1…休日player-Part/α2
「ほいほーい。楽しい所失礼するぞー」
そんな私達のやり取りは、扉から聞こえた声によってひとまず収まった。
「兄さん。おはよ」
「おーう。おはようさん」
扉から子供みたいに顔だけを覗かせている兄さんは、こころもち少し嬉しそうだ。なにかいい事でもあったのかな。
ふとそんな事を考えていると、隣で桐也が口をはさむ。
「何かあったんすか」
「んー。飯できたから、呼びに来ただけさ」
「はぁ」
何気なく返事をして、桐也はお茶をすする。
兄さんはその様子を見て笑いながら、
「という訳で、食いたくなったら食堂にでも来てくれ」
「はーい」
返事をすると、兄さんは「んじゃ」と部屋を出て行った。
その様子に、エルトが「おおーっ」と目を輝かせる。
「ウチ、そろそろ腹減ったし、食いに行こうぜー」
「うん、そだね。桐也達も行く?」
尋ねると、桐也とアリィは無言で頷いた。
「じゃ、行こ」
「待て待て。まだ茶を飲み終わって無い」
「さっさと飲んで」
私が言うと、桐也はぐいっと酒を一気飲みするようにお茶を飲み干し、
「お前さ、最近になって言葉遣い悪くなってきたよな。段々」
「え。そうかな?」
○
今日の朝食は、昨日の生姜ご飯、お味噌汁、鮭の切り身。シンプルだけど、朝にはちょうどいいかもしれない。
食堂には私達4人のほかに、御琴さんとイロウ、兄さんとヒバリがいた。他の皆はまだ寝ているのか、姿を見せていない。
「うん、やっぱり美味しいね、このご飯」
私は生姜ご飯を食べながら言うと、兄さんが「そうか?」と嬉しそうに言う。
私の言葉に、桐也もうんうん、と頷く。
「普段から滅多なもん食べない身としては、嬉しい限りだ」
「桐也さぁ……」
私が嘆息すると、桐也は「なんだよ」と不機嫌そうに言う。
桐也はあまり料理をしない。出来ないのではなく、しない。割と器用なので人並みちょっと上程度にはこなせるはずなのに、基本的にインスタントで済ませるタイプだ。
折角出来るなら、材料買って自炊すればいいのに。インスタント食品は、健康によくない。
「でもなぁ。材料から買い込むと、出費かさむんだよ」
私のブーイングに、桐也ははぁ、と溜息をついて続けた。
「それに、今はアリィがいるからなぁ。2人分となれば、なおさらインスタントの方が時間の節約にもなるし、諸々の出費も抑えられる」
「桐也の場合は漫画とか小説とかがネックになってるんでしょ」
「何度も言ってるだろ、心の肥やしだよ。腹が減ってる時でも、本を読んでれば満足だ」
「そうそう」
アリィまで同意するように頷く。それにエルトが「んお」と反応する。
「アリィも本読むのか?」
「うん、桐也から借りて。おもしろいよ」
満面の笑みでアリィは言った。
私は味噌汁を口に含ませてから、
「桐也さ、絶対まともな親にならないよね」
「そもそも親にならないだろ」
軽く鼻で笑いながら桐也は続ける。
「そもそも、親とか子とか、そういうのはあんま好きじゃねぇしな」
「……まぁ、桐也は小さい子とかあんまり好きじゃなさそうだよね」
慎重に言葉を選びながら、私はそう言った。
きっと桐也の場合は、自分の経験もあるのだろう。小さい頃からずっと両親と音信不通な状態なのが、軽いトラウマになっているのかもしれない。
「だが、分からんぞ榊よ」
と、少し離れた席から今まで無言だった御琴さんが言った。傍らには5つの積みあがった茶碗。一体、この短時間で何杯食べたんだろう。
そんな私の疑問を余所に、御琴さんは続ける。
「なんだかんだと言って、社会に出れば婚姻というのは常に頭に付きまとうものだ」
「そうなんすか」
桐也が気だるげに答えると、兄さんが「ああー」と頷く。
「分かるなぁ、それ。東京のバイト先の先輩も、なんだかんだで結婚したいって、しょっちゅうぼやいてたもんなぁ」
「やっぱり、男女の幸せのゴールでもあり、スタートでもあるのが結婚っすよねぇ」
兄さんの隣のヒバリは、ガラスのコップに注がれた麦茶を飲みながらそう言った。
「結婚、結婚っていうけど、それがスタートになるか墓場になるかは、その夫婦次第っすよ。その生活をマンネリ化させて腐らせるのも、逆に変化を繰り返して楽しいものにしたり……それが出来るかどうかで、人生の伴侶としての本質が表れるものっす」
「ヒバリ、たまに深い事言うよな」
「ふふん、こう見えて自分は哲学とか死生学とか、そう言うの結構好きっすからね」
そういうとヒバリは誇らしげに胸を張る。
すると、桐也がご飯を口に運びながら「ふぅん」と頷く。
「哲学か。面白そうではあるな」
「いいっすよー。自分もたまに本で読んだりするっすけど、いろいろ考えさせられるっす」
