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プロローグ「奔放traveler」

 8月2日の昼下がり。

 昨日の朝一番の電車で南下しながら夜を過ごし、今朝早くに電車を降りてはや4時間ほど。

「ふぅ」

 隣で駅舎の木の壁に背をつけたクライが、疲れをほぐすように上を見上げて息をつく。

 彼女の手には、電車の中で暇つぶしがてらに僕が作ったナンプレがある。ちょっとひねって、5つの9×9マスを重ねた5重ナンプレにしてみた。

「難しいです」

 僕を見上げながらクライは苦笑する。僕も同じように笑って、

「確かに、ちょっと難易度が高かったかな」

「はい、今までとは大違いです」

 でも、とクライは付け足して、

「今までよりも楽しめそうです」

「それは何より」


  ○


 気温33度。天気は快晴。

 じりじりと照りつける日差しの中で、僕とクライは目的地に向かう列車を待っていた。

 この駅は、この辺では最も大きく、それなりに賑わっている。都会から少し外れた、いわゆる『田舎』であるここから、直接都会に出る列車は貴重なのだろう。

 ただし、電光掲示板やアナウンスといったものとはおよそ無縁の駅で、駅員はいるけれどせいぜいが切符を販売したりするくらいだ。それは、駅舎が木造であることからもうかがえるだろう。

 そんなこの駅にも、見どころはあるのだ。


 ボォォォォォォオオオオ!

 重苦しい音が、周囲にこだまする。


「お、来た来た」

 僕が言うと、クライは「え?」と驚いたように顔をあげる。

「クライ、見て御覧? 滅多に見られないものだからね」

「……なんですか、あれ?」

 カーブを曲がって表れたのは、黒い鉄の塊。

 あちこちから黒い煙を吐き出し、ごん、ごん、ごん、と重低音を響かせて颯爽と走ってくる。

「SL、っていうんだ」

 今では滅多に見られないそれが、この駅の見どころの1つであった。数少ない、SLが現役で走っている路線なのだ。

 僕達はこれに乗って、目的地まで行くのだ。


 汽車は滑るように駅で停車したが、僕達はすぐには乗り込まない。

「電車とは違うんですか?」

「電車は、電気で走るから電車なんだ。SLは、Steam Locomotive――蒸気で走るのさ」

「へぇ……あ、だから後ろに石炭を積んでるんですか?」

「そ、石炭で水を沸かして蒸気を作って、それを動力にするんだ」

 クライは案の定、初めて見るのだろうSLに興味津々のようだ。わざわざSLに乗って移動することにしたのは、彼女にこれを見せたかったのもある。

 クライは更にSLの車輪を見て、

「これは?」

「ピストン棒……それともクランクピン、だっけ。名前は忘れたけど、これで車輪を回すんだよ」

「どうやって……あ、そっか」

 すると、クライは迷路をたどるように複雑に絡み合ったそれを指でなぞり、

「……なるほど、ここに蒸気を送り込むと、この棒が前後に動いて、連動し合って車輪が回るんですね」

「そう」

 頷くと、クライは「へぇ……!」と目を輝かせる。

「面白いですね!」

「でしょ? パズルみたいだし、かっこいいじゃない」

「はい、かっこいいです!」

 クライはテンションを上げて、ますます頭を回転させているようだ。

 僕はそんな様子を眺めながら、

「そろそろ、客車に乗らないと。もう出発しちゃうから」

「う……はい、分かりました」


  ○


 客車に乗り込み、SLでゴトゴト揺れるのどかな田園をゆく。

 もうもうと立ち上る黒煙と、ボォォォォオオン! と時々鳴り響く汽笛がより雰囲気を出している。まるで大正時代に来たようだ。

 これで僕に文才があるなら詩でも書きたいところだけど、生来の理数系な僕には、悲しいかなそんな才能は無い。

「ところで海吏くん」

 正面の席でクライがルーズリーフのナンプレから目をあげる。

「あとどれくらいで着くんですか?」

「んー……2時間くらいかな。まだまだ時間はたっぷりあるよ」

「そうですか」

 クライは嬉しそうに笑って、

「2時間もあれば、多分終われますね」

「頑張ってね」

 そう返事をすると、クライは「はいっ」と元気に返事をして再び解答に戻る。

 僕はその様子を見て、窓の外の景色に目をやる。

「はぁ……平和だなぁ」

 教師という仕事には、なかなか安息の時が無い。

 朝早く出勤して、1日中働いて、ようやく家に帰って来たと思ったらプリントの作成や課題の採点などもしなければいけない。新任の教師は、なかなか仕事に慣れずに早期から疲労をため込んでしまう事も多いらしい。

 僕はたまたまそういう事務的な作業は好きだし、授業も楽しいから良いけれど、それでもやっぱりリラックスする機会が欲しい訳で。

 そんな中で、こうして旅行が出来るのはいい事かもしれない。

「さて、少し暇だなぁ」

 僕はそう言って背伸びをすると、クライが「じゃぁ」と懐からルーズリーフを取り出す。

「これ、どうぞ」

「ん?」

 受け取って広げてみると。

「おぉ」

 そこには、ナンプレがあった。

 僕のよりも複雑な重なり方をした、5重のナンプレだ。数字の配置も、きちんと規則性があって美しい。

「昨日、寝る前に考えてみたんです」

「凄いじゃないか。クライ、偉いね」

 軽く頭を撫でてやると、クライは「えへへ」と笑う。

「ほ、ほら。もし良かったら、解いてみてください」

「うん、では遠慮なく」

 そうして僕達は、目的地までの到着時間をパズルに費やした。

 本当に平和だなぁ、と思った。

プロローグです。はい。

久々の海吏、クライのメインですね。

この章ではこの2人がメインになる話も出てきます。


次回からは、また原河家に戻ります。

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