トラブルとあたし1
今回は長めです。
足がふらふらになっていたけど、自力で何とか、帰ってきた。
顔や体が熱くて、まだ初夏なのに、汗が滝のようにあふれ出てくる。
和人は心配そうにしていたけど、あたしは送るのを断った。家にたどり着くと、母さんがいつも通り、お帰りと言ってくれる。
「ただいま。早いけど、ちょっと、シャワーを浴びてくるね」
「…シャワーを浴びるって。雨に降られたんだったら、わかるけど。別に、目立って、汚れたりなんかしていないわよ?」
「ちょっと、汗をかいちゃって。あ、父さんには内緒にしてね?」
すると、母さんはあらまと驚いて、あたしに意味深な視線を投げかけてくる。
あたしが必要以上に汗をかいていることに気が付いたらしい。
「ああ、なるほどね。わかったわ、着替えて、シャワーをしてきなさい」
肯きながら、キッチンに戻っていった。 あたしは二階に上がると、制服を急いで脱いだ。
そして、長袖のシャツとスラックスを取り出して、着込む。 新しい着替えを持って、下へと降りた。バスルームに入ると、服を脱いで、カゴの中に放り込んだ。 腕がうっすらと赤くなっていて、和人にキスされていたのを思い出して、また、体が熱くなって、火照ってしまった。
バスルームに入って、蛇口をひねった。さあっと、お湯が出てきて、顔などに当たる。
汗や他のものも洗い流されていくようで、気分がさわやかになる。
髪を濡らして、シャンプーをしたり、リンスを終えると、一層、さっぱりとなった。
(…母さん、あたしが和人とキス以上の事したって、思っているだろうな。本当はしていないんだけどね)
嘘をついてしまった事に、少し、罪悪感を感じながらも、体を洗った。
上がると、髪をバスタオルで念入りに水気を取った。
ボディソープで洗ったから、汗はすっかり、取れていたけど。
少し、フルーティな感じの香りがお気に入りのもので、いつも使っている。
体の水気も拭うと、服を着て、ドライヤーで髪を乾かした。肩につくまでくらいしかないので、五分もすれば、乾いた。 三十分くらいは入っていただろうか。
キッチンにまで行くと、既に、五時四十五分くらいにはなっていた。
「…あら、上がったのね。父さん、今日は残業で遅くなるらしいから。二人で夕飯、食べちゃおっか」
「わかった。それで、今日は何?」
「さばの味噌煮とほうれん草のおひたしと。お味噌汁ね。栄養バランスを考えて、作ったの」
あたしは、笑いながら、はいと返事をした。
母さんと二人で食事を終えると、後かたづけをした。
お皿を洗ったりするのを手伝いながら、あたしは和人の事を思い出さないようにする。
乾燥機の中にお皿を入れて、洗い終わったら、スイッチをONにした。
「ご苦労さん。もう、いいわよ。宿題あるんなら、やっちゃいなさい」
あたしは肯いて、部屋へ行くと言って、キッチンを出た。
古文の課題と地理の課題、数学の課題を必死こいて、やった。
「何だって、三つも出るんだか。終わらないじゃない!」
一人で怒りながら、地理の課題のプリントの空欄を答えで埋めていく。
がりがりとシャーペンに力を入れて、書いていった。
日本の県名を全部、書けという課題だった。
中学の時にもやった問題だ。
復習とか何とか、先生が言っていた。
埋め終わると、次は数学の課題だ。
問題集の十ページから、十五ページまでの問題をノートに写しながら、解いていった。
αとか記号が並んでいて、あたしは教科書を引っ張り出して、うなり続けた。
「可奈、もう、十時よ。そろそろ、寝ちゃいなさい」
「…ごめんね。後、半分が終わったところだから。これ、解いちゃわないと明日、困るんだよね」
「まあ、それもそうね。夜更かしはしないように」
はいと返事をすると、母さんはドアを閉めて、去っていった。
課題をやり終えたのは、十一時頃だった。
あたしは急いで、課題用のプリントや教科書などを元の棚に戻す。
時間割も見ながら、明日の準備をして、鞄に全部を入れた。ふいに、勉強机の上にケータイが鳴った。
マナーモードにしていたから、ブーブーと音がして、震えている。
ボタンを押して、チェックすると、和人からだった。
〈可奈へ
今日はちょっと、先走りしすぎた。
ごめんね。
それと、課題たくさんあるから、頑張って〉
そう書いてあって、あたしはうれしくなった。
〈R:可奈へ
こちらこそ、ごめん。
謝る必要はないよ。和人も課題、頑張ってね〉
あたしはすぐに、ケータイを操作しながら、返事を書いて、送った。
一日に一回は必ず、メールのやりとりをしようと二人で決めた。
意外と和人はマメで、毎日、夜になると送ってくるようになっている。
そこがよけいに、美佐には申し訳ないと思わされていた。
それでも、別れることなんて、できない。
いつのまにか、和人を好きになっている自分がいて、驚いてはいたのであった。けれど、この憂鬱な気持ちは晴れようがないらしかった。
朝方、また、早めに目が覚めた。
今日も和人には内緒で、先に行こうかと考えたけど。
あたしはカレンダーを確認してみた。
だが、五月十七日となっていて、金曜日になっている。
明日は土曜日だ。
(和人とデートするか、家に遊びに行ってみようかな。つき合って、やっと、五日が経った!)
