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1…休日player-Part/α4

 そのままエルトに手をひかれ、どんどん森の奥に進んでゆく。

 天気は快晴。

 少しずつ日も高くなってきたようで、木の葉の揺れる隙間から差し込んでくる木漏れ日がとてもあたたかい。

 時々遠くから聞こえてくる鳥の声は、程よくエコーがかかっていてよく響く。

「なんか、凄い綺麗なところだね」

 何気なしに呟くと、エルトが「んー」と上を見上げながら頷く。

「こーいうところ、思いっきり走り回りてぇよなー」

「えー、勘弁してよ。私ほっといて帰るからね?」

 正直、私はこういう入り組んだ森みたいなところを歩くのは慣れていない。ずっと自宅の周りくらいでしか外出していないから、複雑な道では間違いなく迷う。

 今だってそうだ。随分奥の方までこうして森を歩いてきたけれど、それはエルトがずんずんと手を引っ張っていくからだ。私1人じゃ絶対迷っているに違いない。

 それで、私を引っ張るように連れてゆくエルトは、相変わらず上機嫌に道なき道を進んでゆく。

「……ねぇ、エルト」

「んー?」

 エルトは能天気に鼻歌交じりに返事をする。

「なんだー?」

「結局さ、どこに向かってるの?」

「んー、そうだなー」

 一呼吸置いてから、

「なんかさ、絶対ぇこっちに面白いものがあるんだって!」

「だから、それってなんなの?」

「わっかんねーよ、そんなのっ!」

「えぇー……」

 げんなり。

 しかしエルトは、やけに自信満々に爽やかな笑顔を向けた。

「絶対、ぜーったいだぜっ!」

「だから何が……ああもう」

 疲れるから反論しない。私は大人しくエルトについていくことにした。どっちが保護者だか分かったもんじゃない。

「と、とりあえず手を離して。自分で歩くから」

「ん? ほーい」


  ○


 しばらく2人で散歩でもするように道を歩く。

 といっても、ここは間違いなく散歩で誰かがやってくるような場所じゃないだろう。

 既に森に入って30分近く。その間、休まず歩き続けているので、相当深い場所まで歩いてきているのだろう。これで同じところを回ってるだけだったら、それはそれで怖いけど。

「しかし……」

 私は思わず溜息をつく。

 歩けば歩くほど、綺麗な場所だった。夏の日射しの中を歩いているはずなのに、妙に涼しい。葉っぱが日光をふさいでいるのもあるだろうし、それから透けて地面に当たる緑色の影もそれには一役買っているのだろう。

