2…殺伐gamer-Part/α1
中を歩いてみると、より一層雰囲気が増す。
所々塗装の剥がれた白い壁に、無残に破れた学校新聞。真っ暗な廊下を寂しく照らし続けている、赤い非常灯。天井には割れてもう光らない蛍光灯がある。
やはり廃校、という感じの建物だ。
安心すべきは、木造で無いというところだろう。これで床板の木が腐っていて、下の階に落ちたりしたらシャレにならない。
少なくとも、割と最近に作られたものであるようだ。だとしたら、なぜこんな山奥で潰れているのかは謎だけれど。
「へぇー、すげぇなーっ」
そんな私達を先導するように、エルトがふわ~っと階段を滑るように飛んでいく。
「ガッコーって、こんな風になってんのかー」
「なんか、わくわくするね!」
アリィもエルトについていくように飛んでゆく。なんだか姉妹みたいだ。
「お前ら、あんまり前行き過ぎんなよ」
桐也の言葉にも無視を決め込み、あっちを見たり、こっちを見たり。
思わず溜息をつく桐也に、私はちょっとだけ同情する。
「予想以上のはしゃぎっぷりだね」
「ホントにな」
2人、溜息をつきながら、天使の後を追って階段を上る。
字面だけ見ると、まるで死んだように感じるから不思議だ。
もう一つ不思議なのは、こんな暗闇でも、なぜかエルトやアリィの姿ははっきりと見えるということだ。
まるで彼女たちの周りだけが光を放っていて、闇に浮かびあがる立体映像みたい。今は床から浮かび上がっているから、なおさらそう見える。
相変わらず、天使には不思議がいっぱいだ。
「なんなんだろうね」
「さぁ」
私と桐也が短く会話を交わす。
「考えて分かることでもないだろ」
「まぁね」
○
階段を上り、2階へやって来た。
この建物がどのような構造になっているかはよく分からないが、とりあえず私の個人的な希望としてはこのイベントは早めに切り上げたい。
なので、すぐに3階へ続く階段を上がろうとする。
「エルト、行くよ?」
「ええーっ」
すると、エルトはことさらに不機嫌そうな顔をする。
「ウチ、もっと見て回りてぇよー」
「ボクも~」
アリィまで賛同する。
「ユーレイ、まだ見てないもん」
「お、そういえば俺も」
「桐也まで……」
どうしてこう……ああ、もうなんか、もうっ。
「……分かったよ。ささっと見て、ささっと終わろ?」
「いぇーい!」
「やったぁ!」
天使2人は大喜びだ。
「はぁ……」
私は溜息をつき、はしゃぐ彼女らについて足を引きずる。
「はぁ……」
「お前は鬱になりたいのか?」
桐也の突っ込みにも、私は反応する気になれない。
ちなみに、人間は一日に3000回溜息をつくのを3ヶ月続けると、重度の鬱病を誘発できるそうだ。もちろん私はそんな気は毛頭ない。
「もう、行こ。早く」
「お前も大変だな」
桐也の同情するような言葉。
「面倒臭がりな癖に、変に几帳面で神経質だからそうやってストレスを溜める羽目になるんだって」
「うう、うるさいなぁ」
ぐす。
「ほら、早く行くぞ」
「うん……早く行こ」
そう呟いて、私が一歩踏み出した時だった。
ごと。
背後から、重たい音がした。
「っ……」
「ん?」
私と桐也が同時に立ち止まる。
「い、今のなんだろ……」
背中に変な感じがする。
私が固まっていると、桐也は何気なしに、
「見りゃいいじゃんか」
と言いつつも、振り返る気配はない。いつもの無表情のつもりだろうけど、口元が笑っているのは手に取るように分かる。
「ほれ」
なおも促すように桐也は言う。
「う、うう……」
覚悟を決めて、私は振り返る。
すると――
「……うわぁ」
人体模型があった。
私の、すぐ後ろに。
ついさっきまで、こんな物は無かったはずだ。私は目を疑う。
「何これ」
「人体模型だろ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
ちょっとびっくりしたが、よくよく見れば何の変哲もない人体模型だ。
試しにぺたぺたと触ってみる。特に変わった気配も無い。
問題は、この人体模型がどこからやって来たのかだ。
「……」
私は無言で周囲を見回す。
天井にも穴はあいておらず、階段の周囲にも人の気配はない。廊下に並ぶ部屋のドアは丁寧に全て閉じてあり、誰かが開けた気配も無い。
つまり、この人体模型は、いきなり私の背後に現れたということだ。
「こわ……」
「うーむ……」
私と桐也は黙って人体模型を注視する。私は頬がひくひく、と引きつるのを感じていた。
対して桐也はあごに手をあて、何かをじっと考えている様子。
