2…殺伐gamer-Part/γ1
階段に腰掛け、大きく伸びをする。
散々歩きまわった疲れを取るのにはうってつけだ。
「それにしても」
傍らで氷室が腕組みをして、
「どんだけ広いんだ、この廃校」
「少なくとも、見かけよりはな」
もう、かれこれ1時間近くこの廃校の中をさまよっている。
外観もそれなりに大きかったが、1時間かけて一回り出来ていない。これはもう、常識の通用しない空間のようだ。
「だいぶ歩いたっすよねぇ」
ヒバリがこともなげに呟く。
「やっぱり何かおかしいっすよ、御琴さん」
「分かっている。そもそもお前がいること自体がおかしいのだから、当然と言えば当然か」
「む。なんすかそれ、まるで自分がヘンな人みたいっす」
「まぁ……」
氷室は頷きにくそうに曖昧に笑っている。
「氷室。言う時は言わないと、将来腐るぞ」
「いいじゃんか。ちょっと疲れてるしさ」
壁にもたれかかりながら、
「休ませてくれよ。もう散々歩きまわっただろ?」
「そうっすねぇ」
ヒバリはもう一度、深々と頷いた。
「いつまでたってもゴール出来なさそうっすよ? 五里霧中っす」
「確かにな」
私も頷いて、ふと窓の外を見やる。
濃紺の夜空に、星が頼りなげに輝いていた。
私達の道を、示してくれそうにはない。
○
最初に異変に気付いたのは氷室だった。
私達は適当に校内を歩きまわりながら、なんなく階段を上っていくと、
「おい」
と、不思議そうな表情をして立ち止まったのだった。
「どうした?」
「いや……気のせいかもしれないけどさ」
氷室は若干勿体ぶるようにそう言って、
「俺達、上の階に進んでるか?」
「……なにを言っているんだ?」
「氷室さん、自分達は吸血鬼じゃないんすよ? 魑魅魍魎ってやつっす」
「いや、そうじゃなくてさ」
私とヒバリの視線を振り払うように両手を振って、氷室は窓の外へ視線を向けた。
紺色の空にぽつぽつ、と星がともっている。月明かりのおかげか非常に明るいが、残念ながらこの場所からは月の形までは見えない。
氷室はそんな夜空を見て、
「な~んか、外から見える景色が変わってないような気がしてさ」
「何?」
その言葉に首をかしげながらも、私、ヒバリ、イロウの3人で窓の外を見た。
「普通」
イロウがぽつり、と呟く。なるほど、その通り外の景色はなんらおかしくない。至って普通だ。
「気のせいじゃないっすか、氷室さん?」
「ん~、そうかもしれないけどなぁ……」
しかし、氷室はいまいち納得しない表情で頭をかき、
「なんか違和感があるって言うか。勘だけどな」
「ふむ……」
氷室の勘なら、信じていいだろう。ここまで訴えている氷室に、私は少し考えた。
昔から、こういう小さな変化にも気を配れる奴だ。こう見えて几帳面な面があるし、なにより今は料理人なのだ。
そうした僅かな変化に目ざといからこそ、美味い飯も作れるという物。けして贔屓目で見ている訳ではないのだ。
となると、と私はある思考に辿り着く。
「私達は、同じ所をグルグルと回っているということか?」
「さぁ……? その辺は御琴に任せるよ。俺はそういうことは考えられん」
わざとらしく肩をすくめてみせる氷室に、思わず溜息をつく。
「まぁ、確かにお前のように頭の無い奴には任せられんな」
「はいはい」
「とりあえず、もう一度階段を上ってみるか」
そうして、私達は今しがた上ってきた階段を、更に上へと進むのだった。
「ん~……」
そうしてやってきた上の階。
ヒバリが目を凝らして窓の外を見る。
「確かに、変わってない気がするっすね」
「だろ?」
「御琴さん、どう思うっすか?」
「と、言われてもな」
ヒバリも口をそろえて違和感を訴えるのだ。疑う余地もあるまい。
「イロウ、お前はどう思う」
「(ふるふる)」
無言で首を横に振る。イロウは特に違和感を覚えないようだ。
「しかし、不思議なもんだな」
氷室が腕を組んでむむ、と唸る。
「階段を上っても、上にいかないなんてな」
「確かに、妙な現象っすねー。五十歩百歩ってやつっす」
「んー……。……んー」
微妙な言い回し故か、氷室は今回は突っ込みを封印し、考えにふけっている。
私も似たように、再び物思いにふける。
こうして非日常的な現象に遭遇し、その中で謎を考察する。今までに経験できなかったことだけに、私は割と楽しい気分でいた。
ただただ漫然と生きるだけでは、絶対にありえない出来事だ。しかし、現に私達にはそれが起こっている。これも天使の導いたことだろうか。
「さて、どうするか」
一言呟いて、これまでの出来事を纏める。