「へぇ……」
桐也が興味深そうに頷く。
その隣でアリィが「ねぇねぇ」と桐也の浴衣の裾を引っ張る。
「てつがくって、なに?」
「んー……簡単に言えば、『考えることを考える』学問だな」
「?」
アリィが首をかしげる。
「それって、意味ねーんじゃねーのか?」
私の横でエルトも同じようにしている。
桐也はそれを見て少し考え込んだあと、口を開いた。
「そうだな……例えば、俺と星で考えるか」
「へ、私?」
「そう。例えば、『どうして俺は榊桐也で、お前は三条星なのか』ってこと」
「……?」
「……?」
「……?」
3人の疑問符が重なる。桐也はそれを見て、
「まぁ、そうなるよな」
無表情にしれっと言って食事に戻る。
「詳しく話すと面倒だからしねぇけど、とにかくそういう事を考えるのが哲学。面白そうだから、結構興味あるんだけどな」
「ふむ、榊は割と良い趣味をしているな」
ご飯を口に頬張りながら御琴さんが言う。
「氷室、おかわり」
「もうねぇよ。まだ食ってない人の事も考えてくれ」
「何を言う、ここは私の家だ。そしてお前は客人だ。家主に従うのが下人の義務だろう」
「誰が下人だ」
半笑いで兄さんが突っ込むと、御琴さんは「全く……」と呆れるように溜息をついて、箸を止める。
そしてこちらに視線を向けて、
「榊よ、昨日の続きのついでに、将棋も一局どうだろう? お前とはいろいろと良い話が出来そうだ」
「喜んで」
やっぱり無表情に桐也は答えて、残った味噌汁をすする。
私はそれを見て、御琴さんとこんなに同調してる桐也は凄いなぁ、と思った。
あの人の独特なペースに振りまわされず、むしろ一緒になって回してるこの幼馴染は、地球上でも割と稀有な人種なのかもしれない。
そして、この桐也とずっと家族同然にいられる私も、稀有な人種にカテゴリされるのかも。
……。
「ごちそうさま」
私は両手を合わせてそう口にしてから、食器を重ねて片付ける。
「エルトも挨拶して。食器片付けるから」
「んぉ。はーい」
返事をしてから、「ごちそーさまー」とエルトはきちんと挨拶をした。
「桐也もアリィも、早めに片付けちゃいなよ?」
「へいへい」
「はーい」
2人もそれぞれ返事をして、食事に集中する。
私はエルトと自分、2人分の食器を重ねて台所に運ぶ。途中で立ち止まって、
「兄さん、食器洗うのとか手伝おうか?」
「おおー、助かる。頼むよ」
「従妹さん、優しいっすねー。きっと良いお嫁になれるっす」
「はは、相手がいればね」
そんな取りとめない会話を交わしながら、私は台所に入る。後ろからはエルトがちょこちょこと歩いてついてくる。
シンクに食器を置いて水をかけると、エルトが私に言った。
「星ー。何か手伝うことあったら、何でも言えよなー」
「んー」
私はそれをきいて少し悩んでから、
「じゃあ、皆の食器持ってきてくれる?」
「おーうっ」
元気に返事をして、エルトは台所を出る。
「ふぅ……」
1人台所に残されて、私は食器を洗い始める。
なんていうか、もう、いろいろ、いいや。
きっと細かい事を気にしてたら、人生なんて楽しくないのかもしれない。御琴さんみたいに、とはいかなくても、小さな事にとらわれて視野を狭めるのは、私の悪い癖だ。
小さい頃から、金髪と青い目という日本人らしくない外見で人に避けられてきた私だから、『普通の女の子でいたい』という願望が強い。だから、おかしなことにこだわってしまうのが、私の悪い癖だ。
私は私。
同じように、そう思うことできっと人生の視野は広がる。
実際、私はどんなに人に避けられても、この金髪を脱色しようとか、黒く染めようとか、そんな風に考えたことは一度もない。
単純に、この髪の色が好きだったのが1つ。
桐也に一度だけ「綺麗な髪だなぁ」と言われたのも1つ。
「……」
僅かに視界の上側に入り込む金色の髪を見て、私は思う。
きっと、私にとっては、この髪と目が『特徴』の1つなんだろう。
稀有なとか、奇妙なとか、変なとか、そんなのは関係ない。
それぞれが、誰もが持ってる『特徴』なんだ。
そう考えると、私は少しだけ楽しいような、嬉しいような気持ちになれた。
ちょっと妙な話になってます。
実は最近、私の大の友人が悩みを抱えていまして。
私も相談に乗ったりはしているのですが、やっぱり心配です。
というわけで、その友人へ向けたメッセージみたいなものと思っていただければと思います。
星と同じように、なにか悩みを抱えている方に、
これを読んでいただけたらなぁ、と思います。
拙い文章ですが、読んで少しでも心に残るような作品に出来るよう、努力してまいりますので、よろしくお願いします。
次回からキャラパートに分かれます。