親友とあたし3
夕食を終えると、あたしは部屋に戻った。
机の上に置いてあったケータイを見て、あることに気が付く。
(あ、宮原とメルアド、交換するの忘れた。電話番号も教えてないし)
付き合うことになったのに、肝心なことを忘れていたのだ。 自分の迂闊さに呆れるのであった。
普通は初メールが来るものなのに、宮原からは、一通もない。
電話もできないから、あたしはがっくりときた。
お風呂も入って、課題も終えた頃には、夜の十一時になっていた。
「…可奈。もう、そろそろ、寝なさいよ。明日も学校じゃないの?」
「はーい。明日は金曜日だから。宮原にうちに来てくれるように伝えておくって、父さんに言っておいてくれる?」
「わかった。宮原君をうちに連れてくるのね」
肯きながら、母さんは部屋のドアを閉めた。
あたしは言われた通りに、ベッドへと向かう。
明かりを消して、眠りにつこうと布団の中に潜り込んだのであった。
翌日に、思いもよらぬことがあるとは、この時は知らなかった。
翌日、あたしは六時に目を覚ました。
洗面所に行って、顔を洗い、髪をとかした。
部屋に戻って、制服に着替える。
キッチンで母さんの作ったお味噌汁やご飯、目玉焼きにほうれん草のお浸しをゆっくりと食べた。
「可奈。昨日、宮原君のことはお父さんに伝えておいたから」
背中を向けた状態で、母さんが声をかけてきた。
「…わかった。宮原にも父さんの言っていたこと、伝えておくね」
肯きながら、朝ご飯を食べ終えた。
流し台に食器を置いて、部屋へ向かう。教科書やノートなどを鞄に詰め込むと、歯磨きをしに、一階に降りた。
急いで、父さんの終わったのを確認しながら、歯磨きを始めた。
十五分経って、終わる。
口を水でゆすいでいたら、ぴんぽーんと玄関の呼び出しベルが鳴った。
「はい、どちら様ですか?」
母さんがあたしや父さんの代わりに応対に出てくれたようだ。
あたしは歯ブラシや歯磨き粉を元の位置に戻しながら、口の中の水を吐き出した。
タオルで顔を拭いて、キッチンへと行った。
テーブルの上には、あたし用のお弁当が用意してあった。
それを鞄に入れると、体操服もあるのを確認する。
そうしている時に、玄関から、声がした。
「…あらまあ!あなた、可奈の…」
途切れがちにしか、聞こえない。
けれど、母さんのものに違いなかった。 「おはようございます。あの、可奈さん、いますか?」
朝っぱらから、すがすがしい大きな声にあたしは完全に面食らった。
廊下に出てみると、玄関の扉の前にあり得ない人が立っていたのだ。
「ああ、可奈だったら、まだいるわ。ちょっと、呼んでくるから、待っていてね」
母さんが慌てて、こちらへとやってくる。
あたしがいるのに気づいて、近づいてくる。
鞄や体操服の入った補助鞄を握りしめたあたしを見つけて、母さんは急いでと言ってきた。
「可奈、宮原君が来てくれたようよ。早く、行きなさい」
あたしはわかったと肯いて、玄関に向かう。
「あ、おはよう。昨日、メルアド交換するの、忘れてたからさ。待ちきれなくって、樋口さん家まで来てみた」
「…おはよう」
低い声で返事をした。
けれど、宮原はにこやかに笑いながら、受け流してみせたのであった。
慌てて、玄関で靴を履いて、家を出た。 その間も宮原はにこやかに笑いながら、あたしを待っている。
彼の気持ちが読めない。
ドアを開けて、外に出る。
あたしは閉めると、宮原に向き直った。 「…何で、家にまで来るの。昨日、送るって言ってきたのは、これが目的だったわけ?」
睨みつけながら、問いかけると、宮原はへらへらと笑った。 「別にいいじゃないか。可奈は迷惑なわけ?」
「迷惑よ。今日は一人でゆっくりと行こうと思っていたのに。もし、美佐や里沙さんに見られたら、面倒なことになる」
あたしが真剣に言うと、宮原は笑みを深める。
「里沙っていったら、鈴木里沙のこと?あいつは俺の友達だから、言い広めたりしないよ」
よく話したりしていたというのは、本当だったらしい。
あたしは密かに、里沙さんの言っていたことは当たっていたことに驚いていた。 「里沙さんって、宮原と仲が良いって話は本当だったんだね。友達だって、言ってたけど」
