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2…殺伐gamer-Part/γ2

 そうして、イロウを放ってからしばらく。

 相変わらず音のひとつも響かない校舎内は、いかにも不気味だ。イロウが帰ってくる気配も無い。

「さて、そろそろか」

「?」

「そろそろって……何がっすか?」

 私の呟きに、そろって首をかしげる氷室とヒバリ。

「どーせ、またよからぬことでも考えてるんだろ」

「よからぬことが、結果として状況を好転させることもある。歴史を学べ、氷室よ」

「お前は常識を学べ」

 その言葉は無視して、不思議そうな表情の2人に告げた。


「そろそろ、幽霊の類が出てくるころだろう?」


『……』

「そもそも、肝試しなどという理由をでっちあげて、わざわざ夜の廃校に来るからには、それを期待せずにいられるだろうか。いや、いられない」

「いわんやという奴っすね」

 ヒバリが棒読みで返す。

「まぁ、氷室さんが惚れる人っすからねぇ。いささか予想してたっす。塞翁が馬っす」

「お前、それはとばっちりってもんじゃないか? 俺、そこまで変人じゃないだろ。少なくとも、目の前の美人さんよりはな」

「ハッ。よく言うよ凡人」

「言ってろ変人」

「ん。ともかく、だ」

 小さく咳払いをしてから、私はまず、ヒバリに指を向ける。

「そもそも、このように奇怪な存在がいるのだから、幽霊がどうしていないだろうか」

「ほうほう」

 適当に氷室の相槌を聴きながし、

「私達が上の階に行けないのも、それらの仕業とすれば説明できなくもないだろう? 実際、これは人智を超えた現象だ。何かしらの得体のしれない力が加わっていると考えるのが自然だろう」

