プロローグ「奔放traveler」-another
はい、もしもし?
……ああ、貴女ですか。いえいえ、お久しぶりです。
ええ、おかげさまで。……ええ、ええ。なんとか生きてますよ、真っ当にね。
はは、大丈夫ですよ。俺だって立派な19歳、きちんと生きていけますや。
……へ、妹ですか?
ええ、元気も元気です。毎日ちゃんと家事とか手伝ってくれますしね、助かってますよ。
今は受験勉強がどうのとかで、けっこう忙しそうですけどね。
きちんと支えてやるつもりですよ、兄として。
それより、貴女の娘さんのほうこそ、元気なんですか?
最近、めっきり音沙汰ないんですけどねぇ……。
……心配かって? ハハ、何をおっしゃるやら。
心配に決まってるじゃないですか。
そりゃ、お嬢――いえいえ、彼女に限って何かあるってことはないと思いますけどね。年頃の女子として、いろいろ危険は付きまとうじゃないですか。
……はい? はい?
何を言ってるのか分からないんですけどねぇ……なんですか、結婚って。
そもそも相手なんているんですか、あいつに限って……いない訳じゃない?
そりゃ大変だ。
ちょっと教えてくださいよ、ぶち殺したいですね。まぁ、冗談ですけどね。ははっ。
……ふん。
……? ……え? なんですか?
……。
アハハハハハハハハハハハッ! アッハハハハハハハハハハ!
まぁっさかぁ!
あいつ……あいつがですか! ククッ……ハハハハハハハ!
俺が死んだ後にでも、冥土へのいい土産話ですよ!
ハハッ、そうかぁ。いきなりこっちへ帰るって聞いてたら、そういうことかぁ……。
いえいえ、こっちの話ですよ。
それにしても、因果な物ですねぇ。まさかあいつもこっちに来てるだなんて。
……え、七夕ですか?
ええ、まぁ、それはあると思いますよ。
第一、俺達兄妹も大いに影響受けてますしね。ええ、生活費が増えて大変ですよ。
……はい、そうですよぉ。目下、彼女らが生活費を食いつぶしてるようなもんです。
出来る限り節制はしてるんですけど……せめて12とか15とかじゃなく、14が欲しかったなぁ。
……へ? 14は2人?
意味分かんないですよ……双子? なんですかそりゃ。
そんな、あの頑固ジィさんとこの娘さんたちじゃないんですから。
……あ、そういえばそうですね。はい、はい。うちの妹と同い年ですね。
元気にしてるかなぁ。彼女らとも、随分御無沙汰ですからねぇ。
お兄ちゃんみたいって?
何言ってんですか。彼女らの兄のほうが、よっぽど兄貴らしいですよ。
俺なんか……ねぇ。
……やっぱりねぇ、貴女は何かを知ってる雰囲気があるんですよ。
なんていうか、三日月みたいですよね、貴女。
どうにもとらえどころがない、細くてか弱くてつかむこともできないのに、その美しさ、神秘だけは誰よりも群を抜いている……。
何を言ってるのかって? はは、嫌だなぁ、貴女を折角褒めてあげてるのに。
俺だって、理由も無く10歳以上年上の女性を口説いたりはしませんよ。これは方便って言ってですね、相手をおだてて情報を引き出してやろうっていう――え、バレバレ?
ですよねぇ。
……いやぁ、やっぱり貴女は凄い人だなぁって思いますよ。同じ御三家の当主として、なんだか恥ずかしいです。少し力量を分けてくれませんかねぇ。
え、そんな事ない?
またまたぁ~。謙遜しないでくださいよ。
職業病だって?
まぁ……そうかもしれないですけどね。まる。
それで、今日はなんでまた?
貴女のほうから連絡をよこすなんて、珍しいじゃないですか。
……。……はい、仕事?
はい、はい。構いませんよ、俺としては。全然暇なんで。
ただ、妹のほうは忙しいし、バイトのほうも休暇をとってるので、俺+アルファになると思いますけどね。
十分ですか。そうですか。
それで、どんな内容で? それによって、こちらの要求する報酬を調節しますけど……。
……。
……。
……あのですねぇ。
なーんか少し前から、こういう内容の依頼がちょくちょく来てるんですけど。
一言愚痴を言うとですね、俺らは一昔前の映画じゃないんですよねぇ……。
もうちょっと、犬の散歩とか、事務処理手伝いとか……。
ペット禁止って? そういうマジレスいりませんって。
……はい、はい。
それで、仕事はどうするのかって?
やだなぁ。
もちろんやりますよ、もちろん。
楽しそうなんでね。
……はい、はい。分かりました。
場所は?
……はい、はい? え?
うっわ……そこって、結構な山奥じゃないですか?
いいからやれと。
そうですか、なんだか強情なところが娘さんそっくりで。
……。
……あの子なら、私よりも立派に育ってくれるって?
んー……まぁ、昔馴染みとしては、そう願いたいですね。
はい、了解です。
分かりましたー。
あ、ついでにそっちに少し顔出していいですか? 久々に遊びに行きたいんですけど。
いやぁ、いいじゃないですか! 家同士も仲良しなんだし。
別にそう言う訳じゃないって?
カタいこと言いっこなしですよ!
大丈夫です、仕事はきちんとすませますし、何を盗ってやろうってわけじゃありません。
……信用できない、と。
あのですねぇ、俺達はクソみたいなジジイやオヤジとは違うんですわ。
あいつらみたいにねぇ。自分の家族も顧みずに遊び呆けて、最後には野垂れ死ぬようなバカどもとは。
……。
……大丈夫ですよ。
家族は、大事な宝物です。俺にとってはね。
もちろん、お嬢だって、吉瀬の兄貴だってです。
それに、うちで働いてくれてる人も、俺の友人も。……へ、あの小娘ですか?
