ライバルとあたし2
あたしはその後の授業を普通に受けた。里絵さんは、自分の席に戻っている。
田中を殴った事で、和人は生徒指導室に連れて行かれた。
同じクラスの誰かが先生を呼びに行ったらしい。
なので、和人の姿は教室にない。
今頃は先生に説教をされている頃だろう。
あたしは憂鬱な気分でため息をそっと、ついた。
「…樋口さん。宮原、まだ、戻ってこないね」
授業が終わると、里絵さんが近寄って、話しかけてきた。
「そうだね。先生の説教が長引いているのかな?」
「それはあり得るかも。宮原、かなり、絞られているんだろうね」あっけらかんと答えてくる里絵さんの表情には、暗さがない。
他のクラスメイト達も噂話などに興じていて、教室は和やかな雰囲気になっている。
「…次の授業までに戻ってこられたら、良いんだけどね。まあ、田中をグーで殴り飛ばしたのは皆、見ているから。休学処分になるかもしれない」
なかなか、手厳しい事を言ってくれる。 あたしはそれには、うんと曖昧に答えるしかなかった。
「そうだね、皆、見ていたからね」
里絵さんも頷くと、予鈴が鳴った。
それじゃねと里絵さんは言うと、自分の席に戻っていった。次の授業は英語だった。
英文が左耳から、右耳を通り抜けていくようだ。
意識も上の空で、先生の声もろくに聞こえない。
「この単語は、テストにも出るからな。よく、覚えておくように」それだけはしっかりと聞こえたので、あたしはノートに慌てて、メモをする。
そんな感じで授業は終わった。
和人は最後の授業になっても、戻ってこなかった。
放課後になって、あたしは里絵さんと二人で話をしていた。そうしたら、教室の扉ががらりと開いた。
和人が戻ってきたのかと思ったが、全くの別人だった。
学ランをきちんと着て、髪も染めたりせず、黒髪だ。
少し、切れ長の目は冷たい印象を与える。
「…里絵、こんな所にいたのか。探したぞ」
声は低めで、落ち着いた感じの男子は里絵さんに気づくと、そう言ってきた。
振り向いた里絵さんはうっすらと頬を赤くして、はにかんだように笑う。「涼君!ごめん、宮原のことを樋口さんと一緒に待ってたんだ」
「…宮原を?」
すると、涼君と呼ばれた男子は眉を寄せて、不機嫌になる。あたしは涼君という呼び方と襟元の縦状のラインの色で、里絵さんの彼氏だということに気づいた。
涼君はあたしに気づくと、どうもと挨拶をしてくれた。
冷たそうな外見に似合わず、気さくな人だなと思う。
「…初めまして。あたし、里絵さんのクラスメートの樋口可奈といいます。あの、お名前は何て、いうんですか?」
おそるおそる尋ねてみると、涼君は少しだけ、微笑んでみせた。
はにかんだ感じがまた、意外だった。
「俺は三年の狩野涼だ。里絵はまあ、彼女でな。宮原のことは知っている」
淡々とした口調だったけど、涼君こと狩野先輩は自己紹介をしてくれた。
「…樋口さん、涼君って、無愛想でしょ?まあ、根は素直な人だから、安心して」
にこやかに笑いながら、言ってくる里絵さんに先輩はちょっと、言い過ぎだぞと睨んでくる。
里絵さんはまあまあとなだめながら、先輩の肩を軽く叩いた。
あたしの前でも、甘い雰囲気を出している二人に呆れそうになる。
仲がいいですね、お二人さんとも。
胸中でそう、毒づいてやった。
「けど、和人って、いつになったら、戻ってくるのかな?もう、五時になるけど」あたしは時計を見ながら、つぶやいた。先ほどまで、イチャイチャしていた二人は打って変わって、真面目な顔になる。そうだなと狩野先輩が言うと、里絵さんも遅いねと口にした。
三人で待ち続けていると、教室の戸をがらりと開けて、誰かが入ってきた。
「はあ、やっと、戻れた。たく、先生もしつこい」
ぼやきながら、入ってきたのは明るめの茶色の髪をした男子だった。
薄暗くなっていた教室内では相手の顔がはっきりと見えない。
けど、声は和人のものだった。
「…あれ?狩野先輩に里絵。二人して、なにしてるんだ?」驚いたらしい和人に里絵さんは怒ってみせた。
「宮原!あんた、遅すぎ。あたしと樋口さんがどれだけ待ったと思ってんの!」
「え、可奈もいるのか?!」
素っ頓狂な声を上げた和人に先輩もため息をついた。
「…おまえを樋口さんはずっと、待ってたらしい。いくら、事情があったとしても、彼女を待たせるのは感心しないな」
「いやあ、その。先生に反省文を書かされて。それと、田中を殴ったことで一週間くらい、休学処分になってしまったんだ」
和人はいやあ、まいったなと言いながら、そんなことを軽い口調で説明をしてみせた。
「…一週間も?!じゃあ、うちに遊びに来れなくなるね」あたしがいうと、和人はごめんなと謝ってきた。
その後、暗いからということもあって、狩野先輩や里絵さん、和人の四人で帰ったのであった。
家の前まで来ると、和人はあたしのことを抱きしめてきた。近所の人たちに見られたら、まずいので、離してと言ったけど、よけいに力が強まるだけだった。
「本当にごめん。可奈には心配や迷惑ばかり、かけてるな。田中があんな風に裏切るなんて、思わなかったから」
和人の顔は暗いから、よく、見えなかったけど。
声には元気がない。 「あたしもなにもできなくて、ごめん。美佐の思いに気づいてたら、こんなことにはならなかった」
「…それは言わないでくれよな。俺は美佐には、興味がない。だから、あいつと付き合うのはあり得ないから」
きっぱりと言ってみせる和人に、あたしは黙るしかなかった。
胸に耳を当てると、規則正しく打つ心臓の音が聞こえる。
よく、人は心臓の音や体温を感じると、気持ちが落ち着くらしい。
確かに、心地よいと思える。
額のあたりにキスをされた。
ちょっと、恥ずかしいけど、満足している自分がいた。
あたしは顔が火照るのをうつむいて、隠した。
和人はあたしの頭をくしゃりと撫でると、帰ると告げてくる。
顔を上げると、苦笑いした和人がひらひらと手を振っていた。
手を同じように振りながら、家へと帰る和人を見送った。




