1…休日player-Part/γ
「うー」
「にゃー」
畳に寝っ転がりながら、私とラミぃが同じような声を上げる。
「暇だよー。暑いよー」
「寒くなんかないよー」
「うっせぇ」
テーブルで雑誌を読むトゥルーにキッ、と睨まれる。
私はそれを見てから視線をそらし、
「まどマギの映画、早く見たいなー」
「うー」
「あ、でもヱヴァも見たいなー」
「にゃー」
「……んー、あ、あとまだ見てないなのはも見ないと……」
「うっせぇ!」
一括。
「ゴロゴロすんなら黙ってゴロゴロしろっつーの」
トゥルーの正論(笑)にラミぃがむーっ、と唇を尖らせる。
「よかりにけりじゃなかろうかねぇ」
「日本語喋れ」
「その方めぇ、さてにおわすには私に乱暴を狼藉せんとタクラマカン砂漠な輩だったりしちゃうね~」
「あー、もうウゼぇ」
トゥルーは頭痛をこらえるように目を乱暴にすがめ、
「日本語喋れねぇなら、死ねよもう」
「あー」
私はそれにぴく、と心のセンサーが反応し、
「ドリフターズ読むんだ。妖怪首おいてけ」
「うっせぇ。あんな野蛮人と天使を一緒にすんな」
「うっわ、ひどい言い様だなぁ」
上半身をすっくと起こし、
「あれは、そういう野蛮な時代に生きたサムライ達の熱い戦いのお話じゃん。そういうガチンコな所が良いんじゃん」
「野蛮ねぇ。嫌な言葉だ」
トゥルーはただでさえ鋭い瞳をさらに吊りあげ、
「とにかく、ダラけんなら黙ってダラけろ。それが出来ねぇなら出てけ。集中できねぇ」
「むー。何様だよぅ」
「お前らみたいな暇人じゃねぇとは言っておく」
ぺらり、と雑誌をめくりながらトゥルーは言った。
「そっちだって暇人じゃん」
「バッカ。これも仕事の一環だっつうの」
「ふーん」
ったく、と舌打ちしながら、何かの雑誌をめくり続けるトゥルー。
どうみても、仕事の合間のOLにしか見えない。
○
再三、この『仕事』という言葉を聞いてきたけれど――
何度聞いても教えてくれないし、こっそり見ようとしても失敗するので、いい加減にそれにとっかかるのはやめた。
きっと私なんかには及びもつかないような世界なのかなぁ、などと考えたりもする。
「ただいまぁ~」
……そして、この人ならそれをやりかねない様な気もする。
「おかえり~」
「ただいま~」
姉さんはそう言いながら靴を脱ぎ、浴衣の裾を程よく引きずりながら部屋に入って来た。
「姉さん、どこ行ってたの?」
「ん~、ちょっときっちゃんと遊んできたのよ」
「ん~……」
鼻息だけで返事をすると、「んもう」と姉さんは困り顔。
「ゆうちゃん、姉さんより若いんだし、外にお散歩にでも行ってきたら?」
「え~」
そんな事言われても。
「この暑いのに、外に出て運動なんかしたくないよう」
「運動しないと太るわよ?」
「いいよー。栄養は背に回すから」
「みーちゃんみたいになっても知らないわよ」
くす、と笑いながら、姉さんはテーブルにノートPCを開く。
windowsの起動音を聞きながら、私はラミぃにちょいちょい、と話しかける。
「ラミぃやー。TVつけておくれ」
「んー」
ラミぃは気だるげに返事をしながら、ぽんっ、と片手に長い槍を取り出し、その先端でピ、と直接TVのボタンを押してくれた。
「ありがとー」
「うーいえー」
ラミぃは槍を消し、無表情に返事をする。
これはどうも、大分参ってるなぁ。普段のラミぃからは考えられないようなローテンション。
ひょっとして天使にも夏バテというものがあるのだろうか。そういう結弦さんも、絶賛夏バテ中だ。
「うだー」
びたーん、と畳に貼りつき、何気なくTVを眺める。
どんな番組をやっているとかは全く頭に入ってこないけど、それでも光と音があるだけで結弦さんは満たされる。典型的な近代型人類なのだ。
「不健康極まりねぇな」
「本当ねぇ」
そんな私を見て、トゥルーと姉さんが珍しくも意見を一致させる。
