1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part6
時刻は午後4時。
まだまだ明るくて暑い夏の夕方、私たちは学校の屋上にやってきていた。
灰色の石畳に、ところどころが錆びた白い金属性のフェンス。広さもそこそこ大きくて、3対3のドッヂボールくらいなら出来そうだ(実際にやったらボールが落っこちてしまうだろうけど)。古い……と言うよりも「荒れた」場所だったけど、何か新しいものも少なからず感じる。
中学校の頃は屋上なんて入れなかったし、学校の屋上と言うのはドラマとかでよく見る舞台だったため、ちょっと不思議な雰囲気が漂っているような錯覚に陥っているのかもしれない。
……それにしても暑い。夏場には入ったばかりだけど、とにかく暑い。私はまして北欧人の血を引いているので、余計にそれが色濃いのかもしれない。実際には関係ないらしいけど、いったん意識し始めるとなかなか治らないのが人間だ。
ひゅう、と生暖かい風。
「……はあ」
暑い。
とにかく暑い。
なんというか、高いところから眺める町はきれいだったけど、夏の不必要な陽気と暑さが全てを台無しにしている。なんとかして欲しい。
「だったら冷たい飲み物でも飲んでろよ」
そんなことを愚痴っていると、桐也が台詞に負けず劣らずの冷たい調子で返した。
「じゃあ買ってきてよ。幼馴染に免じて」
「300円」
右手をこちらに伸ばす。
「じゃあいいや。結弦に頼むから。結弦ー」
私が呼ぶと、結弦はんー? とこちらへ振り返る。
「なんか冷たい飲み物買ってきてくれない?」
「んー? 良いけどお駄賃頂戴ね。300円でいいよ?」
「私の友達はこんなんばっかりなんだ。今、私は猛烈に絶望してるよ」
嘆息する。嘆息しかできない。結弦と桐也は、こういう変な部分で価値観が似ている。仲がいいのもうなずける話だ。
そんな私の様子をかんがみてか、桐也がぽん、と私の頭に手を乗っける。昔からよくやってもらっている仕草だ。
「心配すんなって。お前が変なわけじゃないだろ?」
「うん、そりゃあ私は変じゃないよ。でもね、唯一の私の親友がここまで金に汚いと、私も傷つくの」
「金に汚いって」
結弦が嘆くようにつぶやいた。
「そんな言い方ないじゃん。私たちはただ正当な報酬を得たかっただけで」
「それが汚いってことでしょ」
「じゃあ星、キミは一生懸命働いて家族を養うために給料もらっているサラリーマンも金に汚いというのかい?」
「君たちとサラリーマンとの労働は釣り合わないということに気づいてください」
「だからこそ少なめの報酬を要求してるんだよ。譲歩だよ、譲歩」
「そもそも何で報酬を要求してるの? 私は金で親友を買うような女の子じゃないもん」
「む」
意表を突かれたような表情になった結弦。隣から桐也がやれやれといった感じで、
「もういいだろ。こいつに何言ったって無駄だって。体力の無駄」
と、私を指さして言った。
「……そうかもね。それに、よく考えたら、働くのにお金をくれない星が一番金に汚いのかも」
「何で私が悪者なの? 私、そろそろ泣きそうだよ?」
あれ、冗談で言ったのに本当に視界が歪んできた。おかしいなあ。本当に泣きそうだ。
そんな様子を見た結弦は、誤るわけでもなく面白そうに笑って、
「桐也君、あとはよろしくー」
とピースサインを残して、奥の方でトランプをしている原河さん、桐葉さん、吉瀬先生の輪の中に入って行った。
「はあ……」
残された私は、最初に大きくため息をついた。
なんて薄情な親友なんだろう。
「ねえ桐也。私って……金に汚いのかな」
さすがにあそこまでボロクソ言われると、若干不安になってくる。一番の友人である桐也に訪ねてみた。
桐也は面白そうな表情で、
「むしろクリーンすぎるだろ。お前、最低限の生活費にしか金使ってないんじゃねーの?」
「だって、わざわざ買うものもないしね」
「世話になってる身で言うのもあれだけどさ。贅沢を覚えろよ」
「じゃあ桐也も遠慮を覚えてよね」
へーへー、と肩をすくめる桐也。
すると奥の方から、おーい、と声がする。振り返ると、結弦が大きく手を振っていた。
「2人もこっち来なよー。良いムードになんかさせないからねー」
なんだか妙なことを必要以上に大声で叫んでいる。妙な誤解を植え付けるのは是非ともご遠慮願いたい所存。
そんな感じで結弦達の元へ着くと、原河さんがトランプをしまいながら口を開いた。
「少し早いが、前座と言うわけでな。食うだけ食え」
そう言って広げたのは、お菓子にお茶、カップ麺の山など、たくさんの飲食物だった。これから丸一日花見でもしようかと言う大荷物だ。
「どこから持ってきたんですか?」
と、私が尋ねると、吉瀬先生がにこやかに答える。
「宿直のね」
「宿直ってどんな仕事なんですか?」
カップ麺やらお菓子の山やら。何か意味があってこんなに大量に保存しているのだろうか。
先生はパタパタと仰ぐように片手を振りながら、
「教師なんてそんなもんだって。堅苦しい生活なんかしてないよ」
「ま、うちの学校の先生はみんなそんな感じだけどにゃ」
続いて桐葉さんが言った。
「あんまり肩に力を入れても、人生つまんないにゃ」
「そうそう。大学生は何回もやれるけど、高校生は1度きりだからね。その貴重な時間を、自由に、大切に過ごさないと」
「はぁ」
私が返事をすると、原河さんが「そうだっ!」といきなり叫ぶ。ちょっとびっくり。
「私は有意義に過ごしたい。だからこそ、何か『面白い物』が見たいんだ。つまらんものなら嫌と言うほどに見飽きたからな」
「いえーい!」
「にゃー!」
と結弦と桐葉さんの合いの手。乗ったほうがよさそうだと判断し、私と桐也も「いえーい」「いえーい」とてきとーに合いの手。
それに満足したように原河さんはうんうん、とうなずいて、
「時間もちょうどよさそうだ」
と、空を仰いだ。
いつの間にか、空は暗くなり始めていた。完全に真っ暗ではないけど、確実に黒く染まり始めている。
「では、これより食事を始めようか」
午後6時30分、運命の夜、開始。