 何より不思議なのは、進んでいくほどに蝉の声が聞こえなくなっていくということだ。

 旅館を出てすぐの時にはあんなにみんみんとうるさかった蝉は、全くと言っていいほどいなくなっているようで、今ではかすかに遠くから聞こえてくる程度だ。

 それに比例しているのか否か。自分の周りを飛び回る蚊や蝿といった小さな虫も、全然見当たらない。

 まるで森の奥に進んでいくほど、生き物の気配が薄れて行くようだ。

「……」

 思わず言葉を失う。

 さぁっと風が吹き、さらさらと木の葉を揺らして清涼感たっぷりに音を鳴らしてやる。

「マイナスイオンだなぁ」

「まいなすいおん?」

 何気なく呟いた言葉に、エルトが反応する。

「まいなすいおんって、なんだー?」

「んー、マイナスイオンっていうのはね……」

 ……。

 ……そういえば、マイナスイオンって何だろう。

 語感から、なんとなくマイナスなイオンなのは分かる。

「んーとね……マイナスイオンがたくさんあるところにいると、凄くすっきりするの」

「?」

 訝しげにエルトは首をかしげる。

「どーいうことだよーっ」

「う~ん……なんだろう」

 良い例えが思い浮かばない。何と説明したら良いのだろうか。

「なんか、こう……そう、例えばいるだけで涼しくなるようなところ。分かる?」

「ん? それってアレだろ。クーラーの近くとか、冷凍庫とかか?」

 かつてここまで現代的な天使がいたであろうか。まぁ、普段からTVしか見てないし、当然っちゃ当然かもだけど。

「そかー。クーラーが涼しいのは、まいなすいおんのおかげなんだなーっ。すげぇなー」

 エルトは謎が解けたからか、嬉しそうにうきうきと再び前を向いて歩きだす。

 私もそれを追って、少しだけ速く歩いた。


 すこし進んだところには、いかにもといった森らしい道が。

「分かれ道だね」

「ん~……」

 エルトは神妙に腕を組んで、2本の道を眺めている。

 右手に進むほうは真っ直ぐに伸びた一本道。左手に進むほうは少しだけ上りになっていて、道はゆるやかに蛇行している。

 エルトはそれを眺めて、どっちに進もうかと悩んでいるのだろう。ちなみに私だったらもと来た道を戻る、それ一択だ。

 しかし、折角ここまで付いて来たので、もうエルトに任せようかな、なんて半分投げやりに思っていたりした。

「どうする?」

 何気なしに尋ねると、エルトはなおさら「むー」と唸る。

「わっかんねーなー。どっちに行っても同じ気がするぜっ」

「そうなの?」

 明らかに反対方向に伸びているのに、不思議なものだ。流石は山道。

「じゃあ、適当に決めようよ。どっち行くか」

「そうだなー。んじゃ、これでっ」

 えいっ、とエルトが取りだしたのは、いつぞやから大分ご無沙汰している長剣だ。

 日常生活では全く使う機会のない、まさしく無用の長物。その物騒な得物を何故か今取り出す。

「なにするの……?」

 正直、これを見るのは決していい気分ではないのでため息交じりに尋ねると、エルトは「ふふぅーん」と何故か上機嫌に笑う。

「これはな、こーやって使うんだぜっ」

 そう言って、エルトはちょうど2つの道の合流点あたりに剣の先端をグサッ、と突き刺した。

「これで、倒れたほうに行く」

「普通に木の枝とか使いなよ」

「ぶー。なんだよ、いいじゃんかー」

 何故か子供じみた拗ね方をしながらエルトは剣の持ち手のあたりからそっ、と手を離す。

 剣はゆっくりとバランスを崩し、やがてパタン、と左側に倒れた。

「おーっ」とエルトは歓喜の声を上げながら、

「じゃあ、こっち進もうぜっ」

「う、うん……」

 エルトは剣を拾い上げると一瞬で虚空にそれを消し、私をくいくい、と呼ぶ。

「相変わらず元気だなぁ……」

 私はため息交じりにそう呟いてエルトの後を追う。

 しかし、と私はふと思う。

 随分歩いているのに、中々この山道を抜ける気配がない。普通ならもうちょっと景色の開けたところに出たり、木がやたらと少なかったりするところに出てもいいんじゃないかな、と思う。

 ……ひょっとして、と私は思う。


 これは、本気で迷子になってるクチじゃないだろうか。


「……ねぇ、エルト?」

「んー?」

 エルトは楽しそうに鼻歌なんか歌っている。口ずさんでいるのは、この間TVで流れていた曲だ。確か物凄い物騒な歌詞だったと思うけど……トラックがどうのとか。

 もとい、と私は尋ね直す。

「エルトさ、どこに歩いてるの?」

「あっち」

「そうじゃなくてさ……ああ、もう」

 いかんいかん、と首を振る。

 こういうマイナス思考が、私の悪い癖だ。もう何度も何度も意識して直そうとは思っているのだけれど、どうしても昔からの思考パターンというのは中々直ってくれないものらしい。なんか今朝あたりも似たような事考えてるような……。

