ライバルとあたし5
狩野先輩の話を聞かせてもらった後、里絵さんはあたしにこう言ってきた。
「…前から、気になってたんだけど。樋口さん、あたしのこと、さん付けで呼んでるよね?」
「そうだけど。それがどうかしたの?」
あたしが不思議に思いながら、問い返すと、里絵さんは笑いながら、言った。
「いや、あたしとは同い年だからさ。美佐さんみたいに、呼び捨てで良いのにと思ってたんだ。さん付けだと、しっくりと来ないというか」
改めていわれて、あたしもそうだねと笑った。
「確かに、呼び捨てでも良かったんだけどね。助けてもらったりもしたから、ダメなのかなと思ってた」
「そんなことはないよ。あたしの事、里絵で良いから、ね?」
里絵さんはにっこりと笑いながら、念押しをしてくる。
その表情が可愛くて、うかつにも、同性なのに、どきりとしてしまった。
「…わかった。里絵、これからもよろしく」
ぶっきらぼうな言い方になってしまったけど、里絵さんはそれで良いよと答えてくれた。
この日から、里絵さんから、里絵に変わったのだけど。
二人目の親友に出会えたと思えたし、この後も彼女とは仲が続いたのはいうまでもなかった。
美佐はダメになってしまったけど、また、友達になれるように努力すればいい。そんな甘い考えを持っていたのが仇をなすと言うことに、この時は気づいてなかった。
美佐は翌日、学校に来ていた。
約三日間、休んでいたわけだけど。
和人が来ていないのに気づいたのか、不安そうな表情で席に座っていた。
かといって、他の生徒に訊くわけにもいかないのか、黙って、授業の用意をしていた。
里絵はそれを見て、あたしに近づいてくる。
そして、小声で言ってきた。
「…美佐さん、宮原の事、探してたみたいね。自分のせいであいつが休学処分受けたってのに。よくもまあ、平気そうな顔ができたもんだよ」
「里絵、美佐に聞こえたらどうするの。まあ、和人が休んでいるの、知らなかったとしても、仕方ないよ」
あたしも小声で返事をした。
すると、里絵はよけいに顔をしかめる。
「…そうだとしても。可奈に声をかけても良いのに、無視したんだよ?許せるはずないじゃん」
「そうだけど」
あたしはそれ以上はいえなかった。
里絵は呆れた表情でもう一度、美佐を見た。
「あたしはね、可奈に平手打ちして、しかも、勝手に友達解消まで言ってきて。あの子のそういう自己中な所が嫌いなんだよね。いくら、宮原の事が好きだからって、やりすぎだよ」
「里絵…」
あたしは里絵が言いたい事がわかって、泣きそうになった。美佐の身勝手さにあたし以上に、怒っているらしい。
真意を訊きたいとは思っている。
あたしは里絵の言うことに頷きながら、涙を堪えた。
美佐がそれに気づいて、睨みつけてきたけど、里絵が睨み返したので、顔を背けられた。
和人とつきあい始めて、やっと、九日が経っている。
長い九日間だったと思う。
まだ、休学処分に彼がなってから、三日しか過ぎてない。
後、四日間は来れない。
美佐がまた、あたしにケンカを売ってこないか、心配ではあった。
お昼になって、里絵と狩野先輩と一緒に屋上へ行った。
三人でたわいもない話をしながら、お弁当を食べる。
今日は里絵が先輩の分のお弁当を作ってきていて、これには驚いた。
「…里絵、料理ができたんだね」
「失礼な。あたしね、中学の時から、お弁当は自分で作ったりしてるよ。朝は五時くらいに起きてるから」
里絵は自信満々にそう言った。
先輩は少しだけ、目を見開いて、へえと驚いてみせた。
「見栄えは良いな。中学の時は卵焼きや他のおかずが焦げていた時があったけど。まあ、上達したみたいでよかったと思う」
そして、無言で黙々と食べ始める。
うまいともまずいとも言わない先輩に、あたしは笑いたくなった。
「…涼君の好きな塩味に卵焼きはしておいたから。可奈も宮原が学校に来れるようになったら、お弁当、作ってあげたら、喜ぶと思うよ」
にっこりと笑いながら、里絵がそう声をかけてきた。
あたしはむせそうになりながらも、無理だと言い返した。
先輩もおかしそうにしながら、お弁当を完食したのであった。
お昼が終わると、里絵や狩野先輩と教室にまで戻る。
廊下を歩いていると、田中と美佐が二人でいるのを見つけた。
あまりにも、珍しい光景に立ち止まってしまう。
あたしの異変に気づいたのか、里絵と先輩も歩みを止めた。 「どうしたの、可奈。早く戻らないと、授業に間に合わないよ?」
「…あの、あそこに美佐が。田中と何か、話してる」
端的に言ったけど、勘の良い里絵はすぐに気づいたみたいで、ああと納得したように頷いた。
「本当だ。美佐さんと田中が二人でいるね。何を企んでるんだか」
ふんと鼻を鳴らしながら、里絵はすたすたと歩いた。
あたしと先輩はそれについて行く。
「里絵、あれが例の鈴木美佐か。隣の奴が田中だな?」
小声で先輩が尋ねてくる。
それに、里絵が頷いてみせた。
美佐と田中は先輩やあたしたちに気づく様子はない。
「先輩、田中に乱暴されたって、知ってるんですか?」
主語は抜いて、訊いてみた。
先輩は驚きながらも、こう言った。
「ああ、知っている。宮原から、話は聞いた。樋口さんが無理矢理、いたずらされたときかされてな」
真面目な顔で頷いたので、あたしもそうですかと返した。
教室の前まで来ると、先輩はあたしたちに気をつけてと言って、三階の三年生の教室に戻っていった。
教室に入ると、里絵は自分の席に戻っていった。
あたしも席に座ると、次の授業の準備を急いでした。
すると、がらりと戸が開かれて、美佐と田中が入ってくる。 周りのクラスメートたちがざわざわと騒ぎ出した。
「…あの二人、どうしたんだろうね。前は美佐ちゃん、嫌がってたのに」
「田中さ、鈴木さんの事を好きだったみたいだね。告りでもしたのかな?」
近くにいた女子が笑いながら、小声で噂をしあっている。
あたしはそれに加わらない。
「わかんないよ。美佐ちゃん、無理に頼まれたから、仕方なく、付き合ってんじゃないの?」
「うわ、だったら、田中、かわいそう!鈴木さん、もてるからな。遊びのつもりじゃない?」
二人の想像はひどいことになっている。あたしはため息をそっと、ついた。
どこへ行っても、女というのは噂話が好きだ。
窓側の席を見やると、里絵も頬杖をついて、うんざりとした表情になっている。向こうも似たような心情らしい。
あたしは自分の席に目を戻すと、教科書やノートを両手で持って、とんとんとまとめる。
その音に気がついた女子二人組は黙り、それぞれの席に戻っていった。
それを見送ると、予鈴のチャイムが鳴り出したのであった。




