2…殺伐gamer-Part3
「ほら、着いたぞ」
御琴さんの言葉で、私達は立ち止まる。
「おぉ……」
「こりゃ、すげぇな……」
結弦と桐也が口々に言葉を漏らす。
「うわぁ……」
「すげぇ~……」
私とエルトも、そう呟く。
――そこにあったのは、見紛うことなき『廃校』だった。
夜の闇にひっそりとそびえ立つ、黒い建造物。
ところどころにひびが入って、見るからにボロボロだ。建物としての最低限の機能すら怪しまれる。
所々が割れている窓ガラスは、月や星の光を反射して、一層あやしい雰囲気を醸し出していた。
「結構、雰囲気あるわねぇ」
青嵐さんがのほほん、と呟く。
「……っ」
隣ではトゥルーが、無言で目をすがめている。
やっぱり、嫌な気配がしているのだろうか。私がなんだか不安な気持ちになっていると、
「いや~、凄いな」
という、場違いな声が聞こえる。
声に振り向くと、それは私の従兄の物だったりした。
「御琴、お前こんな所知ってるんなら、俺にも教えてくれりゃよかったのに」
「中学に入ってから見つけたのだ。都会にはこんな物はないだろう?」
「ああ、無い無い。あってもすぐに壊されるのがオチだ」
「こういうのが残ってるのはいいっすよねー。風情を感じるっす」
しみじみ、とヒバリが兄さんの隣で頷く。御琴さんは笑って、
「ははは、なかなか分かってるじゃないか。今からこの中を歩いて回るのだ。どうだ、心が躍るだろう?」
「……」
私はこの上なく、げんなり、として、もう一度目の前の廃校を見る。
薄汚れたこの巨大な廃墟に入り込んで、あちこち歩き回って、それで喜ぶのは廃墟マニアかオカルトマニアだけだ。少なくとも私はどちらでもないので、つまり喜ばない。
心中でつっこみを入れるも、向こう陣営は盛り上がっている様子。
「ああ、これは確かに楽しみだな!」
「血沸き肉躍るっす!」
「たのしみ……ね?」
がしゃん、と重たい金属音を立てて、イロウが鎌に話しかける。
……マトモな人はいないのか。いないよね。
「まぁ、良いじゃんか」
桐也が私に笑いながら言う。
「結構、雰囲気あるし……意外と怖がりなお前なら、楽しめるんじゃないか?」
「いつの話してるのさ」
確かに、昔の私は結構怖がりだった所もある。人見知りだったしね。
しかし、だからと言って、目の前のこの廃墟を怖がるかと言われれば首を横に振る。
「けっこーワクワクするなーっ」
私の隣で、エルトが笑顔で真っ赤な髪を揺らす。
「星のガッコーじゃ、走ったりできねぇもんなー。楽しみだ」
「あ、それはボクも分かるなぁ」
アリィは苦笑しながら、
「学校だと、だまってないといけないもんね」
「そりゃそうだ」
桐也のもっともな突っ込み。しかし、私はなんとなくエルト達に同情していた。
天使だって、私達とおんなじだ。きっと思い切り体を動かしたりしたい時もあるのかもしれない。
いつもじっとしている分、こういう機会には心ゆくまではしゃいでいたいのかも。
そんな事を考えていると、御琴さんが「さて」と口を開く。
「では、ルールの方を説明していくぞ」
「ルール?」
結弦が首をかしげる。
「肝試しにルールなんているんですか?」
「ああ、ただ歩きまわるだけではつまらんからな」
「なるほどぉ」
ラミラミが頷く。
「面倒なルールは勘弁して下さいよ」
私の隣で桐也が言った。
「万が一がありますからね」
「分かっているさ。少なくとも将棋よりは簡単なルールだ、安心しろ」
「それで」
と、桐葉さんが口を開く。
「御琴りん、ルールとは何なのにゃ?」
