1…休日player-Part/α3
ご飯を食べ終わり、後片付けも一通り終えた私は、エルトと一緒に部屋に戻っていた。
桐也とアリィは一緒に遊びに行っちゃったし、兄さんとヒバリは早くも昼食の支度をしている。名目上、旅館の仕事を手伝うアルバイトの様なものなので、義務を果たせということらしい。
という訳で2人ぼっち、やる事も無くダラダラとしている。
「暇だなー」
ごろごろ、と布団を片付けた畳の上でエルトが転がっている。
今はTVもつけていない。なおさらやる事が無くて暇なのだろう。
「なー星ー。暇だー」
「う~ん……まぁ、そうだろうね」
正直、旅行先なんてこんなものなのかもしれない。観光目的で来ていたりするなら別かもしれないけど、私達の場合は事情がやや特殊だ。
どうしたもんかなぁ。私は座布団に腰をおろして、ポットからお茶を2人分淹れながら溜息をつく。
「星ー。また卓球しようぜ、卓球」
エルトがぱたぱたと両足を振りながら言う。
私は「いやいや」とそれに返す。
「朝から運動してたら、今日1日体力が持たないよ」
「だって、それくらいしかやる事ねーじゃんかー」
「んー……」
確かに、そうなんだけど。
でも、私としては朝から重たい運動をするのは勘弁願いたい。まして、普段から家事に追われて長らく休みらしい休みを過ごしてない私にとっては、かなり久しぶりの休日だ。
「のーんびりしようよ、のーんびり」
「やだ!」
ええ……。
「ウチ、そういうの嫌いだぜっ」
「いっつも家でダラダラしてるじゃん……そのテンションで行こうよ」
「やーだっ!」
ぶー、とほっぺを膨らませてエルトは拗ねる。子供か。
「うー! 暇だ暇だ暇だ暇だ暇だー!」
「……」
「うーにゃー!」
うるさいなぁ。私は思わず顔をしかめるも、こういう時のエルトをつっつくとロクな事にならないだろうと思ったので、あくまで思うだけにしておく。
しかし、私は久方ぶりの休日を満喫したいという気持ちもある反面、普段の忙しい家事に追われる生活に慣れている体が不完全燃焼感を発生しているのも、うすうす感じている訳で。
「うー」
お茶をすすりながら、私はゆさゆさと落ち着かなく貧乏ゆすりをしてしまう。
何かをしていないと落ち着かない時の、あの感じだ。
「……んー」
何もすることが無いので、とりあえずTVをつけてみた。まだ朝のニュースの時間帯だ。
ニュースでは、交通事故が例年より多発しているということが報道されていた。自動車の玉突き事故や、トンネルでの衝突事故が増えているらしい。
「物騒だなぁ」
お茶をすすりながら私が呟くと、エルトがますます落ち着かなそうにゆさゆさと体を揺する。
「ひーまーだーっ!」
「TVでも見てなよ。面白いのに」
「ひぃ~まぁ~だぁ~!」
エルトはごろごろごろごろと畳の上を転げまわる。
私はお茶を空になるまで飲みながら、溜息をついた。
「何しようかなぁ……」
ふと呟いて、窓の外を見てみる。
眩しい朝日が入り込んでいて、鳥の鳴き声が聞こえる。ときどき、こん、と音がするのはひょっとしてししおどしだろうか。流石というか、とても雰囲気にあっていた。
そんな事を考えながら、私はふと言った。
「……散歩」
「ん?」
「散歩、行こう」
○
という訳で。
私とエルトは玄関から外へ出て、浴衣姿で暇つぶしの散歩をすることにした。
旅館から少し歩くと、ちょっとした森のようなところがあった。
アルファルトで舗装されていない道、周囲に生い茂る木々、みんみんと夏のBGMを響かせる蝉。どれもこれも、普段家に住んでいるだけじゃ中々感じることのできない事ばかりだ。まぁ、蝉の声はたまに家にいても聞こえるけど。
