エピローグ「ずっと一緒に」
「……ふぅ」
私は今日の締めくくりに、温泉に入ることにした。
ひとつは、今までの辛いこと、昔の自分を洗い流そう、という願掛けのような理由。
もうひとつは、久々に思い切り泣いたから、その跡も洗い流したかったからだ。
湯船の湯を手ですくい、顔につける。それだけで、大分すっきりとした気分になれる。
「御琴」
と、隣で同じように湯船に浸かっていたイロウが、私に微笑みかける。
「よかったね」
「……そうだな。本当に良かった」
イロウの言うとおりだ。言いたい事、やりたい事、全部果たせた。
もう、私は変われたのだ。私として――原河御琴として、生きている。
私はイロウに話しかける。
「思えば、お前を拾って、三条達に出会って――それから、私の人生は変わったんだな」
「……」
イロウは不思議そうな表情をしている。私は「ははは」と笑い、
「本当に、お前と出会えたのが嬉しく感じるよ」
「……わ、わたしは」
その言葉に、イロウはあからさまに顔を赤くして照れを見せる。
「べつに、何にもしてないから……」
「それでも構わないさ」
それに、と私は続け、
「きっとこれから、お前の事が少しずつ大切な存在になっていくと、私は感じるよ」
「……」
「だから、これからも私と一緒にいて欲しい」
それから、私は軽くイロウを抱き寄せて、
「もう、お前も私達と同じ、家族の一員なんだ」
「かぞく」
確かめるようにイロウは呟いて、それからこくり、と頷いた。
私もそれを見て、
「これからも頼むぞ」
そう言って、イロウと笑いあった。
○
少し経って、カラカラと戸を開く音。
「おお」と私の口から感嘆の声が漏れる。
入って来たのは、青嵐とトゥルー、桐葉とヒエンだった。
「みーちゃんじゃない。こんな時間までお風呂?」
「お前らこそ、今入ってきてるじゃないか」
「私達はずっと遊んでたからねぇ。トゥルーったら意地っ張りで……」
「?」
首をかしげると、ツインテールをほどいたトゥルーが「ふんっ」とそっぽを向く。
「青嵐が話しかけるせいで、全良が出せねぇんだよ」
「いや、そもそもあの鬼畜譜面で全良は無理ゲーレベルじゃないかにゃ……」
桐葉が苦笑い。その横のヒエンが「でもよぉ」と椅子に座りながら、
「トゥルー、大体全部叩いてたぜよ?」
「確かにねぇ。何度も何度もフルコンボ出してたしぃ……」
「うっせ。うっせ」
トゥルーは八つ当たりするようにシャワーの湯を浴びる。
青嵐は「困った子ねぇ」と苦笑いし、同じようにシャワーの水を流す。
「楽しんでいるようでなによりだな。誘った甲斐があったよ」
私は呟き、いったん湯船から上がった。
その後、6人で湯船に再び浸かる。この広い浴場は、それでもまだまだ広さには余裕があった。
「はぁー。いつ入ってもいい湯だにゃー」
「本当ねぇ」
桐葉と青嵐が懐かしむように言うと、それぞれの傍らの天使もうんうん、と頷く。
「あたしは温泉って初めてだけど、結構気持ちいいなー!」
「確かに、東京の銭湯よりはいい湯だな」
と、トゥルーの感想に私は「ん?」とふと引っかかる。
「お前、銭湯に入っていたのか?」
「仕方ねぇんだよ。青嵐の奴が仕事場で寝泊まりしてっから、ロクに風呂にも入れやしねぇ」
「あら、失礼ね。きちんと仕事場にもシャワールームはあったじゃない」
「あんな狭い所でリラックスなんかできるか」
湯の中で銀髪を揺らすトゥルーは、そう青嵐に噛みつく。
どうも青嵐とトゥルーは、性格に齟齬が生じているらしいな。いや、そもそも青嵐に合わせられる人種の方が、稀有な存在だろうか。