「……はぁ」

「ん?」

 盛大に溜息をつくと、エルトが不思議そうに私を見た。

「どした、星?」

「ん? んー……別に大丈夫だよ」

「?」

 エルトは不思議半分、不機嫌半分みたいな表情で私を見ている。

「なんだよーっ」

「んー、エルトが気にするようなことじゃないよ。だいじょうぶ」

「ホントかよー」

「ホントだってば」

「……ふーん」

 ジトーッと私を見るエルトは、まるで視力検査のぼやけたランドルト環を見るような目をしている。

 そんなに怪しまなくてもいいのに……ほんの小さな悩みくらい、いつだって考えるじゃん。

「ま、いいけどさ」

 エルトはいつも通りの顔になって、

「とにかく、ウチの事も少しは頼りにしてくれよなー。星が悩んでるなら、ウチだってあんまりいい気分じゃねーからさっ」

 と、にかっと笑うのだ。

「……ありがとね」

「へへーん」

 照れくさそうにそう言ってから、エルトは少し早足に歩き出した。

「ああ、待ってよ」

 私もあわてて後を追う。今ここでエルトとはぐれたら、間違いなく帰れなくなる。電話で助けを呼ぼうにも、今自分がどこにいるのか分からないのだから役に立たないだろう。

 木の葉の緑色によく映える赤い髪の毛を追いかけながら歩いていると――


 不意に、さぁっ、という音が聞こえた。


「?」

 反射的に上を見上げる。

 木の枝は揺れていない。つまり、風が吹いた音ではないということだ。

「……?」

 静かに歩きながらじっと耳を澄ますと、さああぁ……、という音が少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

 ……ひょっとして、と私はエルトに負けないくらいの早足で歩きだした。

「エルトっ」

「んー?」

「早くいこ。ひょっとしたら……」

「ん!? なんだ、なんだよーっ!?」

 私が小走りに駆けだすと、エルトもうきうきと後を追ってくる。


  ○


「……やっぱり」

「おおー……」

 私達は立ち止まって、道の行き止まりからその景色を見ていた。


「きれい……」

 そこには、高さ10メートルくらいの滝があった。


 よく晴れた夏の日差しに、水しぶきがきらめいている。

 道で聞こえたさぁさぁ、という音は、これだったのだ。

 透明な水が勢いよく流れ落ち、しぶきを辺りに撒き散らしている様子は、それだけで涼しげだ。夏の暑さも、歩いた疲れも、一瞬で飛んでいってしまいそうだ。

「すっげぇなーっ」

 私の隣で、エルトが目を輝かせながら言った。

 そして、すぐに滝のすぐ近くまで駆けよって、「わっはーっ!」と水しぶきを浴びて喜んでいる。

「めっちゃつめてー!」

「あはは、そりゃそうだよ」

 さっきのマイナスイオンの話じゃないけど、こういうところにいると自然と涼しくなるものだ。まして滝ならなおさらだろう。

 私は水しぶきを浴びないように注意しながら、近くに流れていた川に手を入れてみた。

 少しだけ急な流れのその水はとても冷たくて、運動した後なんかに飲んだらさぞ気持ちよさそうだ。体には悪いらしいけど。

 立ち上がって川の流れる先をじっと見る。

 川は割りと真っ直ぐに伸びていて、さわさわと心地よい音をたてて流れている。きっとこのまま下っていくと、電車から見た大きな川に繋がるのだろう。

「ほぉ~……」

 口からそんな妙な音が漏れて出る。

 ふと深呼吸をしてみるだけで、なにかすっとするのが不思議だ。これも、マイナスイオンのなせる技なのだろうか。

 青い空、緑の葉っぱ、透明な川の水。

 様々な色に包まれているけれど、どれも寒色系なのが大変よろしかった。

「……まぁ、私とエルトは違うけど」

 ふと自虐気味に呟いて、私はんーっ、と両手を天に掲げる。それだけで凄く脳がはっきりと冴えわたっていくのが分かった。


 瞬間、とんっ、と肩を押される。


「……ん?」

 気付いた時には、ばしゃーん! という音が響いていた。

「しゃっこぉお!」

 体側から思いっきり川にダイブした私は、びしょびしょになった浴衣に思わず叫んでいた。幸い、川の深さはちょうど私が座って上半身が出るくらいだった。これでもっと深い川だったら、パニックを起こして死んでもおかしくない。

