トラブルとあたし5
夜になって、父さんが帰ってきた。
着替えをすませて、キッチンにやってきたので、あたしは和人からの返事を早速、伝える。
「父さん、ちょっと、いいかな?」
声をかけてみると、父さんがこちらに視線を向けてくれた。 「何だ、可奈。どうした?」
「昨日、言ってた、和人のことなんだけど」
あたしが切り出すと、父さんはわかったのか、小さく肯いて、先を促した。
「和人にそのことを伝えたんだ。そしたら、いいって、言ってくれて。今週の土曜日に来るって、約束したから。来てくれると思うよ」
そこまで言うと、父さんはそうかと答える。
「宮原君、朝方に来ているのを見かけるだけだったから、どんな子かはわからなかったんだ。話をしたことがなかったからな」
それも当然だろうと、あたしは肯いた。 その後、父さんは昼頃に来てくれるように伝えてくれないかといってきた。
あたしはメールで知らせると約束した。
夕食を終えて、自分の部屋に向かう。
中へ入ると、勉強机の上のケータイがメロディと共に震えている。
液晶画面を見てみると、メールが届いていると、封筒のマークが表示してあった。
すぐに、ボタンを押して、メールを確認する。
〈可奈へ
今日は田中のことで恐い思いをさせて、ごめん。
後、明後日が土曜日だったよな?
その日になったら、家に行くから。〉
そんなことが書いてあった。
あたしは父さんに言われたことを思い出して、すぐに、新規メールを作成した。
〈和人へ
メールをありがとう。
田中のことで心配させて、こちらこそ、ごめんね。
それで、土曜日のことなんだけど、父さんから、「お昼からだったらいい」と言われたんだ。
そういうわけで、お昼、午後に来てくれるかな?
駄目か、OKか、お返事くれるとありがたいんだけど。
じゃあね〉
だいぶ、勝手な内容になってしまったけど、送信してみた。 ふつう、来てくれる?とか、書いたら、相手は怒るだろうか。
あたしは和人が返事をくれるのをヒヤヒヤしながら、待ってみた。
二十分くらいして、返信のメールが届く。
〈土曜日のことについてだけど。
お昼に来るのは、別にかまわないよ。
午後一時くらいでいいかな?〉
短く、そう書いてあって、あたしは胸をなで下ろしながら、すぐに返信する。
〈いいよ。
父さんにも伝えておくね〉
これで一段落したと思いながら、返事を送ったのであった。
課題をやってしまって、気が付けば、午後十一時になっていた。
お風呂にも入ったし、後は寝るだけだ。田中の冷たい目がふと、脳裏をよぎる。あたしはそれを取り払うために、頭を横に振った。
『鈴木美佐に頼まれた』
と、あいつは言っていた。
美佐がお金を使って、田中を買収し、あたしと和人の仲を裂こうとしていることに今更ながら、寒気がした。
何で、そんなに悪意を持たれなければならないのか。
あたしは訳がわからないまま、部屋の蛍光灯のスイッチをオフにして、眠りについた。
翌日、いつもの通り、和人が迎えに来てくれた。
母さんお手製のお弁当をまた、彼にも渡した。
詰め込むのはあたしがやったと伝えると、悪いなと笑いながら、謝られた。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。宮原君、可奈のこと、お願いね」
あたしが玄関を出ようとしていたら、母さんが和人に声をかけてきた。
それに、和人はにこやかに笑いながら、応じる。
「わかりました。任せといてください。後、土曜日も来るのでお願いします」
「ええ、いつでも、遊びに来てちょうだい」
母さんが肯くのをみて、あたしたちは学校へと向かうために、家を出た。
行く途中で、和人は喜びながら、あたしにこう言ってきた。 「…やった!可奈のお母さんに家に行くOKをもらえた。後はお父さんだな」
ガッツポーズを取りながら、はしゃいでいる。
「そんなにうれしいかな?母さんに認めてもらえたの。あたしにしてみると、和人のご両親にも挨拶しないといけないと思うんだけど」
真面目な調子で言うと、和人は途端にがっくりとうなだれてしまった。
やっと、自分の両親にも紹介しなければならないことに気が付いたらしい。
「…そうだった、可奈を俺の親にも紹介しないと、意味ないよな。後、美佐と田中の件もかたをつけないといけないしな」
