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3…一禍団欒?-Part/α5

「……ん?」

「ん」

 うとうと眠りから覚めると、桐也が私を見て少し驚いたように、

「何だ、起きたのか。つまらん」

「……うん?」

 私は結構寝ぼけていたのか、桐也が何を言わんとしているのか分からずにそう返した。

「ぁにそれ」

「お前の言語が『ぁにそれ』だ。コーヒーのシャワーでも浴びてこい」

「……何それ」

「……」

 私が突っ込むと、桐也は「うぇ~……」と言った表情で頬をひくひくと引きつらせる。その後、右手をこちらに伸ばして、私の頬をぺちぺち、と叩く。

「お前……ホントに大丈夫か?」

「なにが」

「……、キレがねぇ。調子狂う」

 何が不満なのか、桐也ははぁ、と溜息をついて座席に深く腰掛ける。

 ふと横を見ると、それを待っていたようにアリィが桐也の肩に頭を乗せて寄りかかる。目を閉じているあたり、眠っているようだ。

 それを特に気にもせず、桐也はこちらを睨むように見て、

「星はなんだかんだ言って寝起き悪いところ治って無いな。一人暮らし始まってからそうでもないと思ってたら」

「そんな事ないよ。家ではちゃんと起きてるし」

 あくびを我慢しながら言った。これは本当だ。桐也の言うとおり私は寝起きが悪い方だけど、家で目覚ましが鳴ると大体きっちり起きられる。生活を1人でこなしてきたからこそ身に着いた体質だろう。