少しだけ、沈んでいた気分が浮上する。 あたしは鞄や体操着を準備すると、一階に下りた。
洗面所で顔を洗い、歯磨きをする。
終わると、また、二階へと戻った。
制服に着替えながら、時計を見てみる。すでに、六時過ぎになっていて、あたしは急いで、襟元のスカーフを結んだ。
一応、できたので、鞄と体操着を持って、もう一度、下りた。
「…可奈、おはよう。えらく、今日も早いな」
眠たそうにした父さんから、声をかけられた。
「おはよう。和人が迎えに来るだろうから、早めに起きたんだ」そういうと、父さんはまじまじとこちらを見てきた。
眠気が一気に、吹き飛んだらしい。
「…今、和人っていったな?誰なんだ?」
あたしはまずいと思った。
父さんはあたしに彼氏ができたということは知っていても、まだ、感情は追いついていないみたいだ。
「…宮原君のことだよ。下の名前が和人っていうんだけど」
本人から、そう呼んでほしいと言われたことは伏せておいた。
「そうか、宮原君の事だったんだな。一回くらい、うちに遊びに来てもらったらどうだ。その時に父さんにも改めて、紹介してくれないか?」
父さんは少し、寂しそうな顔であたしに言ってきた。
それには肯くしかない。
「わかった。明日か明後日、休日だから、遊びに来てくれないか、訊いてみるよ」
あたしはそういって、キッチンへと向かった。
「おはよう。お弁当、まだ、おかずを詰めていないから。やってくれる?」
あたしははいと言って、お箸を持って、ガス台へと近づく。テーブルの上にあるお皿にはおかずが盛りつけてある。
お箸でウィンナーや卵焼きを父さんと自分のお弁当箱に入れていった。
けれど、大きめのお弁当箱がもう一つ、用意してあり、あたしは腕を止めてしまった。
「…ねえ、母さん。何で、お弁当箱、三つもあるの?」
ふと、尋ねてみたら、母さんはこちらを振り返って、答える。
「ああ、それね。宮原君の分よ。昨日、あんたを迎えに来てくれた時にね、少し、話をしたのよ。そしたら、可奈がお弁当でしょ。宮原君、いつも、学食のパンですませているらしいから、うらやましがってね。それで、試しに用意してみたの」あたしはへえと言いながら、おかずを和人用のお弁当箱にも詰めたのだった。
お弁当の用意ができあがると、ふたを閉めて、自分のを包んだ。
和人の分も同じようにすると、父さんがキッチンに入ってきた。
「あれ、可奈。お弁当、二つも持って、どうした?」
「…和人の分だよ。母さんが試しに、作ってくれた」
淡々と答えると、父さんは苦笑いした。 「……だったら、いっそ、おまえが作ってやったら、どうだ?」「それができていたら、そうしてるよ。今日は起きる時間が遅かったから、作る暇がないし」
つっけんどんに言うと、父さんはそうかと答えながら、椅子を引いて、座った。あたしも続いて、座ると、母さんが並べてくれた朝食に手を伸ばしたのであった。
七時頃になって、和人が迎えに来た。
あたしは自分のを鞄に入れると、もう一つを持って、玄関に向かった。
「おはよう!今日は待っていてくれたんだな」
「おはよう。さすがに、二日続けて先に行っていたら、悪いと思ってね」
あたしは手に持っていた包みを和人に渡して、靴を履いた。 「…あれ。これ、どうしたんだ?」
不思議そうに見つめる彼に、答える。
「和人のお弁当だよ。母さんがついでにって、作ってくれたの。おかずを詰めたのはあたしだけど」
すると、和人は驚いて、目を見開いて、固まってしまった。 けれど、それも一瞬でうれしそうな笑顔に変わる。