「うむ、それなんだがな」
と、御琴さんはきょとん、とした表情を作り、
「実は、私もここに入ったことが無くてだな」
『おい!』
総ツッコミ。ここまでぴったりと全員の息が合うのも珍しい、そんなシンクロ率だった。
しかし、御琴さんは「なんだ?」と首をかしげ、
「私が何か、おかしなことをしているだろうか」
「非常識もいいとこにゃ」
桐葉さんが諦めたように呟く。
それに同調するように「まぁねー」「ふふっ」と水嶋姉妹が笑う。
「御琴先輩、昔からあんなんだったし」
「そうねぇ。いつものことよ」
更には、御琴さんの幼馴染たる兄さんまでが「はは」と渇いた笑い。
「御琴は、全然変わってねぇんだなぁ」
「人間、そう簡単に変わるものじゃないっすよ。画竜点睛っす」
「そうだよな。なにかしら、欠けてるもんだよな」
相変わらずの的確なツッコミ。私は兄さんに尋ねる。
「御琴さん、昔からそうだったの?」
「ああ。自分勝手でワガママで、とにかく後先考えないというか……良くも悪くも真っ直ぐだな」
「へぇ」
「ま、その分嘘が無いからな。要は」
そこで兄さんは少し苦笑して、
「いい奴ってことだ」
「まぁなー」
エルトが頷く。
「ウチも、それはなんとなく分かるぜーっ」
「まぁ、いい人だけどね」
苦笑するよりほかない。
御琴さんは確かに、とことん自分に正直だなぁ、と思う。だからあそこまで、自分の立ち振る舞いに自信が持てるのかもしれない。
再三思ってきたことだけど、こういうイベントのような場所ではそれは如実に表れていた。
「まぁ、落ち着けお前ら」
御琴さんはファンに手を振るアイドルのように、
「ルールと言っても単純なものだ。取り立てて特別な物でもない」
「ほう?」
桐葉さんの意味深な頷き。
「して、そのルールとは何なのにゃ?」
「そう急かすな、桐葉」
そう言ってから、御琴さんはくるり、と身を翻し、すたすたと校舎へ歩いてゆく。
「いつまでもここにいても仕方ない。ついて来い」
○
歩くこと、ほんの少し。
私達は校舎の足元、玄関の辺りに来ていた。
「わお……こうして見ると、ほんとに雰囲気あるねぇ」
結弦が興味深そうに中を見回す。
玄関には木で出来た、所々穴のあいた靴箱や、古びたブラスチックのすのこ、割れた非常口のマークなど、いかにもと言った風。
「うっへぇ……」
エルトが頬をひくひくさせながら、中を覗き込む。
「なんだか気味悪ぃなー」
「うん」
私が頷くも、エルトは隣で「でも」と一言付け加えて、
「どっちにしても、面白そーだなっ!」
「……うん」
げんなりと頷く。こういう好奇心は、時に周囲にとっての罪だ。
「さて、ではルールのほうを説明していくぞ」
相変わらず先頭に立つ御琴さんが、私達に言葉を投げかける。黒い髪は闇に溶け込む事も無く、月や星の光にきらめいている。
特徴的な赤っぽい瞳も、はっきりと見ることが出来た。なんだか不思議な感じだ。
「それで」
と、青嵐さんがやんわりと言う。
「ルールって、どんなのかしら?」
「なに、簡単なものだ」
そこで御琴さんは「ん、んっ」と咳払いをして、ルール、とやらを告げた。
「まずは、全員、全ての階段を最低1回ずつ通ってくることだ」
「階段?」
誰とも知れぬ言葉に、御琴さんは「ああ」と頷く。
「廃校舎とはいえ、階段くらいはあるはずだ。それを全部渡って来い」
「でも、それって」
桐葉さんが手を挙げて反論する。
「途中階をまるまるスルー出来るってことじゃないかにゃ?」
「ふん。まぁ、そうしたいならそうするがいい、ということだ」
