3…一禍団欒?-Part/α9
青嵐さんの提案で、私達は旅館の奥の方にある遊戯コーナーに来ていた。
ちなみに兄さんとヒバリは来ていない。食器を洗ったりといった後片付けをするために食堂に残っている。
遊戯コーナーは想像していたよりも大分広く、様々な物が置いてあった。
温泉ならではといった卓球台、全自動の雀卓、今でもよく見るアーケードゲームや、いかにもといった古いゲームの筺体まで。
「へぇ……いろいろあるなぁ」
私が思わず呟くと、御琴さんが自信満々といった感じで言う。
「ここならしばらくは退屈しないだろうからな。好きに使ってもらって構わない」
「おおー!」
エルトが嬉しそうに笑顔で声を上げる。
「星、星! ウチに色々教えてくれるって約束だったよなーっ!」
「分かってる分かってる」
浴衣の袖をグイグイと引っ張るエルトに、私はなだめるように言った。
「じゃぁ、エルトは運動とか得意そうだし、卓球でもしよっか」
「おー!」
元気に返事をするエルトを連れて、私は卓球台へ向かう。
途中で振りかえり、
「桐也もやる?」
「いや、今日はパス。ちょっと別な事やりたいわ」
「そっか」
私は視線をそらして、結弦の方を向く。
「結弦もどう?」
「あー、結弦さんもパス」
結弦はいかにもという古いゲームの筺体を眼前に、
「だってさー、『グラディウスⅡ』とか……滅多に見られないし!」
「みられられないしー!」
「……」
どうして私の周囲にはこう、インドア趣味の人が多いんだろうか。
……ま、料理好きの私が言えたことじゃないけどね。
○
とりあえず邪魔にならないようにエルトの長い髪をポニーテールにくくってやり、ラケットを握らせて簡単に卓球のルールを教えてやる。
「とりあえず、難しい事は抜きで、軽く打ってみようか」
「どーんと来い!」
自信満々なエルトに、私はとりあえず軽くサーブを打つ。
エルトはそれを目で追い、ラケットを振って打ち返す。
意外と上手なようで、綺麗に山なりを描いてボールが打ち返されてきた。
「おおー、上手い上手い」
「だろー?」
私はぽーんとそれを打ち返しながら、エルトに言った。
しばらくそうやって簡単に打ちあった後、
「じゃ、次はラリーやってみよっか」
「らりー?」
「お互いに打ちあうんだけど、さっきよりも速く打ってみるの」
「へぇーっ」
本当はもうちょっとルールがあるんだけど、まぁ遊びの範疇だし良いんじゃないかな。
私はエルトにサーブを打ち、エルトがそれを返す。
「とりゃっ」
ヒュン!
「うわ、速っ!」
何とか打ち返すと、エルトは「へっへーん」と瞳を爛々と輝かせる。
「まだまだ行くぜーっ!」
ぱん! と良い音がして、ひゅん! と速いボールが返ってくる。
私はそれに食らいついて、
「せいっ」
ちょっとだけ縦回転をかけて返してやる。
台にバウンドすると同時に、ボールは目論見どおりに急加速する。
「おわぁ!」
エルトもこれには対応できなかったようで、反応できずに打ち損ねる。
「ちっくしょー、もう一回!」
「どんどん来い」
私は構え直す。
一応はテニスでインターミドルに出場した身だ。こういうラケット競技には、そこそこ自信がある。
エルトが結構強いのは分かったから、手加減はしない。
「いけっ!」
エルトがサーブを打つ。なんと横回転だ。大きく二次方程式のグラフのように、綺麗な曲線でこちらに向かってくる。
でも、遅い方だ。
「それ!」
ボールの進行方向と、ほぼ垂直にラケットを切り上げる。
強い縦回転のかかったボールは、山なりにエルトの元へ。
「……っ!」
肉薄するように、エルトはボールがバウンドした瞬間をパン! と鋭く打つ。
