2…殺伐gamer-Part/α2
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息切れもいいところに、私達は踊り場にへたり込んでいる。
「どうなってるの、これ……」
「さぁ……分からん……」
桐也でさえ、ぜぇ、ぜぇ、と息を荒げている。頬に伝う汗を見ると、まるで部活終わりの運動部みたいだ。
「ふたりとも、だいじょうぶ?」
「しっかりしろよなーっ」
『……』
そんな私達を余所に、天使2人はふわふわと宙に浮いて、私達を見下ろしている。
羨ましいことこの上ない。
「はぁ……」
最後に大きく溜息をついて、私は額の汗をぬぐう。
あれから私達は、とりあえず幽霊から逃げるために、階段を駆け下り続けてきた。
そう、続けてきたのだ。
なのに、一向に下の階に辿り着く気配が無い。同じ所をグルグルと走り回っているような錯覚すら覚える。
そして、階段を下りた先には必ずあの幽霊がいて、
「ふふふ……さぁ、いらっしゃい……?」
と、不気味に笑いかけてくる。
このままでは堂々巡りになり、疲れて行くだけだ。しかし有効な方法が思いつかない以上、どうする事も出来ない。
かくして、私達はただただ逃げ続けていたのだ。
そして、体感時間で20分ほど。
階段の途中、つまりこの踊り場にいれば、とりあえず幽霊は手を出してこないということに気付いた私達は、疲れを取ろうとこうしてここにとどまり、作戦を練っている。
「どうするかな……」
肩で息をしながら、桐也がぼうっと呟く。
桐也がここまで汗をかいて疲れているというのは珍しい。基本、バイトで力仕事も少なくないから、体力は人並み以上にあると思っていた。
それほど走っていたのか、あるいは別な何かか。
何気なしにそんな事を考えていると、エルトが「んー」と何気なく口を開く。
「やっぱ、ユーレイを何とかするしかねーんじゃねーかなーっ」
「うう……」
それが一番気が進まない。幽霊を何とかするといっても、どうすればいいのやら。私はエクソシズムの心得はないし、そもそもあんな不気味なものには近付きたくも無い。
その旨を聞いて、桐也がピク、と反応した。
「近付かないだけなら、アリィの銃がある」
「ボク?」
アリィが尋ね返すと同時に、桐也が頷いた。
「アリィが遠くからヘッドショットの1つでも決めてやれば良い」
「やだ!」
すると、アリィは即座に否定する。
「ボク、ユーレイとまだお話ししてないもん!」
「あ、それはウチもだぜ! ユーレイといろいろ話してーよーっ!」
天使2人はどこまでもマイペースだ。
これには桐也も呆れたか、「はぁ……」と大きな溜息をついている。
「お前らなぁ、状況を考えろ。まずアレをなんとかしないことには始まらんぞ」
「じゃあ遊ばせろよー!」
「ぶーぶー!」
「お前らなぁ……」
そこまで言って、桐也は「ふぅ……」と大きく息を吐いた。
私も、気持ちは分からないでもない。とりあえず「ふぅ」と、短く溜息をついておいた。
○
「で、どうする?」
私が切り出すと、エルトが口を開く。
「決まってるじゃんか! ウチがユーレイと話つけてくるっつーの!」
「えー、ずるいよ! ボクだって~……!」
「じゃあ、もう2人で行こうぜっ!」
「え!? う、うん!」
……。
「……もう、行って来い」
「いいの!?」
アリィが目を輝かせると、桐也は力無く頷く。
「俺と星は、お前らの様子を見て安全を確認出来たら行く」
「それって、エルトとアリィを斥候にするってこと?」
私が尋ねると、桐也は不機嫌そうに目をすがめ、
「人聞き悪ぃな。俺らが行くのと、天使が行くのとじゃ、安全性が大分違うんだよ」
「ほ、ほぉ」
「まずは天使に様子を見させて、それで向こうがいい奴なら、まぁ、それはそれでいい」
「ほ、ほぉ……」
あの見た目でいい性格をしているとは、なかなか考えにくい。
そもそも、頭から血を流している時点で何かがおかしいのだ。十中八九、まともな死に方をした幽霊とは思えない。
それでも、天使たちにとっては興味の的。
「星! 星! ウチ、話してきてもいいかー!?」
遊園地で遊んでもいいよ、と言われた時の子供の様な目をして、エルトは私にぐいっと顔を寄せる。
「……」
私も、大きく溜息をついてから、エルトに言った。
「もう、いってらっしゃい……」
「やったー!」
