3…一禍団欒?-Part/α4-3
「む~ん……」
私はシャーペンをくるくると回しながら、目の前のパズルに目を向けていた。
「桐葉、よく飽きねーよなー」
隣に座るヒエンがアーモンドチョコをもぐもぐと食べながら呆れたように私に言う。
「こういうのは暇つぶしにやるから、飽きるも何もないのにゃ」
「へぇ。あたしなら5秒で飽きてるぜよ」
「ヒエンにはそれがお似合いにゃ」
「んだと~?」
にやぁ、と顔を笑顔にしながらぐいっ! とヒエンが顔を私に近づけてくる。スルーで。
「あたしだって、やる時はやるぜよ」
「やってくれてるのは感謝するけどにゃ。是非、人間らしい生活にそれを活かしてほしいにゃ」
「ん?」
すると、ヒエンは胸の前で名探偵よろしく腕を組んで、右手をあごにあてて考え込むポーズ。
「人間らしい、ねぇ……」
「天使には分かりづらい問題かもにゃ?」
「ん~……確かに分からんなぁ」
ヒエンがむ~ん、と珍しく真剣に考え込む表情。
私はそれを横目に見つつ、再びナンプレの続きに取りかかろうとシャーペンを握り直す。
おお、ここは8かにゃ。はちはちっと――
「あら?」
ばきっ。HBの芯が折れる音。
「きっちゃん、何してるのかしら? 是非見せて頂きたいわ」
「うわああ!?」
あわてて身をひねり窓に背をピッタリと貼り付ける。私の奇行に流石に驚いてか、「うお!?」とヒエンも体をビクッ! と反射させる。
私はナンプレとシャーペンを背中に隠しながら、
「青嵐りんには関係ないにゃ!」
「関係ないだなんて、失礼ね」
やんわりと微笑みながら、青嵐りんは揺れる電車の通路に微動だにせず立っている。両手は体の前で重ねて、背筋は真っ直ぐ。
「私はきっちゃんの同窓生なんだから、きっちゃんが何をしてるかくらい見てもいいじゃない」
「うっさいにゃ! あっち行くにゃ!」
私が適当に通路の向こうを指さすと、青嵐りんはそちらをゆっくりと見て、
「あっちはもう見て来たわよ。私は2回も同じところに行ってもつまんないから遠慮するわ」
「私に遠慮して欲しいにゃ! 結弦りんのところにでも行くといいにゃ!」
「だってぇ……」
青嵐りんは頬に手をあて、貴婦人よろしく「もぅ、この子ったら……」といった風情で溜息。
「ゆうちゃん、私と一緒に座りたがらないんだもの」
「私も青嵐りんとは一緒に座りたくないにゃ! とにかくあっち行けにゃー!」
「おい、桐葉……」
私が大声で叫び続けていたせいか、ヒエンが困ったように声を出す。
そんな私の必死の防衛が功を奏したか、青嵐りんは「仕方ないわねぇ……」と溜息。
「きっちゃんとは一緒に座らないわ」
「分かったならいいにゃ……」
「そうね、きっちゃんの隣じゃなくて、ヒエンちゃんの隣ならいいのよね?」
「そういう意味じゃないにゃー!」
私は地震の時みたいに両手で頭を抱えてうずくまる。こ、これだから青嵐りんは……!