そんな山道を歩いていると、なんだか不思議と良い気分になれる気がする。
「んー……っ、気持ちいいなー」
エルトが歩きながら背伸びをする。顔にはうっすらと笑顔が浮かんでいて、本当に疲れが取れているようだ。
私もそれにならって、大きく深呼吸をしてみる。
鼻の中に入ってくる草の香りが、私の意識を程よくきりっとさせてくれる。
「気持ちいいね~」
「だなーっ」
私もエルトも、上機嫌でゆっくりと歩いていく。
しばらく歩くと、急な曲がり道に差し掛かった。
カーブしているところは大きく突き出していて、ちょっとしたスペースを作りあげている。車が横に2台くらいは止まれそうだ。
そのスペースの先は緩やかな下り坂になっていて、ちょうど視界が開けている。ふと下を見ると、眼下に広がるのは広大な森林。きっと落ちたら戻ってこれないに違いない。
私はそのスペースから空を見上げながら、ふと考える。
「きっとここからだと、星も綺麗に見えるのかなぁ」
そう呟いて、ゆっくりと目を閉じて昔のことを考える。
小さい頃、よく桐也と一緒に古い展望台から夜空を見上げたものだ。ちょうど高台のほうに建っていて、視界を遮るものの何もない、まさに満天の星空を満喫できた。
ここからなら、きっとあそこと似た景色が見られるかも。
そう思ってから、ふとある事を思い出す。
「そういえばエルトさ」
「んー?」
エルトは「おーおーっ」と下の森を見下げながら遊んでいたが、私の声に振りかえる。
私はついさっき思い浮かんだ疑問を投げかける。
「毎朝、太陽にお祈りしてるじゃん」
「おうっ。今朝も起きてからきちんとやったぜーっ」
えっへん、と胸を張るエルトをスルーして、
「あれって、なにか理由があるの?」
「ん?」
エルトは一瞬考え込むような表情を取ってから、
「んー……なんだろうな。わっかんねぇっ」
「そっか」
特に深く悩んでいた訳でもないので、別段気にはしない。エルトもさっぱりとした笑顔でそう言うので、なんとなく悪い気はしなかった。
「でも、結構小さい頃からやってた気がするぜーっ。多分、ウチがまだ小さい頃からかな」
「ふぅん……」
小さい頃からの習慣、かぁ。私の料理みたいなもんかな、と、とりあえず納得した。
しかし、小さい頃ってことは、天使も成長するということだろうか。ふと疑問に思ったけど、あんまり深く考えると面倒そうなのでやめておいた。
私は考えるのをやめて、振りかえって来た道を戻ることにした。
「行こ、エルト」
「ええーっ」
しかし、エルトは不満げにそう声をあげる。
「ウチ、もっと散歩してぇよー」
「う~ん……でも、これ以上奥まで行ったら、道に迷って戻れなくなるかもしれないし……」
「だいじょうぶだって!」
エルトは胸を張る。
「ウチ、なんかこっちに面白いもんがある気がするからさ! 一緒に行こうぜーっ」
「いた、痛い痛い痛い! そんな強く手引っ張らないでよぉ」
エルトは言うが早いか、私の手を取ってずんずんと奥へと進んでいく。相変わらず凄い力なので、私はそれを振りほどく事も出来ずについていくしかない。
「もぉ、迷っても知らないからね」
私は負け惜しみと言わんばかりにそう言うと、エルトは「はっはっはっ!」と御琴さんみたいに大笑いして、
「大丈夫、もしもの時はウチが何とかするって!」
「……はぁ」
私は溜息をつく。
「おっおー! いえいえー!」
なんだかよく分からない歌を歌いながら、エルトはなおもずんずんと奥の方へ進んでいく。
私はそんな風に、楽しそうなエルトの顔と背中を見て――
不思議と、頼もしいなぁ、と思ってしまうのだった。