「だとしても」

 唇を少しとがらせながら、ヒバリが言った。

「それはいったい、なんなんすか?」

「それを今から探しに行くのだ」

 言うが早いか、私は階段を下に降り始めた。

 少し遅れて、氷室とヒバリもついてくる。

「いったい、何を探すんだ?」

「もちろん、私達をここに閉じ込めている元凶をだ」

 振り返ると、氷室はやれやれ、と苦笑を浮かべていた。

「元気だな、お前」

「若い娘が元気で何が悪い。それに、若いからこそ、今は早く終わらせたいのだ」

「?」

 そう。

 私は、早くこのツアーを終わらせ、家に戻りたい理由があるのだ。

 それは人類として至極当然、誰もが感じる欲求から来るものだ。私は今、それによってやや苦しめられている。


「腹が減った」


 く~、と音が鳴る。

「早く、飯が食いたい」

 それは、私の心からの、切実な訴えだった。

「分かったら早く来い。さっさと終わらせるぞ」

「……はいはい」

「いいじゃないっすか氷室さん。自分も手伝うっすよ、料理」

「そういう問題じゃないけどな」


  ○


 とはいっても、何の手がかりもなしに見つかる訳も無い。

「そっちはどうだ?」

「どうだ、と言われてもな~」

 少し離れて辺りを見回していた氷室が溜息をつく。

「何を探せばいいのかもわからないのに、ちょっとそれは無理があるな」

「何か怪しい物だったらどんなものでもよい。ここから出る為の手がかりになるだろう」

 階段で上には行けずとも、廊下を歩くことはできるのだ。私達は長い廊下を、細かい塵を見つけるように歩き続けた。

 その間に、またしてもくぅ、と腹が鳴る。

「む……」

「ははは。そんなに腹減ってるのか?」

「成長期だからな。まだまだ私には、伸びるべきところがある」

 特に、例の一部分がな。

「…………」

「んん、御琴さん……なぜいきなり死にそうな表情をするんすか? 五臓六腑に染みわたってるっすよ」

「ああ、染みわたっているな……はぁ……」

 何度も何度も言われ続け、さすがに耐性が出来てきたと思っていたが、やはり人間の持つコンプレックスというのは中々治るものじゃないらしい。

 何故、私は女なのに、本来あるべき部分に栄養がいかないのだろうか。ほとほと人体の不思議を感じてならない。

「そんなに気になるもんなのか?」

 気の置けない氷室だからこそ、異性でありながらこうした悩みを相談できる。しかし、やはり男にはこの悩みはどうも共感に難いもののようだ。

「俺、別にどうも思わないけどなぁ」

「氷室さ~ん、分かってないっすね。見えない部分を磨いてこそ女は輝くんす。蛍雪の功ってやつっす」

「コツコツ努力してるってことだな」

「むぅ……飯は大量に食っているんだが……」

「それだけじゃダメだろ。なんで逆に太らないんだよ、御琴。不思議だ」

 苦笑する氷室。

「笑いごとではない……」

「そうっすよ氷室さん。女にとっては、笑ってすませない問題っす」

 こればかりはヒバリも賛同してくれるようだ。天使と人間、種族は違えど、同じ女。支え合っていけるのだろう。

「ヒバリもやはり気にするのか?」

「自分はそーでもないっすけどねぇ。やっぱり内輪では、気にしてる連中もいるみたいっすよ」

「ほうほう。そもそも、天使に成長の概念はあるのか?」

「もちろんっす。自分らにも、いたいけな子供時代があったんすよ~。まぁ、御琴さんや氷室さんから見れば、遠い遠い大昔のことっすけどね」

 えへん、と胸を張るヒバリ。

「御琴と同い年くらいに見えるんだけどなぁ。実際は何歳なんだ?」

 氷室が尋ねると、ヒバリは「ちっちっちっ」と人差し指を立てる。

「女に歳を訊くなんて、分かってないっすね~。プライバシーに関わるっす」

「なんだよー。別にいいだろ、今さら隠すことなのか?」

「まぁ、そんな事ないっすけどね。またの機会にということで」

 屈託なく笑顔を浮かべるヒバリと、首をかしげる氷室。やはり、傍から見ても相性のいい2人だ。なんとなく、お互いに言葉ではない意思疎通があるのだろう。

「まぁ、ともかく。御琴が悩んでるのは分かったけどさ」

 氷室は話を元に戻してから、私に向き直るようにして、

「気にするな、とは言わないけどさ。あんまり気に病むことないだろ。充分、御琴は綺麗だよ」

 と言って、私の頭を撫でるのだ。相変わらずの暖かい右手と、暖かい表情で。

「……」

 つい、俯いてしまう。

 あんなことがあっても、氷室のふとした仕草が懐かしい。思わず、目を細めてしまうのだ。

「ふふっ、御琴さん、嬉しそうっすね?」

 ヒバリもそういうのだから、さぞ分かりやすい表情をしているのだろう。私らしくもない。だが――

「悪くない」

「そうか? なら嬉しいけど」

 氷室は悪戯っぽく笑って、

「帰ったら美味いもん作ってやるから。早く終わらせるぞ」

「んむ。期待しているぞ、2人とも」

「任せるっすよー」