んー……正直言うと、いまいち好きになれないですね。
掴み所がないというか……こっちのことを、丸ごと見透かして、それでも知らない振りして、それで面白がってるような娘なんでね。
まるで、月を映す水面みたいです。そう言う意味では、あなたと相性がいいかもね。はは。
……っと、話それましたね、すいません。
本当に、俺はそんなやましい気持ちなんて無いんですって。
はい、本当にたまの遊びをやりたいだけなんですよぅ。
……仕方ないわねぇって。
遊びにいらっしゃい? ええ、喜んで!
はいはい、首尾はこちらに任せてくださいよ。ええ、大丈夫です。
今日中?
んー……難しそうですけど、やってみましょう。
はい、はーい。
では現地でー。はーい。
○
「さて、っとぉ」
電話を終えて、部屋の隅のハンガーラックにかけてある夏物のスーツに身を包む。
仕事、という響きから、なんとなくスーツを着るのが習慣のようになっているが、実際には別になんでもいいわけだ。体を動かす仕事の時とかは、そりゃあ動きやすい服のほうが良いに決まってるが……。
これは何となく、気分の問題だ。
……まぁ、ごく一部の人員は、どこぞの学校の制服なんかで仕事したりしてるけど……滅多に顔出さないし、別にいいかもな。
ワイシャツの襟を整え、赤いネクタイをやや緩めにしめる。
見た目だけならさぞ暑苦しいことだろうが、実際は夏物なので涼しいことこの上ない。
「……ん。よしっ」
きちんと服装が整っていることを確認して、自分の部屋を出る。
そこにあるのは、大きなオフィスの様な部屋だ。
3人分の作業机と、隣のスペースにあるめっちゃ大きい、茶色い革張りのソファ。ふたつあるそれに挟まれるようにぽつん、と佇む、ガラス張りのテーブル。
奥の部屋にはシャワールームやキッチン等も完備してあり、生活にはあまり不自由しない。
不自由しない、と言うのも、ここは元々、俺達の家でもなんでもない。ただの空き事務所を借りているだけだ。
昔は家らしい家もあったが、とある事情で身の回りの物は家も含めて全て売り払ってしまい――
それでもこうして仕事を少しずつこなしたり、バイトをしたりして、家族2人の生活はなんとか支えることが出来ている。いや、今は4人か。
ともあれ、俺はこんな窮屈な場所で、こうして生活をしている。
そして、ここで仕事の受け合いをしたりもしている。ちょうど、今の電話のように。
「しっかし、あの人から電話なんて珍しいなぁ」
しばらく会ったことなんて無かったが、元気そうで何よりだ。
といっても、俺よりも10歳以上も年上なのだ。そんな事を言うのも、失礼と言うべきか。
女手一つで実家を切り盛りし、一人娘を育て、なおかつ御三家のひとつの当主としてあるべき態度を貫いている――まさに、俺の手本のような人物だ。見習わないといけない。いや、見習うべきなんだろう。
「でもまぁ――」
俺は窓につかつかと歩み寄り、都会よりも遥かに狭い、小さな街を見下ろす。
「……俺は俺で、自由に生きるとするかね」
生憎と、俺は家柄なんかにはあまり興味はない。
ただ、付き合い程度に話の引き合いに出すことはあっても、それを大っぴらに見せびらかしたり、鼻にかけたりしているつもりもない。もちろん、それは妹も同じだ。
理由なんて、単純だ。
意味がないからだ。
家柄が良いからと言って、生活が保障される訳でもないし、なにか得がある訳でもない。
「家柄なんかに縛られてられるか」――とは、俺の親父の談だ。
お袋を捨てて、家庭を捨てて、勝手に野垂れ死ぬようなバカげた人生を送った男だったが――
非常に遺憾な事に、その言葉は俺の中に、しっかりと刻み込まれている。
「自由に生きる」。
そんなクソ親父が言っていた、たったひとつの教訓――
それを、俺は手に入れたんだ。
だから、こうして俺は『仕事』をしている。
偏差値80を捨ててまで、こんなへんちくりんな『仕事』に精を出している。
それでも、俺は後悔しない。
今の生活は、そりゃ確かに苦しいが――
昔の空虚な生活よりは、よっぽど充実した、面白い日常だ。
今を今のままに、翼を広げ、狭い大空を飛びまわってやろうじゃないか。
俺の、大切な家族と一緒に。
「行くぞ、セフィ」
「はい」
ちまんと椅子に座っていた居候その1に声をかけ、俺は玄関のドアを開ける。
セフィは昭和臭い学生帽を頭にのっけながら、
「ご主人、今日はどちらへ」
「標識の中から飛び出すお仕事だ」
「分かりました」
彼女は黒いブレザーを羽織って、
「頑張りましょう、ご主人。死なないで」
「それを防ぐのがお前の仕事だろ」
黒い服に身を包んで、俺達は往く。
この、小さな天使は、確かに俺に『翼』をくれた。
それを今、広げる時だ。
プロローグ、もうひとつです。
相変わらず名前は伏せててもバレバレ。まぁ、ご期待ください。
こいつもあいつも、どんな風に動くのかなぁ……?
次回から新章です。
恐らく超展開になるかと思います。お気をつけて……!
ああ、それより早く短編直さないと……!