1…休日player-Part/α1
朝。
ちゅんちゅん、と鳥の無く声で目を覚ますと、
「うぅ……ん……」
「……」
すぐ目の前に、アリィの顔があった。
すぅすぅ、と寝息を立てるアリィの顔は、まるで人形みたいに綺麗だった。
「……前にもこんなことがあった気が……」
呟きながら、私はアリィを起こさないように、そっと起き上ろうとした。
すると、ぐ、と浴衣の裾が引っ張られて起き上がれない。
「……」
目がひくひくする。
裾の方に目をやると、アリィの小さな手がそれをがっしと掴んで離そうとしない。表情も心なしか不機嫌そうになっている。
はぁ、と溜息が出る。
私は再び横になって、アリィの目が覚めるのを待つことにした。無理矢理引き剥がしてもいいけれど、なんとなく後が怖いのでやらない。
「……はぁあ」
朝起きてすぐ布団にもぐるというのは、思っているよりもずっと苦痛だ。ただ横になっているだけなので、退屈なことこの上ない。特に私は朝早く起きてすぐに家事に取り掛かるのが普通だから、余計にリズムを狂わされている感じがする。
ともかく、と私は気持ちを切り替えて再び目を閉じた。折角休めるんだから、とせめてポジティブな考えを持って。
しかし、やっぱりただ目を閉じているのはなんとなく落ち着かない。
「……あ、そういえば」
ふと、昨日の会話を思い出す。
私は少し体を動かして、腕をアリィの後ろに回す。そして、
「……よい、しょ」
そのまま、そっと自分に抱き寄せた。
結弦の言っていた、『天使抱き枕』を思い出し、折角なので試してみることにしたのだ。
アリィの頭をそっと撫で、肩のあたりに抱き寄せる。
「わぁ……」
アリィの体はあったかくて、とてもやわらかかった。雲をそのまま抱いているイメージだ。
確かに、これは極上の抱き枕になるかもしれない。
アリィの頭頂部に頬をつけてみると、更にぽかぽかと暖かさが伝わって来た。
「ああ~……これはぁ……」
そのまま、私は二度寝に入った。二度寝なんて、小学生以来だ。
○
次に目が覚めたのは、「うう~」という苦しそうな声だった。
「せ、星……くるしいよぉ」
私の腕の中で、アリィがそう呻き声をあげていた。
「あはは、ごめんごめん」
私は腕をほどいて、アリィを解放する。アリィは苦笑いしながら、
「おきたら星が近くにいたから、びっくりしたよ」
「私も、起きたらアリィが近くにいたからね。ビックリした」
あはは、と2人で笑いあう。
ひょっとしたら、私とアリィは意外と相性がいいのかもしれない。
「さて、そろそろ起きないと。ね?」
「うん」
アリィと頷き合うと、体を起こして、部屋を見回す。
隣の布団には桐也が、その隣にはエルトが寝ている。2人ともまだ起きていないようだ。
私は自分の手荷物から時計を取り出して、時間を確認する。今は、朝の6時ちょっと前だ。
「まだ朝早いなぁ」
「そうだね」
アリィも相槌を打つ。
私はとりあえず立ち上がって、適当に散歩でもしようと部屋を出ることにした。
少し遅れてアリィもついてくる。
「一緒に来るの?」
「うん。ボクも暇だし」
「そっか」
なんだかアリィとは他人の気がしない。まるで妹みたいだ。人懐っこい感じがそう思わせるのかもしれない。
そう思いながら、私は部屋の扉を開けた。
途端に、バァン! と音がして、頭頂部に衝撃が走る。
「いったあああああああああああああああああああああ!?」
思わず私はその場に崩れ落ち、頭を押さえて悶絶する。
「だ、だいじょうぶ!?」
アリィが心配そうに私を覗き込む。私はじんじんと痛む頭を押さえながら、
「大丈夫じゃない……ん?」
ふと、私の視界の隅に、違和感のある物体がある。
鈍く金属色を放つ、これでもかというくらいの金ダライだ。
「…………」
なんとなく理解する。
どうやら私は、コレの直撃を頭に受けたのだろう。
「なんで……?」
「……わ、わかんない……えへへ」
何故かアリィは笑っている。何が何だか分からない時に何故か笑ってしまうのは、人間も天使も同じようだ。
私はくらくらする頭でよろよろ立ち上がり、
「い、行こうか……」
「だいじょうぶ?」
「……たぶん」
○
「あっははははははははははははは!」
ロビーで会った御琴さんにその事を話すと、大笑いされた。
「それはまた、朝から災難だったな、三条よ」
「本当ですよ……そもそも、なんで上からタライが落ちてくるのか」
「ははは、まぁ心配には及ばない。私もたびたび遭遇する状況だ」