「どういうことだろうな……」
「……」
私は、とりあえず一番考えたくない選択肢を口にした。
「まさか、ひとりでに歩いて来たとか……」
「それはないな」
「だよね……。じゃあ、どういうことだろう……?」
二人、並んで人体模型を眺めて思案にふける。はたから見れば非常にシュールだ。
しかし、その時間も長くは続かず。
「星ー?」
エルトの声が、廊下の向こうから聞こえてきた。
「早く来いよーっ」
「あ、うん。ちょっと待っててー」
へーい、という返事が聞こえてくるのを確かめて、私は人体模型から目をそらす。
「桐也、行こう」
「ん」
桐也も短く頷いて、私達は歩き始める。
「しかし、なんだったんだろ、アレ」
「さぁな……とりあえず、人体模型は動かない」
「誰かがやったってこと?」
私の言葉に、桐也は「ん~……」と渋り顔。
「だとしてもなぁ。いきなりアレを置いて、すぐにその場から消えるってなると難しいぞ。ここは静かだから足音も響くし、暗いといっても姿くらいは見える」
「だよね……」
ミステリーの予感だ。
私は腕を組みながら、「んん」と唸る。
「誰だろうね」
「……お前、意外と楽しんでるな」
桐也の言葉に、私は少しだけ頷いた。
ミステリー物を読むのはあんまり嫌いじゃない。『理屈で通る』事なら、あれやこれやと考えるのは楽しい。
だからこそ、逆にエルトたちみたいな非現実的な事を考えるのは得意じゃないのだ。
ちょうど廊下を半分ほど歩いたところだろうか。エルト達の姿が見えてきた。
「こっちだ、こっちー!」
「はやく~」
エルトもアリィも、うずうずと私達を待っている。
私は苦笑しながら、
「今行くから。そんなにあわてなくても――」
ガシャァン!
目の前に、蛍光灯が落ちてきた。
「きゃああああああああああああああ!?」
喉の奥から悲鳴が這い上がる。
私はその場にへたり込んで、目の前を見た。
「せ、星! 大丈夫か!?」
エルトが慌てて私のもとに飛んでくる。
「ふ、二人とも、だいじょうぶ?」
対して、アリィは若干落ち着いた声色で同じようにこちらに来る。
桐也はその場にしゃがみこんで、割れた蛍光灯を見ていた。
「洒落になんねぇなこれ……」
「ちょ、ちょっと……勘弁してよ!」
私は自然と大きな声で言った。幸いにして怪我はないみたいだけど、一歩間違えれば頭にガラスの破片が無数に刺さっている所だ。
「危なかったなー、星……ウチも一安心だぜっ」
エルトはふーっ、と一仕事終えたように溜息をつく。
私も少し落ち着いて、深呼吸を何度か。
「もう嫌だよ~……」
いきなり目の前にガラスが落ちてきて、静かな建物の中にガシャァン! と音が響く。誰だって驚くだろう。私は驚いた。
エルトに手を引っ張ってもらって立ち上がると、どっと疲れが出る気がした。
上を見上げると、元々蛍光灯が付いていたであろう、天井にくっついたユニットがある。ここから落ちてきたようだ。
古い建物だし、しょうが無いのかもしれない。
「大丈夫か?」
桐也が申し訳程度にそんな言葉を述べる。正直、大丈夫じゃない。精神的に。
「ビックリしたよ~……寿命が縮んだ」
「いや、災難だったな……これは危ない」
「桐也は驚かなかったの?」
「いや、正直驚いた。少なくとも、人体模型よりはな」
「?」
人体模型、という言葉に、エルトは首をかしげていたが、もう説明するのも面倒臭い。
私は「はぁあ~……」と今日一番の大きな溜息をつき、
「早く行こう……」
「そうだな。……あと、これからは固まった方がいいかもな。エルトもアリィも、あんまり離れるなよ」
「はーい」
「お、おうっ」
2人が戸惑いがちに頷くのを見て、私達は廊下を進む。
○
やはり階段は校舎の両端についているようだった。私達が上って来た階段とは別に、もうひとつ発見した。
私達は割合ゆっくりと階段を上ってゆく。
「次からは事故に気をつけよ。桐也たちも」
私が言うと、3人は素直に頷いた。
「星……ゴメンな、ウチがはしゃいでたばっかりに……」
エルトはしゅん、と落ち込んでいる。
私はエルトの頭を撫でながら、
「大丈夫。エルトのせいじゃないし、私も無事だったんだから」
「……ん」
「だから、ね? もし次にもこんなことがあったら、その時は頼むよ」
その言葉には、エルトは「おうっ!」と元気に頷いてくれた。こういう風に前向きな性格は私には無い。羨ましい感じもする。
そうこうしているうちに、私達は3階に辿り着いた。
3階も、2階と構造的な差は見受けられない。長くのびる廊下に、いくつかのドア。
「……」