どうやら、この階段は無限に続くループとなっているようだ。私の出した『全ての階段を通ってくる』というルールは、このままでは満たせそうにない。
なんとかして、この状況を脱する必要があるようだ。
「窓から飛び降りればいいんじゃないか?」
「それは最後の手段だな。あくまで校舎内で事を進めるぞ」
氷室の意見ももっともだが、高さからみても生身で飛び降りて無事とは思えない。多少なり怪我をするだろう。
「私の身体を傷物にする気か」
「そんな柔な女じゃないだろ、お前」
「まぁ、確かにっすね」
「確かに」
どうやら私は、飛び降りても無事でいられるような女に見えるらしい。
「こんなか弱い17歳を、貴様らはなんだと思っているのか」
「か弱い17歳、ねぇ。ふぅん」
氷室が微笑ましいものを見るような眼で私に笑う。
「もっとしとやかさを覚えてから言うんだな」
「それは古典的偏見だな、氷室。女が弱い存在なのは戦前までだ。女も社会に出て働く時代になってからは、男女に差はない。まぁ」
窓から差し込む星の明かりが、少し強くなったような気がした。
「生きやすいか、苦労が多いかの違いはあるだろうが」
「確かにな。女性はいろいろ、苦労が多いかもしれない」
氷室はうむ、と頷いた。この辺は私よりも、多少長く生きていることもあるだろう。すんなりと納得してくれたようだ。
「ともかく」
ぱん、ぱん、とイロウが小さく手を叩く。静かな夜には、それでも注意を引くには充分な大きさだった。
「どうする?」
「そうっすねぇ」
ヒバリももっともだ、とでも言いたげに頷いた。
「外に出られないことには、始まらないっす」
「そうだなぁ。けど、どうするか」
「……」
ヒバリの言うとおり、このままでは八方ふさがりだ。何も進展がない。
「そうだな……」
思案すること5分ほど。
私はとりあえず、思いついた案を実行に移すことにした。
「イロウ」
「?」
「お前は三条や結弦を見つけに行け」
「えっ?」
珍しく驚いたように声を上げるイロウ。
私はふん、と鼻を鳴らす。
「お前があいつらを探して戻ってくれば、とりあえずはこの廃校の中は繋がっているということになる。合流して、なにか対策を講じることも出来るだろう」
「……」
心持ちむすっ、とした表情でイロウは佇んでいる。
「御琴が心配」
「気にするな。氷室やヒバリがいる、私の身は安全だ」
「そうっすよ、イロウさん」
ヒバリも優しく声をかける。
「心配いらないっす」
「うん。御琴の考えなら、乗ってもいいんじゃないか?」
「……」
しかし、尚もイロウは渋っているようだった。
「それに、イロウよ」
「?」
そこで、私はとどめの一撃を加えてやることにした。
「今は夜だろう」
こく。
「そして、ここは廃校だろう」
こく。
「さらに、私達がやっているのは肝試しだ」
こくこく。
「そこに、お前が行けばどうなる?」
「……ッ!」
カッ、とイロウの目が見開かれる。
ふ、と私は笑う。
「トラップをしかけ放題だ。行って来い!」
「わかった」
言うが早いか――
イロウの姿は、すぅ、と虚空に消えて行った。
「おわっ。なんだこりゃ」
「おおー!」
氷室とヒバリも、それぞれに驚いているようだ。
「御琴。どういうことだ?」
「うむ、イロウの力だ。見ての通り、姿を消せる」
口には出さないが、さすがは『死神』と言ったところか。音も無く忍び寄ることが、イロウには出来る。
加えて、イロウはやたらと他人にイタズラをかけるのが好きらしい。
私や三条の部屋にタライを仕掛けていたりしたのだ。相当に技術もあるのだろう。
「でも、イタズラったって……」
氷室が首をかしげる。
「何やるんだ?」
「ここは廃校だ。アイテムも多いだろう。人体模型でもいいだろうし、古いのに見せかけて窓を叩き割るでも良い」
最終的にイロウが戻ってくれば、それで成功なのだ。道中であいつがなにをしようと、自由。
「つまり、これはイロウにとってもうってつけの作戦なのだ」
「はぇ~。恐ろしい娘だ」
「なんだと?」
氷室の言葉に言い返そうとしたところで、
「さ、俺達も行こうぜ。イロウとは別の方を探してみよう」
「む。……そうだな」
「なんだよ、不満か?」
「何を言うか」
からかうように笑う氷室も、きっと私が何を言い返すかくらい、予想が付いているのだろう。
だから、私はより自信たっぷりに返してやった。
「楽しみだ」
この先、何が待っているのだろうか。
予想がつかないというのは、とても楽しい。
「いや~」
と、不意にヒバリが声を上げた。
「済まないっすねぇ、お二方とも。邪魔しちゃって」
「なんだよ、そう思うならお前も別行動するか、ヒバリ?」
「いやいや、良い思いはさせないっすよ」