 そんな風に冷静に自己分析を終える頃には、程よく頭が稼働したおかげか目が覚めてきた。

「おはよ、桐也」

「おはようございます」

 そんな風に嫌味ったらしく桐也は悪魔の執事顔負けの恭しい挨拶をして見せる。慇懃無礼とはこのことだ。

 私は「あのねぇ」と桐也に何か言い返してやろうとして顔を近づけようとして、

「……ん?」

 右肩に、何か重くて熱っぽい物が乗っかっていることに気付いた。

 確認しようと様子を伺うと、

「ん~……」

 と、あやふやな寝言を言いながら、ちょうどアリィと同じような体勢で眠っているエルトがいた。肩の重さは、エルトの頭だ。

 やはり人間も天使も、ずっと同じ態勢で座り続けるのは疲れるものらしい。

「ところで、桐也は寝てなかったの?」

「たぶん」

「たぶんって……」

「ずっとコレやってたからな。気付いてないうちに寝てるかもしれん」

 そう言って桐也は手に持っていた数独をひらひらと振って見せる。

 私は呆れながら、

「よく飽きないね」

「こういうのは飽きたら負けなんだよ」

「ふぅん……」

 そんな会話のうちに、電車の中にアナウンスが流れた。

 それが終わると同時に、同じ車両の御琴さんの声が響く。

「おい、お前ら。ここで降りるぞ」


  ○


 眠りこけていた天使を起こして電車を降り、さらにそこから歩くこと10分ほど。


「うっわ……」

 アレが私の家だ、と言って指さした御琴さんの家は、普通の一軒家なんかとは違う。遠くから見ても分かるほど、大きな建物だった。さすが旅館。

「あの建物を見るのも、随分と久しぶりねぇ」

 ふと青嵐さんがそんな事を言う。

「来たことあるんですか?」

「ええ、何度かね。ゆうちゃんやきっちゃんと一緒に、中学生の頃はよく遊びに来たわ」

「そうだよー。温泉とかも入ったりね」

「へぇ……」

 何気なく感嘆の声を上げると、青嵐さんは「まぁ」と目を細めて笑う。

「みーちゃんは、私達とは一緒にお風呂入りたがらないけどねぇ」

「ふん、私は肢体をおいそれと晒すような女ではないのだ」

「それ、同性に言う台詞じゃねぇよな」

 御琴さんの隣を歩く氷室兄さんの冷静な突っ込み。

 それに対し、「わかってないにゃ」と桐葉さんが指を振って、

「御琴りんは、ただ私達と比較をしたくないだけにゃ」

「そうねぇ」

「そうだね」

 姉妹の相槌。

 それに合わせて、ぎりぎりと奥歯を思い切りかみしめるような音。

「女は外見じゃないんだから、御琴りんも一緒に温泉入れば良いのににゃ~?」

「さて、そろそろ着くぞ」

「強引ねぇ、話の切り方」

「姉さんが言えることじゃないでしょ……」

 そんな会話を横に、私達は大きめの玄関……というか、門をくぐった。


「こんな大勢で、わざわざありがとうね」

 入ってすぐに、着物姿の女の人が私達に恭しくお辞儀をした。

 長い黒髪をかんざしでとめた、『和』の文字がそのまま当てはまりそうな人だった。旅館、という場所から察するに、女将さんか仲居さんだろう。

「真琴さん、お久しぶりですね」

「よろしくお願いしますー」

 水嶋姉妹のフレンドリーな挨拶。その言葉に「よろしくね?」と軽く疑問形っぽく返す女の人は、

「初めての人に挨拶するわね。私は、原河真琴」

「原河……ってことは、お姉さんか何かで?」

「あぁら」

 着物の袖で口を押さえて、くすくすと実に優雅に笑う真琴さん。

「聞いたかしら、御琴? 私、そんなに若く見られてるのかしら」

「私の母ですからね」

「言うじゃない」

「え……」

 母?

「初見の奴は驚くだろうな。こちらは、私の母だ」

「えぇ……」

 誰かの驚きの声。

 全然見えない。せいぜい御琴さんより3~4歳年上くらいに見えるのに、母親だなんて……。

「綺麗ですね」

「私の母だからな」

 思わず漏らした私の言葉に、御琴さんは再び自信たっぷりにそう返す。凄くいい加減な言い方だけど、それで納得できてしまうから凄い家系だ。

 真琴さんは私達を一通り一瞥して、

「みんな、ゆっくりしていってね」

 と、柔和な笑みで言うのだった。


 旅館に入ってすぐ、まさに温泉旅館って感じの広いロビーがあった。

 大きめの液晶テレビ、赤い絨毯敷きの床、いくつも並んだソファ、受付の人が様々な手続きをしているカウンター。小さいと言えば小さいかもしれないけど、やっぱり旅館って感じだ。

 そんな不思議な雰囲気に魅せられたのか、エルトやヒバリをはじめとした天使たちはそれぞれがあちこちを見て探検して回っているようだった。

 という訳で、我々人間たちは少しロビーで休憩に入っている。

「ちょい飲み物買ってくるわ」と言って自販機コーナーに行った氷室兄さんを待っていると、真琴さんに「ねぇ」と声をかけられた。

「ひょっとしてあなた、美月ちゃんの娘さんじゃない?」

「え?」

 美月、とは私の母さんの名前だ。

「そうですけど……」

「あら、やっぱり?」

 そう顔をほころばせる真琴さん。どうしてですか、と尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「ええ、美月ちゃんも葉月ちゃんも、私の幼馴染なの」