 そうして笑い合う。何にも代えられない、大切な時間と友人だ。

 氷室は友人ではなく、また別の呼び方があるのかもしれないが――まぁ、それはいいだろう。今はまだ、互いに腹を割って付き合える、友人と呼ぶべきなのだろうと思う。

「全く、だらしの無いことだ」

「?」

「まぁ……少しはお前との時間も、大事にするべきなのだろうな。またいつ消えてもらっても困る」

「ははは、勘弁してくれよ。俺だって御琴の所から離れるの、もう御免だって」

 そうして、氷室は少し歯を見せて笑う。

「いつ殺しに来るか分からないからな、どこぞのお嬢さんは」

「今すぐにでもいいぞ? ん?」

「御琴さん、それじゃ料理を作る人がいなくなっちゃうっすよ?」

 暗い廊下を進んでゆく。 

 一瞬、幽霊だとか、空腹だとかを忘れられるような、そんな時間だった。――本当に、氷室の隣は居心地が良い。願わくば、ずっとこうしていたいものだ。

「……ん?」

 そんな時に、一瞬だけ、違和感を覚えたのだった。


 廊下の向こう――夜の闇の中に、誰かが立っているのだ。


「……誰だ? 青嵐か?」

 背丈のほどはそれくらいだろう。だが、まるで足を引きずっているように、ゆったりゆったり、とこちらに歩いてくるのだ。おまけに傍らにいるはずの、銀髪の天使の姿が無い。

「トゥルーさんもいないっすねぇ」

「じゃあ、桐也君かな? 男ってそれくらいしかいないだろうし……」

「いや、榊でもないな。アリィがいない」

 だとしたら――誰だ、と思う前に、私の考えは中断されることになる。

「……!」

 しばらく様子を見ていると、明らかな『異常』に気が付くのだ。それは、暗い廊下の中でも、はっきりと見て取れるほど、非常識的な印象を受けるものだった。

「そうか……さては」

「?」

「アレが、探し求めていた、ターゲットだな!」

 私が言うと、2人が早速食いついてきた。

「ターゲットというと……」

「そうだ。幽霊の類だろう」

「???」

「ホントかよ?」

 ヒバリと氷室は首をかしげつつも、話題に突っ込んでくる辺り、少なからず興味があるのだろう。

「何か、はっきりした根拠でも?」

「根拠ならある。よく見てみろ」

 私は、件のターゲットに指をさし、


「普通の人間が、刀を持って歩いているだろうか」


 近付いてくるにつれ鮮明に見えてくるその姿は、よく見ると若い男だった。

 物憂げな目つきと、生気の感じられない表情。足を片方引き摺って歩き、命からがら生きているような不気味さを感じさせる。

 何より、右手には、刃がむき出しの日本刀が握られている。まるでキャリーバッグのようにそれを床に引きずる様は、少しどころでなく異質だ。

「おいおい……」

 氷室は一歩あとじさりながら、

「下手すりゃ死ぬんじゃねーの? 俺達」

「そうかもな。だが、アレを何とかすれば、事態は好転するだろう」

「そか。――ヒバリ」

「はいっす」

 氷室の声にこたえるように、ヒバリは一歩踏み出し、にや、と笑う。

「頼らせて貰う。何とかしてくれ」

「任せてくださいっす。その為の、守護天使っすからね」

 そう言って笑うと、ヒバリは両腕を広げ、それぞれの掌に緑色の光を生み出す。

 一瞬の後、それは円形の刃に収束された。直径20センチほどの、手裏剣の様な武器だ。

「チャクラムか。ずいぶんと渋い武器を使っているな」

「『運命の輪』っすからね。世界はどんな時も、円に収束していくっす。つまり、私はかーなーり、強いんすよ!」

「期待してもいいってか?」

「はいっす!」

 ヒバリはチャクラムを構え、待ち構える。

「…………」

 すると、男の虚ろな瞳がヒバリを、ひいては私達を捕え、足を引きずるのをやめる。

 そして、ゆっくりと、右手の日本刀を持ちあげ――私達に、切っ先を向けるのだ。

「クロっすねぇ。……ふふふ」

 ヒバリは陰のある笑みを浮かべながら、

「懐かしいっす。戦いなんて、何百年とやってないっすからねぇ……!」

「…………ァッ!」


 一瞬。

 男は刀を振りかぶり――ヒバリにむかって、斜めに切り降ろす。

 ヒバリは両手のチャクラムでそれを受け止める。ギィン! という、耳障りな音が響き渡った。


「さて」

 私は溜息をついて、

「どうする、氷室?」

「どうするもこうするも。待ってるしかないだろ」

「手伝わなくてもよいのか?」

「手伝ったらかえって邪魔になる事もある。料理でもそれは一緒だ。ここはヒバリの領分なんだ、きっと」

 ヒバリと男は、目の前で激しい攻防戦を繰り広げている。

 私達はただ、それを見守ることしか出来ない。


「……それにしても、いったいこれは何だ? 何故、私達を狙うのだ?」

まさかのバトル編突入。

次回、大きく謎に近付きます。

そしてなんと、またもや新キャラが出るという噂。アイエエエ…

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