「苦労しているのだな」
私が言うと、「全くだ」と嫌味ったらしくトゥルーは言った。
青嵐は「ふふ。可愛い」と、相変わらず笑っている。
「青嵐りんは、相変わらずにゃ」
桐葉が少し彼女から遠ざかりながらそう呟く。
昔、ちょっと青嵐の本性の毒牙にかけられてしまって以来、桐葉は青嵐を苦手としている。それでも今まで同窓生として仲良くやっていけるあたり、私達はやはり仲が良いな、と感じる。
「これからもずっと、かく在りたいものだな」
私が言うと、桐葉が「うんうん」と頷いた。
「それには賛成にゃ。ずっと、ずっと、仲良くいたいにゃ」
「そうねぇ。私も、ずっとこの3人で遊んでいたいわ」
その言葉が、今は何故か無性に嬉しかった。
ついさっきあんなことがあったからかもしれないが、それでも、再び実感することが出来る。
私は、ひとりじゃないんだってことを。
「……なぁ、御琴」
と、ヒエンがいきなり私に話しかけた。
「なんだ?」
「何か……感じ、変わったよな」
と、世間話をする風に言う。
その言葉に反応したのは、私の2人の同窓生だ。
その反応も、全く一緒に、
「ああー」
「確かにねぇ」
と、同意を示すものだった。
「そうか?」
私が尋ねると、桐葉と青嵐は「うん、うん」と頷く。
「なんか、サラッとした感じにゃ」
「う~ん。憑き物が取れた、って言うのかしら。凄く『らしい』感じというか」
「……憑き物、か」
私はその言葉に、自嘲気味に笑って見せる。
7年間も抱え込んできた、辛い、悲しい、寂しい――そんな『負』の感情が、積もり積もっていたんだ。確かに、悪霊のようなものだったろう。
私は、正直に告げることにした。
「……ついさっき、私は、大切な人と再会したんだ」
「大切な……人?」
桐葉の首をかしげる仕草。私は続けた。
「ずっと、ずっと、会いたかった人なんだ。お前らと会うよりも、ずっと前に出会った人。――だから、ようやく会えて、凄く、嬉しかった」
皆が、じっと、黙り込んでくれている。
私は目尻が熱くなるのを感じながら、
「きっと、憑き物が取れた、とはそういうことだ」
……。
黙り込んだ、6人。
その中で、ばしゃばしゃ、と湯をかきわけて、こちらへ近づいてくる音。
「みーちゃん、可愛いわねぇ」
と、青嵐が私に、細い腕をからませてくる。
それに対して桐葉が、
「あー、青嵐りん、ズルイにゃ! 私も混ぜるにゃー!」
と、小さい体で私にひしっ、としがみついてくる。
「やめろ。暑苦しいわ」
「いいじゃないの~。私とだって、久々の再会じゃない? これくらいさせなさいよ」
「意味が分からん!」
思わず大声で突っ込んでしまう。青嵐はなおも「いいじゃない、いいじゃない」と悪代官のように言っていた。
「ほら、トゥルーもどう? みーちゃんに抱きつけるなんて、またとないチャンスよ」
「だからどうした」
「ヒエンもどうにゃ? 御琴りんの肌は、さらさらで気持ちいいにゃ~」
「い、いや……遠慮するぜよ」
どうも、天使は常識人が多いらしい。人じゃないが。
「ほら、そこのイロウちゃんもどう? みーちゃんにくっついてみない?」
「いい」
イロウもそう冷たく言い放って、天使3人と人間3人という綺麗に分かれた構図が出来上がった。
私はもう青嵐のこういう性癖には慣れたつもりなので、諦め半分でいた。
「ふふ、みーちゃんの髪の毛、いつみても綺麗ねぇ」
さらさら、さらさら。
「御琴りん、いつも綺麗な腕してるにゃ~。羨ましいにゃ」
すべすべ、すべすべ。
「……胸はどうかしら……」
「いっそ死ね」
