トラブルとあたし2
「可奈のお母さんが作ってくれたのか。嬉しいな」
和人は本当に嬉しいらしく、大事に鞄の中にお弁当箱をしまい込んだ。
「…今度、時間があったら、あたしも作ってみるよ。これでも、母さんの手伝いはしてるから」
そういうと、和人は驚いて、こちらをまじまじと見てきた。 「可奈、料理、できるの?」
「…失礼ね。あたしだって、小学生の時から、家事は母さんにたたき込まれているから。卵焼きくらいは作れるよ」
むっとしながら、答えると、和人は本当に大丈夫?と訊いてきた。
あたしはこれでも、煮物や肉じゃがなんかは作れるのだ。
スパゲッティもミートソースから、作ったこともあって、両親や美佐から、おいしいとほめられた事もあった。
美佐の名前を思い出すと、気持ちがしんみりとなる。
つい、四日前に友達解消宣言された所だから、まだ、気持ちがついていかない。 「…可奈?どうしたんだ」
黙り込んでしまったのを心配そうに和人がのぞき込んできた。
「あ、何でもない。ちょっと、美佐の事を思い出して」
つい、美佐の名前を言うと、和人は苦々しい表情になった。 そして、あたしの手をそっと、握ってきたのだ。
和人はそのまま、黙って、歩き出した。あたしはついて行くのに、精一杯で彼がどんな顔をしているのか、わからなかった。
早足で行くのだけど、和人の方があたしよりも五センチくらい、背が高いから、息が切れてくる。
「和人、いきなり、どうしたの?」
そう尋ねても、答えてはくれない。
歩くのが速いと言おうとしたけど、聞いてはもらえないようだ。
そして、十分は歩いただろうか。
学校が近くに見えてきて、やっと、手を離してくれた。
あたしはじんじんと痛む手をさすりながら、ゆっくりと進む和人の背中を見やる。
「和人、美佐の名前を出して、悪かったとは思ってるけど」
声をかけてみると、こちらを振り返ってきた。
「…別に、大したことはないよ。ただ、美佐は可奈の事を平手打ちしておいて、謝っていないだろう?それに対しては怒ってる」
和人はひどく、真剣な顔であたしを見据えながら、いった。 そして、美佐の名前を呼んでいるのに気づいて、驚いた。
「何で、美佐のことを名前で呼んでるの?前は鈴木って、いってたはずだけど」
小首を傾げながら、尋ねたら、和人は我に返ったらしかった。
和人は驚いて、こちらを見返してきた。 「そんなことあるわけないだろ?鈴木と里絵ってさ、同じ名字だから、ややこしいんだよ。だから、名前で呼んだだけであって」
焦って、早口でまくし立てる。
あたしはへえと言いながら、にやりと笑った。
「それじゃ、あたしは和人と別れるよ。美佐の為を考えたら、その方がいいし。和人は美佐とつき合えばいいよ?」
試しにいってみたけど、あたしは少し、胸がちくりと痛んだ。
それに見ないふりをしながら、和人の様子をうかがう。
もっと、あたふたとしているのかと思いきや、射抜くようにこちらを見据えていた。
すっと、目を細める。
「本当にそう思ってんの?可奈、嘘はいけないよ。美佐のためって言うんだったら、俺は最初から、告白なんてしてない。美佐にしていたね」
真顔でいわれて、あたしは否定ができなかった。
「…ちょっと、冗談でいっただけだよ。本当に別れるんなら、あんたに告られた時に断ってただろうし。あたしは美佐みたいにかわいくはないよ。里絵さんみたいに、察しもよくないし」
すると、和人は困ったように笑った。
そんな表情もするんだなと思った。
「可奈は自分のこと、卑下しすぎだよ。美佐みたいに気性は激しくないし、里絵みたいに口が軽くない。可奈は穏やかで落ち着いた性格をしていると思う。顔だって、可愛いと思うしね」
あたしは顔が熱く、火照るのを止めることができなかった。おまけに、甘い笑顔で言われたから、よけいに照れくさい。 どこをどういう風にしたら、そんな甘い言葉が出てくるのだろう。
「…あの、ほめたって、なにも出ないから。あたし、先に行くね」
慌てて、先に行こうとすると、手を握られた。
「今日は一緒に行こうよ。俺、置いてけぼりはもう、嫌だからな?」
すねたように見られて、あたしは顔を背けたくなった。
それでも、急いで、学校に向かった。
和人と校門に入ると、周囲の生徒たちがじろじろと見られて、視線を痛いほど、当てられた。
あたしは恥ずかしいので、手を離してくれと訴える。
けれど、なかなか、離してはくれない。むしろ、堂々としていて、和人はどこ吹く風のようだった。 「朝っぱらから、熱いねー。手を繋いで、登校なんて」
後ろから、声をかけられて、振り向いた。
そこには、あたしに二股発言をした田中が立っていた。
「よっ、宮原。樋口とつき合いだしたの、本当だったんだな。この間、鈴木さんに告られたのになあ。樋口のどこが良いんだ?」
あたしの頭から、つま先までをじろじろとなめ回すように見てくる。
ぞぞっと、背筋に悪寒がした。
和人は田中に冷たい視線を送って、あたしを自分の背中に隠した。
「おまえな、樋口をじろじろ見るなよ。前に、二股って言いやがった時に締め上げたの、もう忘れたのか?」
「…忘れてねぇよ。ただ、鈴木さん、可愛いんだから、フることないと思うんだけど。樋口、色気ないし、胸ないのにな」
それを言った瞬間、ごんっと鈍い音がした。
気がついた時には、田中が頭を抱えて、悶えている。
「…いってえ!殴ることないだろ、宮原?!」
情けない悲鳴をあげながら、田中は頭のてっぺんをさすっていた。
和人は握り拳を作って、田中を睨みつけていた。
「…田中、可奈にいい加減なこと、また口にしたら。今度は回し蹴りするからな?」
あたしはさらに、ぞぞっと背筋が寒くなって、自分の体を抱きしめた。
和人は、あたしに行くよと言って、手を強く、引っ張ったのであった。