頭を抱えて、悩み出したので、あたしは先に行こうと早歩きをして、追い越した。
五メーターほど、離れてから、和人は気づいたみたいで慌てて、追いかけてくる。
「可奈、待ってくれよ。置いてかないで!」
あたしは意外と情けない声を出す和人に笑いながら、彼が追いつくのを待っていた。
二人で並んで、また、歩き出すと、自然と手を繋いでいた。和人の手の温もりに、安心しながら、あたしは一歩を踏み出す。
和人がいてくれたら、美佐や田中であっても恐くはない。
不思議とそんな気持ちになっていた。
学校に着くと、いつも通り、教室に入る。
だが、美佐の姿がない。田中は他の男子としゃべっている。
目をきょろきょろさせて、辺りを見回してみたが、何食わぬ顔でみんな、いる。 あたしは席につくと、鞄から、教科書などを出しながら、机の中に入れた。
そんな時に、里絵さんが声をかけてきた。
「…樋口さん。おはよう。今日は鈴木美佐さん、お休みだって聞いたよ」
あたしは後ろを向いて、答える。
「おはよう、里絵さん。美佐、来ていないの?」
「うん。美佐さんね、体調が優れないとかじゃなくて、どうも、ずる休みしたみたい。もしかすると、不登校にでもなっちゃったのかも」
あたしは小声で言われて、大丈夫だろうかと思った。
やっぱり、美佐はまだ、怒ってるのかもしれない。
和人とあたしが別れないものだから、学校に行くのも嫌になってしまったのか。 それはないだろうけど。
「…あんまり、気にしない方がいいよ。美佐さん、田中をお金で釣って、樋口さんと浮気させようとしたって、宮原から、聞いたんだよね。あの子、まだ、諦めてなかったら、何するかわからないから。あたしでよければ、いつでも、言ってね」
忠告と励ましをしてくれたけど、あたしはよけいに、不安になる。
それでも、お礼は言ったのであった。
里絵さんはいいよと言いながら、席に戻ろうとする。
だけど、あたしに向き直って、小声で告げてきた。
「…あたしね、美佐さんが何で、樋口さんに恨みを持っているのか、知ってるんだ。美佐さんは、それこそ、一年の時から、宮原のことを好きだったらしいんだよね。それと、あたしのことを宮原の彼女だと、勘違いしてたみたいだから。それも理由の一つみたい」そこまで言われて、あたしは嘘だろうと思った。
「…何で、里絵さんが和人の彼女だって、勘違いをしたの?」
小声で問うと、里絵さんはおかしそうに笑った。
「あたしね、中学の時に宮原と同じクラスになったことがあってね。その時からの仲だから。まあ、手は出されたことはないけど。つき合っているんじゃと、噂になったことはあるんだ」
里絵さんの話によると、その噂をどこかで聞いて、美佐が勘違い、いや、誤解をしたのではということだった。
確かに、里絵さんは和人と仲が良いし、恋人同士と勘違いされてもおかしくはない。
けど、今はあたしが彼女なのだ。
何人目かはわからないけど。
美佐にも認めてもらいたい。
そんな気持ちはあったが、今の状態では無理だと思ったのであった。
一時限目の授業が始まり、少しずつ、時間は過ぎていった。お昼休みの時に、また、里絵さんが声をかけてきた。
「樋口さん、宮原と今日も屋上に行くんだよね?」
「…そうだけど。それがどうかしたの?」
逆に問い返すと、里絵さんは意味深に笑いかけてきた。
そうして、耳元に顔を近づけてきたのだ。
「宮原と一緒にお弁当、食べてるって、他の女子たちが騒いでたから。何だったら、あたしもついて行くよ」
あたしは、え、と声を上げた。
すると、後ろから、低い地を這うような声が聞こえてきた。 「…里絵、何を可奈に吹き込んでるんだ?」振り向くと、和人が仏頂面で立っていた。
「あーあ、宮原に見つかっちゃった。後、もう少しで樋口さんとお弁当、一緒に食べられたのに」
里絵さんは本当に、残念そうにしている。
「…可奈とお弁当を食べていいのは、俺だけだ。里絵、お前と一緒なのはダメだからな」
「小学生と同じようなこと、言わないでよね。樋口さんは俺のだって、独占欲丸出しじゃん」
肩をすくめながら、なかなかなことを言ってくれる。
あたしは、恥ずかしさのあまり、顔が熱くなるのがわかった。
独占欲丸出しって、里絵さんもよく見てるというか。
和人は思いっきり、顔をしかめさせていた。