 私が冷たさに耐えながらそんな風に考えていると、

「あっははははは!」

 途端に聞こえる笑い声。

 ふとその方向を見ると、エルトがこちらを指さして思いっきりお腹を抱えている。

「せ、星……そのカッコ……あははははっ!」

「……」

「ひー、ひー、ひー……あははは!」

 なおも笑い転げるエルトは、びしっと清々しいくらいに伸ばされた人差し指をこちらに向けている。

「……ふぅ」

 私はとん、と息をついて、冷たい水に濡れた右手でエルトの手首をつかむ。

「へ?」

 と、エルトの表情が一瞬固まったのを見逃さない。

 ぐいっ、と引っ張ると、私のすぐ横のあたりに顔からばしゃーんっ! と思い切りダイブ。

「しゃっけええぇ!」

 エルトはがばっ! と顔を出しながら慌てふためいている。

 そして、綺麗な赤い髪を水にぬらしながら、

「なにすんだよーっ!」

 と、笑顔を向ける。

 私はそれに「ふん」と少しいい気分で鼻を鳴らしてから、

「暑いんだし、いいじゃん」

「そうだなー! 確かに冷たくて、気持ちいいなっ」

 そう言ってエルトは仰向けに川に浮かび、


「楽しいっ!」


 今まで聞いた中で一番の大きな声で叫んだ。

 エルトの高い声は森の中によく響き、遠くから山びこのようにかすかに跳ね返ってくる音が聞こえる。

「……」

 びっくりして動きを止める私に、エルトはぶいっ、とチョキを向ける。

「星、楽しいなっ!」

 屈託のない笑顔。

 私はその黒い瞳に吸い込まれそうになりながら、

「……うんっ」

 と、短く答えた。

 しばらくぶりの、心底の笑顔で。


 それから少しの間は、川の中で遊んだ。

 冷たい水を掛け合ったり、浴衣のまま泳いでみたり、石を投げて水切りをしたり――

 今まで夜空以外の自然にほとんど触れてこなかった私にとっては、とても新鮮な体験だった。

「ありがとね、エルト」

 ひとしきり遊び終わって休んでいる時、私は川の水を汲んで飲むエルトにそう言った。

「んぁ?」

 間抜けな声を出すエルトに、私は続ける。

「エルトがいなかったら、こんなに川で遊ぶことなんて、二度と無かったかも知れないから、さ。――ホント、感謝してるよ。ありがと」

「……へへっ」

 エルトは照れくさそうに笑って、

「次、次! あっちで遊ぼうぜっ!」

 と、私を促した。

「ああ、待ってよ!」

 私もそれにならって、エルトの後についていく。


 高校生にもなって、と思うけれど――

 それでも、とても楽しいひとときだった。


  ○


 ――帰り道までは。


「つ……疲れる……」

「そ、そうだなー……」

 分かれ道のあまり無い道だったので、復路は迷うことなく進めた。

 しかし、歩くのが問題だった。

 なにせ、私達は浴衣なのだ。おまけに川の水でびしょ濡れときた。浴衣も下着も思い切り水気を吸って、とんでもなく重い。

 黒い足跡をぺたぺたと残しながら、私達は半ば体を引きずるように歩き続けた。

「楽しかったけど……旅館に戻ったら、すぐ寝ようか……」

「そ、そうだな……流石に、ウチも賛成だぜー……」

 そんな訳で、私達は敗戦兵のように旅館へ帰って行ったのだった。

1ヶ月以上の更新停止、申し訳ありませんでした。

これからはコンスタントに更新できるよう、頑張ります。よろしくお願いします。


次回は桐也の出番の予定です。

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