「ゆうちゃん、たまには外にでも出て運動したら?」
「さっきも聞いたよー。運動なんかしたくないよー」
「将来、嫁に出せないタイプだな」
トゥルーがしれっとひどい事を言う。それに対してラミぃが「むぅ」とささやかな反撃。
「結弦んは結弦んだから、きっとなにがしの男の人がその御身をいただき参上ストリートしに来たらん事も無しにはなっしんぐ、なのだよー」
「日本語喋れ」
「そうねぇ。確かにラミラミちゃんの言う通りかもね」
「お前も理解してんなよ……」
トゥルーが頭を抱えていると、姉さんはそれを無視して続ける。
「ゆうちゃんは可愛いから、きっといつか男の子から引っ張りだこよ」
「ええー。そんなのムリだよ」
正直、今まで男子に告白されたり、逆に特定の男子を好きになったりした経験は皆無だ。男子の知り合いも結構いるけれど、みんな友人同士って感じ。
「そういう姉さんこそ、モテそうだけどなぁ」
「あら、そうかしら?」
照れるように姉さんは笑って、
「いつか姪っ子を見せてあげるから待ってなさいな」
「甥っ子は?」
「あら、どっちも欲しいの? ゆうちゃんは欲張りね」
「いや、そういうことじゃないけどさ……」
でも、姪っ子とか甥っ子とかは欲しいなぁ。私はなんとなく思う。
小さい子とかの面倒を見たりするのはそんなに嫌いじゃないし、きっと姉さんの子だったら可愛いと思うし。……性格はともかくとしてね。
「でも、出産って凄い痛いんでしょ?」
「そうね。母さんが言ってたわよ? ゆうちゃんを産んだ時、凄く大変だったって」
「へぇ……」
私も聞いたことはある。どうも私は大変な難産だったらしく、一度は危険な状態にまで陥ったらしい。しかし今は母子ともに元気に過ごしている。
ちなみに姉さんはいたってすんなり生まれたそうだ。きっと素直な子供だったんだろう。子供の頃は。
「元気な子になるように」と青嵐。
「しとやかな子になるように」と結弦。
見事に名前と正反対に育った私達は、そんな感じでこの世デビューも正反対だったらしい。
「なんか、それが怖いよね。子供は欲しいけど、痛いのは嫌だなぁ」
「バッカ野郎」
そんな風に呟いていると、トゥルーが少し強い口調でそれに答える。
「その程度の痛みに耐えられないで、どうして母親になれるんだよ。甘ったれんな」
「ん~、確かにそうなんだけど……」
「ふふ。でもまぁ、ゆうちゃんもトゥルーも、どっちも正しいのかもね」
やんわりと姉さんは言う。
「きっと、そんな痛みも我慢できるくらいには、子供って大切なのかもねぇ」
「むぅ~」
ラミぃが意味深に声を出す。ちなみに何も考えていない。多分。
そんな空気を読まないことに定評のあるラミぃに、トゥルーは溜息をつき、姉さんはやんわりと笑っている。
私はラミぃの頭をよしよし、と撫でてやりながら、
「もし結弦さんに子供が出来たら、ラミぃに一番に抱っこさせてあげるからね~」
「ほんとー?」
「ホントだよー。誰よりも先に。……あ、それとも名付け親になってもらおうかな」
「やめろ。苛められるぞ」
トゥルーの現実的な突っ込み。確かにあるかもしれない。
それは無しにしよう、と固く決心していると、
「結弦んの子供~」
と、ラミぃが畳に寝っ転がったまま私にばさっ、と抱きついてくる。
「おお~、何だいラミぃ。結弦さんの子供になりたいのかい?」
「む~」
猫の様な表情をして、ラミぃは私に顔をうずめてくる。
……何これ、めちゃくちゃ可愛い! いや、ラミぃはもともと可愛いんだけど……これは新種かもしれない。普段はついていけないようなハイテンションのラミぃだけど、この落ち着いた感じの小動物チックなところもまたいい!
いわゆるギャップ萌え。
「よーしよしよし、ラミぃ~、大好きだよ~」
「にゃ~ん……」
頭を撫でているうちに、ラミぃはとろんと眠たげな表情をする。あ~もうっ!