「本当ですか」
まぁ、確かにこの人なら何を経験していてもおかしくないけれど。
それと、さっきから御琴さんの隣にいるイロウが、無表情のまま肩をぷるぷると小刻みに震わせているのは何なんだろう。
「御琴、タライがおちてきたことあるの?」
アリィが尋ねると、御琴さんは「ああ」と笑顔で頷いた。
「最近では避けられるようになってきた」
「本当ですか」
「まぁ、どうせ次も何かしらの仕掛けがあるんだろうが」
はっはっは、と楽しそうに御琴さんは声をあげて笑う。一体、この旅館は何なんだろう。
それと、さっきから御琴さんの隣にいるイロウが、急に振りかえって「ぷっ」と吹き出しているのは何なんだろう。
「まぁ、三条もじきに慣れるだろう」
「そんな非日常に慣れたくはないです」
朝起きてから頭上にタライが落下してくる日常は、日常じゃない。
すると、御琴さんは「何を言う」と自信満々に告げる。
「お前の隣に、非日常の権化がいるじゃないか」
「もうなんか、それはいいです。最近はもう、天使が一緒にいるのが日常になりつつあるので」
「だったら、それと同様にトラップだらけの日常にも慣れて行くさ」
「それはなんか嫌です」
毎日頭上からタライが落ちてくるだけでなく、別な種類のトラップも用意されるなんてまっぴらだ。
それと、さっきから御琴さんの隣にいるイロウが、もう隠しもせずに「ふふっ」と笑っちゃってるのは何なんだろう。
「まぁ、まだまだ時間はあるさ。ゆっくり楽しんでいくといい」
御琴さんは最後にそう言って締めくくった。
私はその様子を見て、ふと違和感を覚えた。
「……御琴さん」
「ん?」
「なんか……違いません?」
「何がだ?」
「……う~ん」
なんと言えばいいのだろう。なんだか、昨日までの御琴さんとは、雰囲気が違う気がする。なんか、明るい感じというか。
「あ、それはボクも思う」
そう話すと、アリィも首を縦に振った。
「なんとなく、ね。今までの御琴とは、違うかんじ」
「うん、そう。なんとなく」
頷くと、御琴さんは「ははは」と笑う。
「まぁ、な。私にも、いろいろあるのだよ」
「はぁ」
「そのうち話してやる。今は、こういう私なのだと思ってくれ」
世間話でもするように御琴さんは言う。
「……」
私はそれを見ながら、やっぱり違うなぁ、と思う。話し方も、鋭い目つきも一緒なのに、なにか違う。
なんとなく、やわらかい、というか。年長者、お姉さん的な雰囲気があるのかな。実際、私より年上だけど。
私はそんな事を考えながら、なんとなく口には出さなかった。
○
いったん部屋に戻ると、桐也とエルトも既に起きていた。
2人は布団で横になりながら、TVのニュースを見ていた。ダメな兄妹か。
「おはよ、桐也」
「おぅ、おはよ」
簡単に挨拶しながら、私はポットから湯呑みにお茶を淹れ始めた。
その様子を見ながら、桐也が「お」と声をあげる。
「俺にも頼む」
「自分でやれ」
私が返すと、「やれやれ」と桐也は首を振って上体を起こし、
「エルト、お前も大変だな。こんな心の狭い奴と一緒にいて」
「んー、まぁ、星はたまにケチになるからなー。ウチも苦労してるぜ」
エルトはひらひらと降参するように手を振って答えた。私は2人に熱湯でもぶちまけてやろうかと考えたが、下に旅館の布団があるのでやめておいた。
私が煎茶を淹れ終わると、桐也が交代する形で湯呑みを取ってお茶を淹れ始める。
その様子を見て、エルトが言う。
「桐也ぁー。ウチにも」
「自分でやれ」
「んぁ。なんだよー、ケチ」
エルトは不機嫌そうに唇を尖らせる。桐也は気にもしていない様子で、無表情にポットのフタを押す。
桐也がこういう風にいつもと違う態度を取るのは、誰かをからかっている時だ。
そうして余裕たっぷりとお茶を飲む桐也を見て、エルトはより「むーっ!」と不機嫌になる。
「なんだよー、桐也まで! ちょっとぐらい、いいじゃねーかよーっ!」
「ま、まぁまぁ……」
アリィが猫のように桐也を威嚇するエルトをなだめている。桐也はエルトに見向きもせず、ただ面白そうにククク、と笑っている。
「あー、茶美味ぇ」
「くっそー! 星! お前も黙ってないでなんとか言ってやれー、こらぁー!」
「お、落ち着いてよエルト」
アリィはエルトを羽交い絞めにして動きを封じている。エルトはなおさらじたばたと暴れている。
私は今日も平和だなぁ、と思いながらお茶をすすった。
「あー、お茶美味しい」
「きーっ!」