分でも料理を作っているとは。
「…和人はその。得意料理とかある?」
「うん。あるけど」
和人はこくりと頷いた。
「…そうだな。カレーとか後、豚の生姜焼きは作るかな。鶏肉の唐揚げも作るけど」
そういわれて肉系とはいえ、なかなか難しいものを作れる事にさらに驚いた。
同時に敗北感がじわじわと出てくる。
最近は男子でも料理を作れるんだとわかり、作れない自分が不甲斐なく感じる。何せ、あたしはクッキーを作っても丸焦げになったことがあるのだ。
暗くなった気持ちを持て余していると、和人はそっと手を繋いできた。
「…可奈。どうした?」
こちらを心配そうに見つめてくるので、何でもないと首を横に振った。
「ちょっと、和人が料理を作れると聞いて驚いただけ。すごいなと思って」
「そうかな。小さい頃からやってきたから、そうなっただけだよ。可奈だって、練習したら上手になるって。慣れたら、手早くできるようになるし」
苦笑いしながら、和人はあたしを励ましてくる。
それに、笑い返しながら二階の廊下を通り、階段を下りた。手を繋いでおりたら、ばたんと玄関のドアが閉まる音がする。
見てみると父さんが靴を脱いで上がろうとしている所だった。
「ただいま。て、あれ?」
「…と、父さん」
「可奈じゃないか。隣にいるのは宮原君?」
父さんが階段を下りてきたあたしたちを見つけて、驚いた顔をしている。
隣の和人は緊張した表情になっていた。
父さんは和人を見て、目を大きく見開いて固まった。
「…あの、父さん?」
あたしが声を出すと、父さんは我に返って、靴を脱いで床に上がる。
「可奈。宮原君が何でうちにいるんだ。学校、休学になったって聞いたんだが」
「えっと。休学は一週間だったんだよ。で、今は普通に通っても問題はないんだ」
「…そうか。だけど、宮原君は同級生を殴りつけたんだ。不良の仲間入りしたような子をうちに連れてくるな」
父さんが放った一言はあたしと和人を凍り付かせるには十分だった。
あたしは顔をうつむかせてショックをやり過ごそうとする。ふと、握られていた手の力が強くなった。
顔を上げると和人がこちらを力強く見つめていた。
「…大丈夫。可奈のせいじゃない」
小さな声で言うと、父さんの方をまっすぐに見据える。
「おじさん、勝手に上がり込んですみません。俺が無理を言って家に入らせてもらったんです。先日の事で気分を害されているんだったら、いくらでも謝ります。それから、俺がいるのが嫌だとおっしゃるんだったら。すぐに帰りますから」
一気にそういうと和人は頭を深ヵと下げた。
父さんはまた、驚いてこちらを見ている。
あたしは心臓がばくばくと鳴っていて、かなり慌てていた。父さん、怒ったりしないだろうか。
そればかりが気にかかる。
冷や冷やしているとパタパタと奥から足音が聞こえてきた。
「…あら、父さん。帰ってたの」
「ああ、母さん。ただいま」
そこには母さんが立っていた。
救いの手が差し伸べられたと一瞬、思ったのであった。