念のために周囲を見回す。特に怪しいものは、見当たらない。
「さて、どうする?」
桐也が呟く。
私の個人的な要望としては、早めに切り上げたい。
「ボクは、こっちにいきたいな」
しかし、アリィは廊下の向こうを指し示す。
「ん、ウチもそっちがいいなーっ」
エルトも同意する。私は「ん~」とあごに手をあてる。
当然、早めに切り上げたい気持ちがある。
しかし、私はさっきの人体模型が気になっていた。あれの謎が解きたい……気もする。答えがあるのかどうかは、別問題としてね。
「じゃあ、こっちでいいか?」
「ん~……うん。いいよ」
私はエルト達と一緒に、3階の廊下を歩きだす。
「今度こそ、ウチが頑張るからなーっ」
エルトは意気込んでいる。赤い髪がモチベーションで燃え上がっているようだ。
対して、アリィはどこか上の空で、ふわふわと桐也の隣に浮かんでいる。
「桐也、ユーレイは?」
「さぁ……」
「ユーレイ、かぁ。ウチも早く見てぇなー」
エルトも知的好奇心の誘惑には勝てないようで、そちらは気になるらしかった。
私は苦笑しつつ、さりげなく周囲に注意しながら歩く。次の事故には、せめて心の準備くらいはしておきたい。
「幽霊、ねぇ」
桐也も溜息をつく。
「どんなのなんだろうな」
「気になる?」
私の言葉に、桐也は「そりゃそうだ」と頷く。
「一生に一度は見てみたい。それによっては今後の人生プランが変わるな」
「どう変わるのさ」
「例えば――」
と、桐也が言いかけた時だった。
「ねぇ……」
アリィが不安げな声を漏らす。
「?」
「あれ……なにかな?」
彼女の指が指し示した先には、
――白い装束を身にまとった、女性の姿が。
「……」
「……ビンゴ、だな」
桐也の呟きと同時に、私は一度、深呼吸をする。
そして、もう一度、目の前の光景を見る。
まるで彼女の周囲が光っているように、はっきりと姿が見える。和服の様なデザインの白い服に、長く麗しい黒髪をした女性。顔こそ見えないけれど、きっと美人なのだろう。
「ふふふ……」
そして、時たまそんな声ですすり泣くように笑うのだ。
「うふふふふふふ……」
「星ー。あれ、誰だー?」
エルトが尋ねる。私は正直に、答えた。
「多分ね、アレが幽霊」
「何!? マジかー!?」
「多分ね」
「おお……! あれが、ユーレイかぁ……!」
アリィも口をピラミッドにして感動に打ちふるえている。
と、いう訳で。
『ダッシュ!』
私と桐也は、それぞれエルトとアリィの手を取って逆方向に走り出す。
「ちょっと桐也どうしてついてくるのさ! あんなに幽霊見たがってたのに!」
「バカ言え。あれはいかんタイプだろ。俺はまだ死にたくない」
階段まで戻り、2階へ駆け下りる。
「こ、こらーっ! 星! 離せ、離せーっ!」
「む~! む~、むーっ!」
エルトとアリィは抵抗を試みるが、私達の考えは一つだ。
階段を2段飛ばしで駆け下り、逃走を図る。
そして、2階に辿り着き、廊下に殆んど着地するように飛びだしたときだった。
「うふふふふ……」
――さっきの女性、いや、幽霊が……廊下の向こうから、こちらを見て笑っている。
顔には、妖艶な笑み。
額から流れ落ちる、真っ赤な血が、白い肌と左前の着物に映える。
「まぁまぁ、そこまで急がないで……? ゆっくりしていらっしゃいな……」
と、震える声で言葉を紡ぐ女性。
ついさっきまでと、全く同じ光景だ。階段を駆け下りてきたはずなのに……。
まるで、あの有名な騙し絵みたいに、階段と今の階が繋がっているような感覚だ。
「……無限ループ、か」
桐也が呟くのと、走り出すのは同時だった。
「わぁ! き、桐也! 待てええええええええええ!」
私も後を追うように走る。
「星! 見たかー、今の!? すげぇなー!」
「うう~! ユーレイ、ユーレイが……!」
天使2名はなおもはしゃいでいるが、人間2人にそんな余裕はない。
とにかく必死に、階段を駆け降り続けた。
「き、桐也! どうするのさ!」
「どうするかな……」
全力で走りながら、桐也は無表情で思案にふける。
そして、人差し指を私に向けて、
「戦うか、捕まるか、このままループし続けるかだな」
「どれも嫌だぁ!」
無限に続く階段を、降りて、降りて、降り続ける。
世の中とは、かくも理不尽なようだった。
……はい。幽霊さん、登場ー。
4人を無限ループの世界へ、いざないます。
私のイメージでは、幽霊ってこういう何かを持っていると思うのです。
次回から、どうにかしてこの幽霊さんと立ち向かわないといけません。
どぅするー!?