「へぇ……」

 葉月、とは、私の母さんの双子の妹で、氷室兄さんの母親。つまり、私の叔母に当たる人だ。

 そんな意外な所につながりがあったとは、ちょっとばかり意外だ。

「どういうきっかけで?」

「んー……たまたま家が近所だったからかしら? よく一緒に遊んでたわ。結構歳は離れてたのにね」

「ふぅん……」

 母さんと葉月叔母さんは今年で40歳、真琴さんは35歳らしい。確かに結構離れている。きっと姉妹のような関係だったのかもしれない。

 私がそう考えていると、奥の方にある自販機コーナーから兄さんが缶コーヒーを2つ持って帰って来た。

「ほらよ、星」

「ありがと」

 自然とそんな風に言う兄さんを見て、真琴さんはより顔を喜びに染める。

「氷室くんも久しぶりね。元気にしてた?」

「ええ、まぁ。ご迷惑をおかけして、すいません……」

 軽く頭を下げる兄さんに、真琴さんは「いいのよ」と柔らかく笑う。御琴さんと顔はそっくりなのに、まるで雰囲気が違うから不思議だ。職業柄、という奴だろうか。

 私は缶コーヒーを飲みながら、

「迷惑って?」

「ん? まぁ、ちょっとな」

「?」

 ぼやけた返事。

 それでも兄さんはいつも通りに苦笑している。

 何となくだけど、あんまり詮索しない方が良いかも、と思った。

「あ、そうそう」

 と、兄さんは思い出したように真琴さんに言う。

「厨房、空いてたら貸してくれませんか?」

「厨房?」

 きょとん、と真琴さんは目を見開く。私はあぁ、と呆れるように溜息をついた。

「兄さん、本気だったんだ……」

「当たり前だろ。星も見たいって言ってたじゃんか」

「そうだけど……」

 兄さんはいつになくいきいきとしている。こちらもやっぱり、職業柄、という奴だろうか。

 兄さんは真琴さんに、大まかな事情を説明した。

「えっとですね。折角帰って来たことですし、こちらの方で短期間だけ雇っていただけないかと思いまして……調理器具なんかはこちらで一通りそろえてあるんで、どうですか?」

「んん~……」

 真琴さんは少し考え込んでから、「そうね」と表情を明るくする。

「氷室くんの腕なら任せてもいいかもね。今日はお客さんも夕方にはいないと思うし、好きに使ってちょうだい」

「ありがとうございます!」

 大喜びをかみしめるように、兄さんは深くお辞儀をした。私はそれにならって、

「あの、私もお手伝いしてもいいでしょうか?」

 と尋ねてみる。

「ええ、どうぞ」

 真琴さんはむしろ、と言った風に二つ返事で了承してくれた。

「あ、そうそう。俺の連れも手伝いたいと言ってるんですけど」

「人手は多いに越したことは無いわ。是非お願いね」

 期待してるわよ? とでも言わんばかりに、真琴さんは少し目を細めて笑った。こういう鋭い仕草は、やっぱり御琴さんっぽいなぁ、と思う。……いや、むしろ逆か。

「じゃ、私はそろそろ仕事に戻るわね。どうぞごゆっくり」

 最後に真琴さんは会釈をして、そそくさと奥の方へ駆けて行った。

 兄さんはそれを見て、満足そうに息を吐く。

「よかったな、星」

「兄さんも」

「ははは」

 そう屈託なく笑う兄さんは、やっぱり子供っぽいなぁ、と感じた。


  ○


 探検に行っていた天使たちが戻ってきたところで、御琴さんが他の13人を仕切り、

「さて、部屋に案内してやろうと思うのだが――部屋は3つしかない。部屋分けをどうする?」

 その言葉が終わると同時に、結弦は「ん~……」と苦笑する。

「結弦さんは、まぁ姉さんと一緒かな」

「そうねぇ。まぁ家族だし」

「おーいぇーっ」

 後ろでラミラミがバンザイで賛成の意を示す。トゥルーは初めから興味が無いのか、腕組みして目を閉じている。

 次に桐葉さんが口を開く。

「私は、御琴りんと相部屋が良いにゃ」

「ほぅ。まあ、桐葉に有事があった際には私が頼りになるだろうからな」

「こらこら、それはあたしの役目ぜよ?」

「どうだかな。私の方が付き合いは長いからな」

 と、小競り合いを続ける御琴さんとヒエン。イロウは呑気にソファに座ってお茶をすすっている。

 次は私が、

「じゃあ、私、桐也、兄さんかな?」

「ウ・チ・は?」

「ボクは?」

「自分もっすー!」

 一斉に天使からのブーイング。

「もう、分かってるってば。きちんとエルト達も入ってるよ」

「ちゃんと勘定入れてやれよ。薄情な奴だ」

「ホントだよなー」

「ほんとうに」

「全くっすねぇ。薄氷を踏むようっす」

 ……。

「まぁ、それで良いよ。ちょっと狭いかもだけど、その時は俺とヒバリが別室に移動するから」

「確かにそれなら良いっすね」

「決まったな」

 御琴さんの声がする。

「さ、部屋に案内するぞ。ついてこい」

 御琴さんの声に、すっかり精神を傷つけられていた私はルームメイト5人に支えられて部屋へ移動した。

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