3…一禍団欒?-Part/α6
「はぁー……」
ひとまず部屋に入った私とエルト、桐也、アリィの4人は、畳敷きの部屋にとりあえず横になった。電車に長時間座っていた体を思いきり伸ばすつもりで。
ちなみに、兄さんとヒバリは荷物だけ部屋に置いてから、そそくさと厨房の方へ行ってしまった。
「いや、早く見に行きたいんだよな。折角だし」
「善は急げって奴っすよ、従妹さん」
というのが2人の言い分だった。
「相変わらずだなぁ……」
こんなところまで来て。
私はひそかに心中で嘆息するのであった。
部屋のたたずまいは、まさに旅館という感じだった。
入ってすぐに広がる広い畳の居間と、奥の大きな窓に面した小さなテーブルと椅子。さらに窓を開けると、縁側のような屋根つきの小さなスペースがあって、人が2人くらい並んで歩けそうなくらいの木の床が敷いてある。
とにかくゆったり、のびのびと出来そうなところだった。
旅行に行くと、よく時間がゆっくり流れている、という言葉が使われるけれど、あながち間違っていないなぁ、と自分の身を持って実感した。
「良いところだねー」
何気なく呟くと、背中を畳につけた桐也が「んー」と相槌。
「確かに雰囲気は良いけど、なんとなく落ちつかねぇな」
「あー、分かる。そわそわするのとも違うかもだけど、なんかこう……『違う』よね」
「そうかな?」
同じように桐也と『リ』の字になるように横になるアリィが言った。
「ボクはいいところだと思うな。広いし」
「そーだなー。ウチもいいところだと思うぜっ」
こちらは『十』の字になるように私のお腹のあたりにうつぶせで横たわるエルトが言った。軽いから別に良いけどね。
すると、桐也が「ふむ」と少し考え込んでから、
「あれか。俺らはあんまし外泊する機会が無かったからか」
「ああ、なるほど」
要は、ずっと家で過ごしていてどこかに出かける機会が無かったから、という意味だ。
特に桐也は家庭の都合という理由で、小学・中学と修学旅行の類に参加していない。私も一人暮らしだった中学時代は参加せずに、学校で2人寂しく自習していた時のことをふと思い出す。
さっきの電車での会話と言い、自分達の見聞の狭さを思い知った私達は、
「でも、良かったね」
「だな。たまにはこういうのも悪くない」
こうして家を出て、まだまだ知らなかったことを体験させてくれた御琴さんに内心でとても感謝していた。
本当に凄い人だと思う。いろいろと。
「でもさー」
と、私のお腹の上でエルトが言った。
「あんましやること無くて暇じゃねーかー?」
「まぁ……」
確かに、と私は横になったままで部屋を見回す。面倒なのでは無くて、エルトのせいで上体を起こせないからだ。
もとい、部屋の中には確かに最低限のものしか無い。そこそこの大きさのテレビ、テーブルの上のポットといろいろな種類のお茶、メモ用紙とボールペン……くらいだろうか。
確かに、遊べるものは少なくて暇かもしれない。
「まぁ、テレビがあるんだし良いんじゃない?」
「んー」
エルトは少し迷うように唇を尖らせる。
すると、アリィが「そういえば」と口を開く。
「奥のほうに『遊戯コーナー』ってあったよ」
「遊戯コーナー?」
桐也が尋ね返すと、アリィはうん、と返事をして、
「なんか、雀卓とか卓球台とかあったよ」
「ふぅん?」
私が感嘆の声を上げると、桐也も「ふむ」と上体を起こして感心したように、
「それならここにいる間もあまり退屈しなさそうだな」
「そだね」
私が返すと、「うーうー」と子供っぽくエルトが私の身体を揺する。
「星ー。ウチ、『たっきゅうだい』とか『ジャンタク』とか知らねーよー」
「ああ、そっか」
私はふと思い出す。エルトはこっちに来てから、麻雀とか卓球とかあまり見たことが無いのだろう。
「あとで教えたげるから。今日、とりあえずやってみよ」
「ホントかーっ!?」
と、いきなり目を爛々と輝かせて顔を近づけてくる。もちろん、私の上に乗っかったままだ。
私はもう慣れっこのようなものなのか特に動じず、
「ほんとほんと。約束するから」
「分かった。約束、守れよなーっ」
「もちろん」
私は笑顔でエルトに返した。
約束は破らない。当たり前のことだけど、私が人生で最も意識している事柄の1つだ。
それは私の幼馴染たる桐也も一緒で、私達は約束したことは絶対に守って来た。待ち合わせなんて小さいものから、今でも守り「続けている」ものまで色々だ。