「ほっほう……」
にやり、と笑う御琴さん。なるほど、階段だけ通れば、確かに途中階はまるまる無視して戻ってこられる。
その作戦、貰った。私は心中で頷いた。
折角の機会だし、全部見て回っても良いとは思うけど、万が一ってことがある。出来るだけ早めに切り上げたい気持ちが強い。
「次に、4人一組で行くことだ」
「ああ、なるほど」
次に提示されたルールに、結弦が頷く。
「人間2人、天使2人で、4人ですね」
「そういうことだ」
「おいおい、ちょっと待て」
氷室兄さんが反論する。
「ここにいるのは14人だぜ? その寸法じゃ、2人余るじゃんか」
「青嵐を外せばいい」
あっさりと御琴さんは言った。青嵐さんは「ふふっ」と頬に手をあて、
「みーちゃんのことだし、きっと何か考えがあるんでしょうね」
「まぁ、無いわけではない」
「あたしも、それでいいぜ」
青嵐さんの横でトゥルーが頷いた。
「こいつが誰かと一緒にいたんじゃ、朝まで出られねぇだろうからな。外して無難だ」
「もう、トゥルーったら。姉さんは子供じゃないのよ?」
「見た目だけだろ」
辛辣な突っ込みに「あはは」と妹である結弦が笑う。
「姉さん、マイペースだからねぇ。ウィンドウショッピング気分で、あちこち見てそうで怖いよ」
「ほんと~に、目がどんとえすけーぴんぐたるあいろにぃ、だからねぇ」
ラミラミも神妙な表情でうんうん、と頷いている。
多分、何も分かってないんだな、と言うのは伝わった。
「最後はまぁ、ルールとまでは言わん。全員、一斉にスタートする」
「ほぅ」
桐也が声を上げる。
続けて、桐葉さんが「はぁ」と溜息をついて、
「どうせ、待ってるのが退屈だからに決まってるにゃ」
「それの何が悪い」
ふん、とふんぞり返る御琴さんはいっそ呆れを通りこして一種の美しさだ。
隣に佇むイロウも「ふふっ」と笑っている。たまに見せる彼女の笑顔は、意外と子供っぽくて可愛らしい。
「さて!」
と、一層大きく声を上げて御琴さんが言った。
「では、早速行くとするか」
○
ペアは、かなり順当に決まった。
私・エルトと桐也・アリィ、結弦・ラミラミと桐葉さん・ヒエン、御琴さん・イロウと氷室兄さん・ヒバリだ。
青嵐さんとトゥルーだけが2人で歩きまわることになる。
「では、私達はこちらを行くか」
「もう任せるよ」
御琴さんの言葉に兄さんは苦笑して、玄関を入って右手に進んでいった。
「じゃあ、私達はどっちにします?」
「んー……」
「あたし、こっちが良いぜよ!」
というヒエンの言葉に促され、桐葉さんたちは玄関を入って左側へ。
「じゃあ、私達はどうするの?」
「好きにしろよ。あたし知らねぇ」
「んもぅ……しょうがない子ねぇ」
青嵐さんはトゥルーの態度に苦笑している。そして、こちらを見て、
「ごめんなさいね。先に行っててちょうだい」
「あ、はい」
「気をつけろよ」
トゥルーの言葉に見送られて、私達はまず階段を上っていくことにした。
「楽しみだなーっ」
「うん!」
エルトとアリィは、とにかく楽しそうだ。歩くのが煩わしいのか、今は宙に浮いてふわふわと辺りを漂っている。
知らない人が見たら、彼女らこそ幽霊だろう。普通の人には見えないんだけどね。
「まぁ、折角だし、それなりに歩いて回ろうぜ」
「そうだね」
桐也の言葉に相槌を打って、私達の肝試しはスタートした。
肝試しスタート。
実は作者は行ったことが無いので、ほぼイメージで書いていきます。ご了承を。
次から中の様子に入っていきます。
青嵐とトゥルー、大丈夫かなぁ……?