「とと……っ」
あわててエルトのバック側へ返しながら、私は冷静にエルトを見つめ直す。やっぱり運動センスが優れているのか、物覚えが早い。
その証拠というべきか、
「そら!」
バックでドライブを打ってくるのだ。ボールは真っ直ぐに、私のバック側へ向かってくる。
私はラケットを軽く握り直し、
「……ふっ!」
フットワークを活かして回り込み、バック側に立っていたエルトの反対方向――
つまり、フォア側のギリギリに位置に打ちこむ。
正直、この位ならエルトは反応するだろう、と思っていた。
案の定、エルトは素早く移動し、チャンスボールをスマッシュしてやろうという体勢に入る。
私は心中でほくそ笑んだ。
「もらったっ」
エルトがそう呟き、ラケットを軽く引く。
そして、ボールがバウンドする。
瞬間、ボールは少しだけ軌道を変えた。
「おわっ!?」
エルトは惜しくも空振り、ボールが床にバウンドする。
実はラケットを握り直して角度を変えて、微妙に横回転をかけていたのだ。テニスでもたまに使ったテクニックだ。
エルトは「くっそー!」と言いながらも、笑顔で私に向き直り、
「もっかい!」
「ばっちこい」
私もそう返して、『温泉卓球』に没頭したのだった。
○
そうして約1時間。
「ふぅ、いい汗かいたね」
「ホントだなー」
私とエルトは、自販機で買ったスポーツドリンクを飲みながら少し休憩に入っていた。
「でもエルト、強いね」
私がふとそんな感想を漏らすと、エルトは「へへーん」と胸を張って、
「ウチ、結構体使うの好きだからなー」
「そっかー。じゃあ、これからはたまに運動でもしに行こうか?」
「おー! 行く行く!」
エルトはうんうん、と頷いてポニーテールを揺らす。私はそれに笑顔で返した。
そのうち一緒にテニスでも行こうかな。最近は中々出かける機会も無かったし、良い運動不足解消にはなるかもしれない。
そんな事を考えていると、少し奥の方から桐也とアリィが歩いてきた。自然に私の隣に腰掛けて、
「お前ら、結構気合い入ってたな」
「そだね。エルト、強いからさ。ついつい」
「へぇ。星が本気になるくらいなら、結構センスあるかもな」
桐也がそう言って笑うと、エルトは「どーだーっ」と言わんばかりにVサイン。
「そういえば、桐也とアリィは何やってたんだー?」
エルトが尋ねると、アリィが答える。
「奥のほうでね、麻雀してた」
「原河先輩とイロウと、4人でな」
桐也はウォータークーラーから冷水を飲みながら言った。私は「ふーん」と頷いて、
「御琴さんと麻雀するの、面白かった?」
「凄ぇ面白かったぞ」
少し笑顔になりながら、
「なんていうか、あの人と何かで対戦してる時は『飽きない』んだよな。いい意味での緊張感というか」
「テニスの試合みたいな感じ?」
「そんなもんだ」
なるほど、と納得する。
まぁ、桐也も御琴さんもテーブルゲームは好きみたいだし、趣味が合う者同士、何か本気を出したいのかもしれない。
「ボクはちょっと、ついていけなかったかな。2人の熱気に」
アリィは困り顔で笑う。
「それが普通だと思うよ」
私が答えると、「そうかな」と控えめな返事をするアリィ。
すると、今度は奥から「あー」という背伸びをしながら出したような声。
「ダメだったよー」
「ダメだったみたいだよー?」
結弦とラミラミだ。ゲームから解放されたらしい。
結弦は「いやー」と手で顔を仰ぎながら、
「アーケード版でも行けるかなーと思ったら、やっぱり『Ⅱ』は難しかったよー」
「あれか、クリスタルコアに潰されたパターンか」
桐也が何故か的確に突っ込むと、結弦は「そう!」とハイテンションに答える。