そういう小さな積み重ねも、私と桐也が今まで仲良くやっていけてる要因の1つかもしれない。
「じゃ、それまでゆっくりしようよ」
「おうっ。絶対ぇーだかんな?」
「大丈夫だよ」
私は答えてから、もう一言エルトに言った。
「それと、そろそろ降りてくれない?」
○
それからは特にすることも無く、私達は大分ごろごろしていた。
ただ、あんまり暇だったので、私は桐也から数独を借りてやったりしていた。
「うっへ……難し。こんなのやってたの?」
「まぁ」
あっさりと答える桐也は、少ない荷物から文庫本を取り出して窓際で読書にふけっていた。向かい合った椅子にアリィも座って、同じように読書をしている。ただ、こちらは大きなサイズの漫画本を読んでいる。
そんな2人を余所に、私はポットから2杯めの紅茶のティーパックにお湯を注ぎながら目の前のパズルに集中する。
確かに、これは夢中になってしまう気持ちも分かる。一度始めると、途中でやめたくないこの感じ。
「星ー。そんなのやってて分かんのかー?」
後ろからエルトが覗き込むように言う。私は正座を直してから、
「たぶん……」
「一問終わったら、ウチにもやらせろよー?」
エルトはそう言って、TVの電源をつけ、ニュース番組にチャンネルを合わせる。
桐也が文庫本のページをめくりながら、
「集中力ない奴には出来ねぇぞ、エルト」
「なっ。バカにすんなよ、桐也ぁ。ウチだってやりゃあできんだぜーっ」
「だといいんだがな……」
対して興味なさそうに、桐也は読書に戻る。
エルトは「むぅーっ……」と頬を膨らませ、
「ウチのやる番になったら、ギャフンと言わせてやっからなーっ」
「そうかい」
桐也はやっぱり他人事のように言う。
そういや、桐也とエルトが会話してるところはあんまり見た事ないなぁ。こうして一緒にいる時間が長いと、自然と会話できる機会も増えるのかもしれない。
それはそれで良いかも、と思う。
今の私達の生活には、もう天使がついて回るのが当たり前みたいなものだ。要するにいつも一緒なのであって、その癖それぞれの交友関係に関しては差があって、何だか窮屈な感じがする。
そういう物苦しさも、これで少しは解消されるんじゃないかな。
「ん~……」
……そう考えていても、目の前のパズルが簡単になる訳じゃない。
私はコップの紅茶を飲みながら、じっと数字の入ったマス目を追い続けた。
「んん~…………」
縦の列、横の列――色々な部分を見て、1つの数字を埋める。
これだけ単純なのに、なんて難しいんだろ。
「……てか、そもそも桐葉さんはどうしてこれ持ってたんだろ?」
何気なく呟くと、桐也が「ん」と少し考え込み、
「勉強とか得意そうだし、こういうのも案外好きなんじゃねぇの?」
「そっかー……」
「……」
そうして2人ともども、自分の世界にとっぷりと浸かっていった。
○
そうしている事、なんと3時間。
「やっほー!」
「いえぁーい!」
と、部屋の扉を開けて元気な声で入って来たのは、他ならぬ結弦とラミラミだ。
その頃には私は大分集中力が無くなってきていて、結構疲れていた。ただでさえ電車で肉体的な疲労が重なっているのに、これはつらい。
「……で、なに?」
少しくらくらする頭を押さえながら尋ねると、結弦は「ふっふっふーん」と楽しそうに笑う。
「大分疲れてるみたいだねぇ、星や」
「そだね……」
ぐったり。
「うを~、姉さん、大分弱りふぃにっしゅほーるど、だねぇ」
「そうだねぇ。桐也くんはそうでもないみたいだけど……」
「いや」
ぱたむ、と本を読み終えたのか桐也はそれを閉じて、
「やっぱデュラは読んでて頭使うな。いろいろ時間飛ぶし」
「あー、分かるー。今読んでるとこどの時間の話? ってなるよねー」
「おかげで結構疲れたわ」
桐也が溜息つきながら答えると、結弦はいかにも楽しそうに、
「そ・こ・でぇ。……みんなでリフレッシュしちゃお、人生の疲労!」
「いぇーい! かっこいいよー、すごいよー!」
「ありがとー!」
ラミラミの合いの手に結弦はライブ中のアイドルよろしく元気に答える。
「……げんきだね」
アリィも若干寝入っていたのか、うつらうつらと答える。
「で、リフレッシュってなにをだよー?」
エルトもTVから目を離して、結弦に視線をやる。
結弦はちょいちょい、と親指で廊下の奥の方を指し示して、
「ずばり、温泉でぇす」