2…殺伐gamer-Part1
「肝試し、ですか?」
「うむ」
8月3日。
夕食を終えた私と桐也は、部屋に上がり込んできた御琴さんに、開口一番そんな事を言われた。
その言葉に、私の隣で布団に真っ赤な髪を広げていたエルトが「うー」と眠そうに声を上げる。
「なー星。キモダメシってなんだー?」
「んー」
私は適当に答える。
「怖い場所を歩くこと」
「んー」
エルトも適当に返事をする。
「それ、面白いのかー?」
「さぁ……」
正直、私も肝試しとか、全然やったことない。家の食材が無くなった時とかは、違う意味で肝試しだったけど。
「俺もまぁ、預金を見て肝試しした事はあるな」
桐也がしれっと言う。
「桐也の場合は無駄遣いが多いからでしょ」
「お前と違って人生を無駄遣いしてないからな。安いもんだ」
「いいもんね。私は健康に食べて健康に育って健康に生きるんですー」
いーっ。
しかし桐也はまったく答えていないように肩をすくめ、
「ハッ、体だけ健康で心は貧しいですってか。かわいそうに」
「ぐ、ぐぅ……!」
最近の桐也は妙に口が強い。どうやっても勝てない。
悔しがる私と、それを笑う桐也を見てか、御琴さんが「はっはっは」と笑う。
「相変わらずお前らは仲が良いな。結婚しても仲良くやっていけるタイプだ」
「なに言ってるんですか」
「こっちから願い下げです」
否定の言葉まで2人そっくり。まぁ、本気半分、冗談半分の言葉だし、それはお互いに知ってることだ。
そして、それは人の心を読めるらしい御琴さんにも伝わっているようで、
「お前らは本当に、実の家族の様だな」
と、にこにこ笑っている。
その後ろでは、イロウもなにか微笑ましいものを見るようにそうしていた。
「それでさ」
と、布団にちょこん、と座って文庫本を読んでいるアリィが口を開く。
「そのきもだめしに、ボク達がいくの?」
「うむ、それを誘いに来たのだ」
御琴さんが口を開く。
「この旅館から少し歩いた所に、かなり前に潰れた廃校がある。それなりに雰囲気のある場所らしいが、この際に涼みにでもと思ってな」
「はぁ」
どうだ? と御琴さんが得意げに言う。
私と桐也は顔を見合わせて、
「どうする?」
「さぁ……特に断る理由もないが」
と、意見を交わす。
「ちなみに結弦と青嵐、それに氷室も説得済みだ」
御琴さんの追加情報。確かにあの人達なら、嬉々として肝試しとかやりそうだ。特に結弦。
「桐葉さんは?」
「まぁ、小さいから引き摺っていくさ」
「うわぁ」
なんて人だ。
「なに、たかが肝試しだ。死ぬわけじゃない」
「まぁ、そりゃあそうですけど――」
「だが」
と、私の言葉を遮るように御琴さんが言う。
とっておき、待ってました、そう言わんばかりに。
「幽霊はいるかも知れんがな」
「えっ?」
と、声を上げたのはアリィだ。
「ゆうれい?」
「ああ。何せ、天使がいるのだからな。幽霊がいても、不思議ではない」
「おお……」
口をピラミッドみたいにして、アリィは目を輝かせる。
「……そっかぁ……」
私は頭を抱える。
兄さんや結弦が釣られる訳だ。
天使がいれば、幽霊がいる。そして、真夏の夜の幽霊なんて、季節感たっぷりでとても雰囲気があることだろう。
説得力も相まって、あの人達はさぞ喜んだろう。……。
「桐也、桐也!」
すると、アリィが今まで見たことのないハイテンションで桐也の手を取り、
「いこ、いこ! ゆうれい、見たいよ!」
「あー、はいはい」
うんざり、という感じで桐也はアリィを制する。随分手慣れたものだ。
「行けばいいんだろ、行けば」
「よし、榊は確定だな」
えぇー……。
「桐也まで……。そんな子じゃないと思ってたのに」
げんなりと呟くと、桐也は苦笑しながら、
「ま、たまにはこういうのもいいだろ。折角の機会だしな」
と言う。私は嘆息する。
桐也の意見も、もっともだ。肝試し、それも本物の廃校でそれが出来るなんて、滅多にないだろう。
でも、私はなんだか、いまいち乗り気になれない。
「エルト、どうする?」
私はエルトに尋ねる。
すると、エルトは「んー」と表情を明るくして、
「幽霊、って、なんか面白そうだなーっ」
「面白そうって」
「ウチ、行きてぇなーっ。星、行こーぜー」
エルトはそう言ってにへらっと笑う。
私は「……分かった」と呟き、諦めた。
御琴さんはそんな様子を見てか、満足そうに「うむっ」と頷いた。