「いくら慣れててもさー、あの動きは理不尽だと思うんだよね! 無理ゲーだよ!」
「まぁ、結弦んのみっしんぐ・ぷれいやー、によりけりな部分もありになるへそなかんじだったけどねんごろー」
ラミぃがにやにやと言うと、結弦は「う……」と引きつった表情。何言ってるのか相変わらず分からないけど、きっと後ろめたいことなんだろう。
結弦は「んでさ」と私に視線を向け、
「どうする? もう大分遊んだ感じだけど」
「んー。そうだね。そろそろ部屋戻ろっか」
「えー! ウチ、もうちょい遊びてーよー」
エルトがそう不満を漏らすと、桐也が代わりになだめてくれる。
「まぁ、明日からも好きなだけ遊べるし、今日はこの辺でいいんじゃねぇか」
「う~……そ、そうなのか……。それなら、しゃーねぇな」
エルトは渋々といた感じで呟いたけど、最後は爽やかに笑顔になって、
「んじゃ、今日はおしまいだなっ」
「そうだね。桐也はどうする?」
「ん、俺もそろそろ戻るわ」
「ボクも、今日はそろそろ……」
そっか、と私達は顔を一通り見まわして、
「じゃ、今日はここまでだね」
そう言って解散した。
○
そして部屋に戻ると、時刻は夜の9時。高校生にとっては、まだ寝るにはちょっと早い時間だ。
布団を自分達で4人分敷いてから、私達はゆるゆるのんびりとしていた。
私と桐也はポットから淹れた煎茶をすすりながら、TVのニュースを何気なく見ていた。最近、夜間の交通事故が多発しているという内容だった。
私はお茶を飲み干して、もう1杯目を淹れなおしながら、
「楽しかったね、いろいろ」
「ん。ここなら退屈しなさそうだしな」
ちなみにエルトとアリィは、既にそれぞれの布団で横になって寝息を立てている。
私はそれを見て、ふと呟いた。
「なんか久々だね、2人で話すの」
「そうか?」
桐也は相変わらず変化の無い表情で、
「あんまりそんな印象は無ぇけどな」
「そうかなー。なんか昔と比べてさ、少なくなったじゃん。2人でいる機会がさ」
「ああー、それはそうだな。今は何するにも、エルトとかアリィとかが一緒だしな」
「そうそう」
そこで会話はいったん途切れる。何気ない世間話なんて、こんな物なのだ。
「……」
「……」
しばし無言でTVを見ていると、ふと桐也が呟いた。
「暇だし、宿題でもやるか」
「ああ、良いね。良い暇つぶしになりそう」
という訳で、私達はそれから少しの間、お互いに教え合って宿題を少しだけ進めた。
どうして少しだけかというと、電車やらなにやらでお互いに結構疲れていたからだ。
なので、少しだけ進めたあたりで、
「……やめとこっか」
そう私が音をあげ、お互いにギブアップとなった。
「お前、へたれたなぁ。中学時代に戻してやりてぇ」
「うっさいやい」
突っ込みもあまりキレがないまま、私達はお互いの布団に入った。
「なんか、こうやって同じ部屋で寝るのも久々だよな」
ふと桐也がそう呟いたので、私も返す。
「ああ、そうだねー。小学校の……2年生くらいが最後かな?」
「そんな前だっけかー」
思いだすように桐也はふっ、と吹き出す。
「お前さ、昔、めっちゃ雷鳴ってた夜に怖がって俺の布団にしがみついてた時あったよな」
「あー、あったかも。懐かしいねー」
「雷鳴るたびにさ、『ひぅっ!』って涙目になっててさ……くくっ」
「あー、な、何笑ってんのさ」
「いやいや、今の星からは想像出来ねぇな……ってさ」
「ま、まぁ……」
そりゃ、成長した今となっては雷はそんなに怖くないけどさ。
私がいじけるようにそんな事を考えていると、ふとある思い出に辿り着いた。
「そうそう、昔桐也もさ――」
そして、私達は寝るまでの時間を、思い出話に費やした。