「よっしゃーっ!」
エルトとアリィは大きく喜んでいる。私はもう、なんだか、疲れていた。
言われてみれば、さっき桐也が言ったことが、ある意味、一番の打開策な訳で。これで交渉に持ち込むもよし、ダメなら強行突破もよし。
私は壁に手をついて立ち上がり、とりあえずエルト達に声をかけた。
「話をするのはいいけど……気をつけてね? 万が一ってことがあるから」
「だいじょーぶっ!」
「うんっ」
2人が元気に頷くのを見て、私は桐也に目配せした。
桐也もそれに気付いて、小さくうなずく。
私はそれを確認して、エルト達に言った。
「じゃあ、任せたよ」
○
エルトとアリィが階段を上ってから廊下に出て、幽霊のほうへと向かう。
「……」
「だ、大丈夫かな……?」
私と桐也は、それを階段の影からじっと見ているという構図だ。
エルトとアリィの後ろ姿の隙間からは、やはりあの白い影が見える。
「うふふ……」
白い着物の裾を口元にあて、狂ったような笑顔を浮かべている。やっぱり、見ただけでは正気とは思えない。
……というか、幽霊とか天使とか、そういうのに一喜一憂してる私のほうが、正気じゃないのかもしれない。なにが悲しくて、高校生初めての夏休みの夜、こんな非科学的な体験をしなければいけないのやら。
「はぁあ~……」
「星、意外とマイペースだよな」
桐也の冷静な突っ込みにも特には反応せず、私達はエルト達の動向を見守る。
「おい、ユーレイ!」
第一声がこれ。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。確かに幽霊だけど、「おい、ユーレイ!」ってどうだろう。ダメだろう。
エルトがビシィッ、と幽霊に指をさすと、さされた幽霊も「ふふ……」と笑う。
「なにかしら……? 私に、なにか、くれるのかしら……」
「ボク達は、あなたとおはなしに来たんだよ」
「お話……ですって? くすくすくす……」
ことさら面白そうに幽霊は笑う。
「私は、お話しすることなんてないわ……?」
「ウチらにはあんだよーっ。いろいろ聞きてーこと」
エルトの言葉にアリィがうんうん、と頷いて、言葉を投げかける。
「ユーレイさんは、もう死んでるの?」
「ええ。とっても昔に……くすくす」
いちいち不気味に笑うから、余計に近付きたくない。私はまた少し壁に隠れる。
「星、お前、意外と怖がりなんだな」
「怖がりなんじゃないよ。ただ目の前のアレが怖いだけ」
怖がりなのと、目の前の恐怖を警戒するのとは違う。
「それに、桐也だって、なんだかんだでここにいるじゃん」
「俺は命が惜しいだけだ」
「……」
あまりにもしれっと言うものだから、反論の言葉が浮かんでこない。
ひょっとしたら、これも本気で言っているつもりなのだろうか。だとしたら、我が幼馴染ながら侮れない存在ではある。
ともあれ、私達は相変わらず観察を続ける。
「ユーレイ、お前、なんでここにいんだよーっ?」
エルトが尋ねると、幽霊は「さぁ……」と微笑む。
「私も、知らないわ?」
「ふーん」
「ユーレイさん。ユーレイさんって、かわった名前だね」
今度はアリィが言う。
すると、幽霊はことさら面白そうに、袖を口にあてた。
「ふふふ、私の名前はユーレイじゃないわ? ふふふ……」
「……」
それにしても、いちいち笑い方が不気味だ。わざとやってるんじゃないだろうか。
ぼんやりそんな事を考えていると、またアリィが幽霊に問いかける。
「じゃあ、ユーレイさん」
「なにかしら?」
「ユーレイさんは、死んでるんだよね?」
「ええ……ふふふ」
すると、アリィはこんなことを口にした。
「じゃあ――死んだひとって、生きかえるの?」
「……」
幽霊の表情が凍る。
「アリィ? お前、何聞いてんだよーっ?」
エルトの言葉も無視するように、アリィは興奮気味に続ける。
「ユーレイさんは死んでるけど、いまここにいるでしょ? だったら、だったら死んでるひとだって、生きかえって、おはなしできるの?」
「……」
「ねぇ……おしえてよ」
最後は消え入りそうな声で、アリィは今にも掴みかからんとまくし立てた。
「アリィ?」
エルトは再び問いかける。なぜか不安げな表情だ。
私も、きっとエルトと似たような気分でいる。アリィはいきなり、何を聞いているのだろう?
「ねぇ、桐也」
アリィ、何言ってるんだろう?