へえと宮原は感心したらしく、片眉を器用に上げてみせた。 あたしはそれを無視しながら、歩き始めた。
早くしないと、以前みたいに遅刻してしまいそうになる。
急ぎ足で行くと、宮原も追ってきた。
文句はいわず、後をついてくる。
早めに学校に着くと、あたしは宮原と距離を取りながら、下駄箱に直行した。
靴を急いで、履き替える。
廊下まで走り、階段を一段抜きで駆け上がった。
あたしは二年二組であるので、教室は二階にある。
教室にたどり着く頃には、息が上がって、切れ始めていた。 戸を開いて、自分の席に向かう。
まだ、早かったせいか、生徒の数はまばらだった。
だが、真ん中の席に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
あたしは声をかけてみた。
「美佐!おはよう!」 大声で言ってみたけど、振り返った美佐は冷たいまなざしを向けてきた。
「…ああ、可奈。あんた、よくもまあ、あたしに声をかけられたもんだね」
そう言って、美佐は立ち上がり、あたしに近づいてきた。
片手を振り上げて、あたしの頬に下ろしてくる。
ぱあんっと、乾いた音が教室に響く。
頬がひりひりしてきたので、平手打ちをされたということに理解し始める。
「こんの、泥棒!あたしが先に、宮原のことを好きだったのに。昨日、あんたが一緒に帰っていたこと、同じクラスの子が見たって、言っていたんだよ!」
大声で怒鳴りつけられて、よけいに訳が分からなくなった。 「可奈は顔が可愛いって、男子からいわれていたね。だったら、その顔、しばらく使い物にならないようにしてやるよ」
また、あたしを殴ろうとする。
もうやられると、瞼を閉じた。
だが、なかなか、二回目がこない。
目をおそるおそる開けてみると、美佐が般若のような形相であたしを睨みつけている。
腕を押さえられて動けず、抵抗をしているようだった。
「…放しなさいよ!可奈、あんたとは友達、やめる!」
「落ち着けよ。昨日までは仲良かったのに、俺と付き合っただけでそんなこと、言うなんてな。可奈が可哀想だと思わないのか?」
あたしは腕を押さえている人物を見て、驚いた。
何と、宮原が美佐の振り上げた方の手を掴んで、止めていたのだ。
「…可哀想だって?昨日、クラスの掲示板をケータイで見てたら、あんたと可奈がキスしている所が写真で載ってた。あたし、告白もしてないのに。ずるいよ」
可奈なんて嫌いだと、叫んで、美佐は床に座り込んで、泣き始めた。
そのしゃくりあげる声に気づいたのか、先生が慌てた様子で入ってきた。
あたしたちのクラスの担任の先生だった。
「…どうした?!宮原に樋口、それに鈴木。騒いでいたみたいだが」
男で名前を佐藤先生という。
心配そうに、あたしたちを交互に見ている。
宮原がすぐに気づいて、佐藤先生に説明をした。
「すいません。樋口さんと鈴木さんが喧嘩をしてしまって。それを俺が止めたんです。先生、樋口さんが頬を机にぶつけていますから、保健室へ連れて行っていいですか?」
下手な嘘だったけど、佐藤先生は疑うことなく、早く行きなさいと言ってくれた。
あたしは一人で保健室へ向かう。
廊下へ出ると、美佐のしゃくりあげる声が耳に入ってくる。 あたしと宮原が付き合うという事柄に、混乱しきっているらしかった。
「鈴木、そう泣くなよ。可奈の代わりに俺が謝るから」
慰める宮原の声が届いてくる。
あたしはその場を後にした。
保健室に鞄を持ったまま行くと、田中先生が出迎えてくれた。
「あら、樋口さん。また、熱でも出たの?」あたしはその問いに首を振って、いいえと答える。
「あの、頬をぶつけてしまって。冷やしたいんですけど、いいですか?」
「…あ、本当!右頬が腫れてるね。ちょっと、待ってて。保冷剤取ってくるから」
保健室に備え付けてある冷蔵庫を開けて、先生はがさごそと探し始める。
保冷剤をしばらくして、見つけたのか、あたしに手渡しに戻ってきた。
「はい、これで冷やしなさい。まだ、ホームルームまでには時間があるから、その間に腫れもひくだろうから」
あたしは礼を言って、近くにあった椅子に座った。
保冷剤を受け取ると、右頬に当てたのだった。