ドン! と肘打ちを青嵐にかましてやる。しかし水中といった事もあってか、あっさりと止められてしまった。
「危ないわねぇ」
「危ないのはお前の頭だ」
「ああ、それは同意するにゃ」
桐葉も納得の事実のようだ。青嵐は「なによぅ」と不満げ。
「良いじゃない、女同士なんだし」
「だから余計に危ないんだろうが」
「ああ~、分かった。みーちゃん、既に体を預けたい男の子がいるんでしょ~」
「バカ言え。私の体は、簡単には渡さん」
「だったら良いじゃない」
「意味が分からん!」
私は再び大声で突っ込みながら、青嵐を振りほどこうとする。これも水中が災いして、上手くいかない。
「ええい、離せ離せ! 私は純潔を貫いてやる、こんな変態になんか屈しない!」
「まぁまぁ、良いじゃない」
青嵐は腕に力を入れて、私の動きを封じようとする。
私は必死に抵抗するが、
「いや~、御琴りんの胸は、私も若干興味あるにゃ」
「くそ、桐葉ぁ! 貴様、チビの癖に生意気な!」
「ち……チビぃ~!?」
桐葉は大層憤慨した様子で、
「ぺったんこに言われたくないにゃ!」
「黙れ、幼児体型が! 総合スペックでは私の方が圧倒的に上位だろうが!」
「うっさいにゃ! 幼児体型にも劣るぺったんこの御琴りんには言われたくないにゃ!」
「き、貴様ぁ~! 黙っていればぺったんこ、ぺったんこと……!」
「まぁまぁ」
と、青嵐がのんびりと声を上げる。
「2人とも、良いじゃないの。女は胸じゃないわ」
「お前が言っても、説得力のかけらもないわ!」
「そうにゃ! 青嵐りんの悪い癖の、その最も悪い部分が発揮されてるにゃ!」
「あら、そうかしら? 照れちゃうわぁ」
『ふざけてるのか!』
2人そろって青嵐の豊満な胸を睨みつけ、一緒に叫ぶ。
「あら、仲良しねぇ。羨ましいわ」
「仲良しだと?」
「そりゃそうにゃ! 私達は、3人でずっと遊んでたからにゃーっ!」
……。
…………。
……………………。
『あははははははははははは!』
一斉に、3人で笑う。
「なんだ、結局いつも通りか」
「やっぱり、御琴りんも、青嵐りんも、大切な親友にゃ!」
「そうねぇ。私も」
私達は、3人で笑い続けた。
風呂でのぼせているのもあるだろうが、とてもいい気分だった。
「ああ、楽しいな」
私はふと呟いた。心中を素直に、言葉に出してみた。
その言葉に、青嵐も桐葉も、「当然!」と言った風に返してくれる。
2人とも、私に体を寄せながら、言ってくれた。
「私達は、ずっとずっと、親友にゃ!」
「そうよ、みーちゃん。私達は3人で、ずっとずっと、一緒に遊ぶの」
「……そうだな。ずっとずっと、一緒だ」
ひとりなんかじゃ、無い。
私には、こんなに、良き友人がいるのだ。
そう実感できるだけで、私は、しあわせだった。
「……あら、みーちゃん」
「あー! 御琴りんが泣いてるにゃ! 貴重映像にゃ!」
「ば、バカ。泣いてなどいない。これは湯船の湯だ」
「……ふふっ、可愛いわねぇ」
「ホント、御琴りんは、いつでも可愛いにゃ」
第2章、終了です。
この章では、御琴にスポットをあてた話にしたつもりです。
クールな印象の御琴でも、なにか辛い事を抱えている。人間って、そういうものですよね。
そんな人間でも、同じ人間同士で支え合って、生きていける――
まして、人間じゃない、天使が支えてくれるなら、百人力ですよね。
そんな話を、これからも書いていきたいと思います。
今回、3人の天使空気じゃん、とか言っちゃダメですよ^^;
次回、新章突入です。
しばらく出番の無かったあの人やこの人も……?