そう聞こうとして、振り返ったつもりだった。だけど、その言葉は口に出せなかった。
「……」
「……桐也?」
桐也が、まるで涙をこらえるような、微妙な表情をしていたからだ。
「あんの、馬鹿……」
そう、アリィに呟いて、桐也は俯いている。
「……」
私は、ただ黙っていた。
なんとなく、今は触れない方が良い――そんな気がした。
「ねぇ!」
そして、その思考は、アリィの叫ぶような声にかき消される。
「教えてよ……ねぇ」
「……そうね」
アリィの言葉に、幽霊はまるで子供をなだめる母親のように微笑んで、
「でも、それは私が教えられることじゃないの……分かるかしら?」
「……え?」
「どーいうことだー?」
エルトとアリィが尋ね返す。
幽霊は再び笑って、右手の着物の袖に手を差しこんだ。
「それはね……あなた達が、自分で確かめることよ」
そして、幽霊は袖から手を引き抜く。
「死んだらどうなるか、なんて――簡単よ」
その手に握られていたのは――
真っ赤に輝く、刀だった。
「死ねば分かるわ?」
「っ……!」
背筋が凍りつく。
「!」
「ちっ!」
エルトとアリィは戦い慣れたボクサーのように、素早く身を引く。
「あら……どうしたの?」
幽霊は、その刀を両手に構える。
長さは1メートルほどだろうか。どう見ても袖から出てくるサイズではない。
そして、緩やかなカーブの先から滴り落ちる、赤い液体。なんなのかは、想像に難くない。
「おいおい……」
桐也も、必死そうな形相でそれを見ている。
「なんだありゃ」
「に、……日本刀?」
答えた、私の声が震えている。
危ない。
まず、そんな言葉が浮かんだ。
エルトや、アリィが危ない。なんとかしないと、このままじゃ……。
でも、私にはきっと、何もできない。
「エルトっ……!」
祈るように私は名前を呼んだ。
しかし、幽霊はそれにも構わず、じりじり、と距離を詰めている。
「さぁ……いらっしゃい……?」
「っ……」
一瞬見えたアリィの横顔は、驚くほど真剣で、怯えの色は見てとれない。
「くっそ……」
エルトは汗を頬に伝わせながら、しかしアリィと似たような表情。
しかし、2人とも、ただ後ろに下がっている。
まるで、何かを躊躇っているみたいに。
「……仕方ないわねぇ」
すると、幽霊は嘆息して――刀を横一文字に構える。
高さは、ちょうどエルトの首のあたり。
「っ!」
「くそっ……なにかねぇのか……!」
刀を持った幽霊に襲われる天使と、何もできない人間。
幽霊は、刀に力を込めた。ちき、という音がする。
「じゃあ、こっちから行くわ……?」
「っ……」
私は、ただ叫んだ。
「――エルトっ!」
その瞬間だった。
ガシャン、という音とともに、窓から何か、黒い棒状のものが飛んできたのだ。
それは、幽霊の身体――お腹のあたりを貫いて、そのまま壁に突き立った。
幽霊は、いつの間にか、壁に叩きつけられている。
首をもたげ、手足をだらりと垂れ下げていた。
それこそ、まるで、死んでいる人みたいに。
「……え?」
最初に出た言葉は、そんな間抜けな音だった。
「……はぁ!?」
「ええ!?」
続いて、エルトとアリィの驚きの声。
「な、なんだこれーっ!?」
「ゆ、ユーレイさんが……!」
力無く壁に突き刺さっている幽霊に、2人は心底驚いている。
私も驚いている。
きっと、桐也も驚いている。
「……」
桐也は、無言で目を見開き、その様子を見ていたのだ。
かしゃん、という音が聞こえる。
幽霊の手から落ちた刀が、床に落ちた音だ。
『…………』
しばらくの沈黙が、場を満たす。
「……ぇと……」
私はおずおず、と声を発す。
とりあえず立ち上がって、エルト達に歩み寄った。
「エルト……だいじょ――」
「やぁやぁ、大丈夫かい?」
「ひぅっ!」
突然の声に、私の喉から変な声が出た。
一瞬遅れて、すとん、とん、という、ふたつの音がした。
「おー、結構キレイに仕留めてるな。さすが俺」
「ご主人、ナイスプレイで」
「まぁな」
その声の主は、エルト達の少し向こう側、ちょうど割れたガラスの辺りから聞こえてきた。
結構高い人影と、かなり小さい人影。
その内、高い方が「で」と改まったように、
「ケガとかないかい? そこの人……と、天使さん」
黒いスーツと、赤いネクタイの、男の人だった。
その人はネクタイの結び目を直しつつ、「おや」と目を見開いた。
その目は、まるで御琴さんみたいに、赤みがかった色をしていた。
「誰かと思えば、アリィちゃんじゃないか。久しぶりぃ、覚えてるかい? 俺のこと」
そう言って、歯を見せて悪役みたいに笑う。
「……え~っと……」
「はぁあ……」
何故か、隣で桐也が大きく溜息をついている。
目頭を押さえながら、桐也は口を開いた。
「なんでアンタがいるんですか――槍介さん……」
「仕事だよ、仕事」
槍介、と言われた男は、眉を吊り上げて笑った。
「いろいろと忙しいもんでね。いろいろと」
いつからバトル物になったんだい?
日常物は日常物と、昔の諺にもあるでしょう。
大丈夫、よく分からないのはここまで。
なんとか収拾付けていきます。
作者個人的には、楽しさと焦りとがいっぱいいっぱいです。