「可愛いなぁ~」
ぎゅう、とラミぃを抱きしめる。まるで高級布団に抱きついているみたい。
「ふふ、仲良しねぇ」
姉さんがそんなラミぃの可愛さに見惚れてか、そんな事を言う。
「……あ」
と、ラミぃを愛でているうちに、ふとした疑問。
「ねぇトゥルー」
「ん?」
「天使って、出産するの?」
「……あ?」
……そんな「何言ってんのこいつ……」みたいな顔しなくても……。
しかし、思ったよりトゥルーは真面目に答えてくれた。
「まぁ、多分、人間とあんまり変わんないと思うぞ」
「そうなの?」
姉さんの言葉に、トゥルーは頷いて続ける。
「まぁ、本当は天使って不老不死だから、子孫を残す必要も無いんだけどな。一応、男の天使もいるにはいるから、その間に子供が出来て、普通に出産したりはするぞ」
「へぇ」
「確か、今でも人間界には、天使と人間の混血がいるしな」
「混血?」
思わせぶりな言葉。私の腕の中のラミぃも「およ?」とトゥルーに向き直る。
トゥルーは雑誌をぱたん、と閉じて、
「昔、地上に降りてきた天使がいて、その天使と人間の間に生まれた子の、更にその子……って、続いてる家系もある」
「そうなの。興味深いわねぇ」
姉さんはそう言って、カタカタとPCに何かを打ちこむ。メモでもしているのだろうか。
私はそれを聞いて、ふと思い立った事を尋ねる。
「じゃあ、結弦さんとラミぃの間にも子供が出来たりする?」
「バカじゃねぇのお前」
「だってホラ、天使って性別の概念が無いはずじゃん? だから、もしかしたらその可能性もゼロじゃないでしょ?」
「お前なぁ……あたしとかラミラミとかが男に見えるか、って話だよ」
「ん~……難しいなぁ」
どうも、イメージや伝承の天使と、実際の天使とは結構な差異があるらしい。
確かにラミぃもトゥルーも女の子だし、きちんと身体的にもそういった特徴もある。それにトゥルーの話によると、男の天使もいるということだ。
なんというか、まるで人間みたいだなぁ、と思う。
「ところで、トゥルーに子供はいるの?」
「いるか」
きっぱり。
「じゃあ、ラミぃにはいるの?」
「んにゃ~」
これははっきりと否定の意思。首を横に振り振り、
「私はまだまだ子供がほしかりうぉんてぃっど、な感じではないかもふゅーちゃー」
「そっかぁ」
世の中って、難しい。
○
「あら」
それからしばらくダラダラしていると、姉さんがふと声を上げる。
「どうした?」
トゥルーがそれに真っ先に反応すると、姉さんはPCの画面を見たまま困り顔。どうやらメールの画面を開いているらしい。
「困ったわねぇ。仕事みたい」
「はぁ? 今か?」
「ん~……」
2人そろって困った顔をする。
私は上に乗っかったまま寝ていたラミぃをそっと畳に降ろし、上体を起こす。
「どうしたの?」
「ああ」
PCに何かを打ちこむ姉さんに代わらんと、トゥルーが代弁する。
「急に仕事が入ったみてぇだ」
「でも、今は休暇中だしぃ……」
「だな……。ったく、何考えてんだよ……」
よく事情は分からないけれど、とりあえず面倒臭い状況らしい。
「姉さん、今から仕事行くの?」
「ん~……まだ何とも言えないわねぇ」
「……?」
不思議な発言。まぁ、いつものことだけど。
私はとりあえずまた横になって、ラミぃのほっぺたをぷにぷに突っついてみる。
物凄く、絶妙な感触がする。つっつくたびに「ん……」とリアクションしてくれるのも可愛い。
「……ん。大丈夫そうね」
ふいに、そんな姉さんの声が聞こえた。
目をやると、ぱたん、とノートPCを折りたたみ、姉さんが言った。
「ゆうちゃん、仕事はあとでにしてもらったわ。大丈夫よ」
「そう?」
「ええ」
にっこり、と姉さんは微笑み、
「姉妹水入らずですもの。折角だから満喫したいわ」
「……そっか、そうだね」
私も自然と笑顔になって、そう返した。
「でも」
「?」
姉さんが首をかしげるのを見て、私は一言付け足した。
「ラミぃとトゥルーがいるから、水入らず、ではないかな」
「あ?」
トゥルーが目をすがめ、
「あたしは邪魔者かよ」
「違う違うって。大勢で楽しいなって思ってさ」
「そうよトゥルー。そうカッカしないで」
「してねぇ」
「ふふ、トゥルーも可愛いわねぇ」
楽しいなぁ、と素直に感じた。
みんなで楽しく過ごしている時間は――なんだか、本当の家族みたいで。
もう2人とも付き合っちゃえよ……。
今回は、ちょろちょろ重要なキーワードがあります。
以前ヒエンにも話させていますが、今回トゥルーも同じことを言っていますね。
これが今後どうなっていくか、目が離せません。書くのは私ですが。
次回は桐葉主役回です。