「では、早速夜の8時から行くぞ」
「え、今日ですか!?」
思わず叫ぶ。
すると、御琴さんは「当たり前だろう」と目を丸くする。
「思い立ったが吉日。面白そうだから行くのだ、早く楽しみたいだろう?」
「まぁ、恐怖と言うものには鮮度がありますからね」
桐也もしれっとなにか呟く。
「そういうわけだ。早めに準備をしておけよ」
「気をつけて」
最後にイロウがそう言い残して、2人は勝手に部屋を立ち去ってしまった。
○
「まぁ、別にいいだろ。たまにはこういうのもさ」
「う~ん……」
残された4人。
とりあえず浴衣姿のまま、布団でくつろぎながら準備をしていた。
桐也の言葉に続いて、アリィも言う。
「だって星、ゆうれいだよ? ボク、見てみたいけどな~」
「幽霊、ねぇ……」
私は嘆息する。
というのも、実はそういうオカルトには結構なじみがある。イギリスと言うのは幽霊とか、そういったオカルトが結構身近にある国で、父さんがよく話をしてくれたのを覚えている。
「だから、正直、幽霊で驚くほどでもないんだよね、私」
もう慣れてしまっている感が強い。
しかし、桐也が否定する。
「でも、それは話の中では、だろ?」
「う……まぁ」
「ホンモノを見たら、案外ビビって逃げ出すかもな」
そう言って意地悪く笑うのだ。
何か言い返してやろうとする私に、エルトが割り込んで「桐也ぁ」と尋ねる。
「幽霊って、そんなに怖いもんなのかー?」
「さぁな。それは分からん。見てみるまではな」
「へーぇ」
すると、エルトは不意に目を爛々と輝かせ、
「ユーレイ、かぁ……どんな奴らなんだろうなぁ」
「たのしみ……」
と、楽しみにふける天使2名。
やっぱり、同じ人外同士、なにか親近感を覚えるものがあるのだろうか。
「そうかもなぁ」
とは桐也の言葉。
「意外と、天使と幽霊って、親戚みたいなもんかもな」
「まさか」
「だって、意外と共通点多いだろ?」
その言葉で、私は色々と考えてみる。
浮いてる所。人によって見えたり見えなかったりする所。
あとは……。……。
「……そんなに無くない?」
「まぁ、細かい事は言いっこなしでな」
桐也は悪びれるでもなく言って、
「ともかく、実際の幽霊か……。見てみたいと思わないか?」
「う~ん……」
なおも私は渋りがちだ。
確かに、小さい頃からしばしば話を聞かされている身としては、それが実際に目の前に現れたら、それはとても素敵な事だと思う。
大分ずれた意見かもしれないけど、例えるなら白雪姫にあこがれる女の子の前にフィリップ王子が現れるようなものかもしれない。
しかし、幽霊とフィリップ王子は違う。
「もし、さ」
と、私は口を開く。
エルトとアリィも、耳を傾けているのが分かった。
「仮に、仮にね? 幽霊が目の前に現れたとして――」
そこで私は、最も恐るべき可能性を口にした。
「それが、俗に言う『悪霊』とかだったら――どうするの?」
「悪霊?」
エルトが首をかしげる。
「それが、人に危害を加えるような幽霊だったら、私達どうするの?」
「それは、まぁ」
桐也は何事も無いかのように呟いて、
「こいつらが何とかするだろ」
エルトとアリィを指さした。
「その為の、守護天使様だろ?」
「……」
説得力。
桐也は、まだ首をかしげているエルトとアリィに、諭すように言った。
「悪霊ってのはな。要するに人間様に悪いことする奴らだ」
「わるいことって?」
「まぁ、怪我させたり、家族を呪ったり、――最悪、殺したりとかな」
最後の台詞、笑ってるように聞こえるのは気のせいだろうか。
桐也は続ける。
「そういう奴らに、俺とか星とかが襲われたりしたら、どうするん? ってこと」
「そりゃあ」
と、エルトは答える。
「ウチが守るぜっ。その為に、ウチがいるんだからな!」
「よしよし」
「ボクも一緒だよ! 桐也のこと、まもるからね」
「よーしよし」
桐也は満足げに頷いて、こちらを振り返り、
「な?」
と、この上ない説得力を込めた一文字を飛ばしてきた。
「……はぁ」
私は溜息をつきながら、苦笑する。
「分かったよ。任せたからね、エルト」
「おーぅ!」
「アリィもな。俺の命、任せたぞ」
「うんっ。任せて」
時刻、午後7時。
あと1時間で、人生初・リアル肝試しに出発だ。
みんなで肝試しです。
はい、標識からぐいっと飛び出しちゃってください。
次回、しゅっぱーつ。