もうダメか、覚悟を決めた私の耳に入ってくる足音。すとすとすと、妙に軽い。
「あら、トゥルー。どこ行ってたの? いつの間にかいなくなってたから、びっくりしたわ」
「ウソつけ。まぁ、ちょっと髪を直してたんだよ」
……。
そっと様子をうかがうと、そこには銀髪ツインテールの人がいた。確か、青嵐りんの守護天使だったはずにゃ。
彼女は「ん?」とこちらに目をやると、頭痛をこらえるように頭に手をやる。
「青嵐……お前、また被害者量産してんなよ……」
「あら、まるで私が台風みたいな言い方ね。失礼しちゃう」
「名前のまんまじゃねえか。自重しろ」
そう言い捨てると、彼女は私の隣の席にどっかりと座りこみ、綺麗な細い足を組んで座る。
そうか、と私は納得する。そうして青嵐りんの座るスペースを埋めてしまおうという――
「ほら、座ればいいじゃねぇか」
「ちょっ!?」
私が身をこわばらせると、
「……まぁ大丈夫だろ。少し我慢してくれ」
と、殆んど唇を動かさずに私にささやいた。
「え、うぇえ~……勘弁してにゃ~……」
私が嘆くように言うと、青嵐りんは満足そうに笑って、
「では、お言葉に甘えて」
私の斜め前、ヒエンの隣にゆっくりと座った。
○
「なぁ、桐葉よぅ」
「何にゃ。今結構機嫌が悪いにゃ」
ヒエンの言葉にそう返すと、ヒエンは「見りゃわかるぜよ」と苦笑してから、
「どうして青嵐とやらが嫌いなんだよ?」
「……。話せば長いにゃ」
私が再びナンプレに目を落とすと、隣に座る天使、トゥルーと言うらしい銀髪の人が「はぁ……」と溜息。
「青嵐。お前、とことん人に好かれねぇよな……」
「そうかしら? そんな事ないと思うけど……」
きょとん。
「きっちゃんだって、私が嫌いな訳じゃないでしょ? ただちょっと私の事が苦手なだけで」
「分かってるなら直してほしいにゃ……」
溜息をつく。それを見て、ヒエンが「ふーん」と口を開けずに言う。
「なぁ、青嵐。桐葉とはどういう関係なんぜよ?」
「単なる同窓生よ。中学時代の友達」
「それがどうしてこうなるんだよ」
トゥルーがそう突っ込むと、青嵐さんは「ん~……」と考え込む表情。
「それが謎なのよねぇ……」
「もういいにゃ……」
私は呆れて、思わずそんな言葉が口をついて出る。
「青嵐りんのそういうところは昔からだし、今さら気にしてもしょうがないにゃ」
「あ~、ほらっ」
と、青嵐りんがおっとりと私に言う。
「ゆうちゃんもきっちゃんも、私の『そういうところ』が悪いっていうのよ」
栗色のロングヘアを指で梳きながら、
「どういうところなの?」
『そういうところ!』
私とトゥルーの声がハモる。ヒエンだけ「ははは……」と困り笑いながらその様子を眺めている。
私は青嵐りんに向かってビシッ! と指さし、
「昔から青嵐りんは喋ってて疲れるのにゃ! いつも人の気持ちとか見透かしてる癖に、肝心なところで鈍すぎなのにゃ!」
「そんな事ないわ? 今きっちゃんがどんな気持ちかなんて、分からないもの」
「そういう話じゃないにゃー! そういうところが、青嵐りんの悪いところなのにゃー!」
ぜぇぜぇ、はぁはぁ、ぜぇぜぇ、はぁはぁ……。
「ほらなー。桐葉、あんまり無理しちゃいかんぜよ」
絶対ぇこうなると思ってたんだよなー、そう漏らしながらヒエンは息も切れ切れの私の頭をぽんぽんと撫でる。
「ただでさえ体力ないんだから、頭に血を上げんなって」
「うう、分かってはいるんだけどにゃー……ふぅ、ふぅ……」
深呼吸を繰り返し、私は「はぁ……」と大きく息を吐く。
それを見たのか、青嵐りんが「ほらぁ」とどこからかペットボトルのお茶を差し出す。
「きっちゃん、無理しないで?」
「誰のせいだ、誰の」
トゥルーの冷静なツッコミを隣で聞きながら、私は青嵐りんの手にお茶を取る。
「あげるから、飲んで少し落ち着きなさいな」
「ん……ありがとにゃ」
素直に受け取り、キャップを開けて口に運ぶ。
「もう、きっちゃんも相変わらずね」
青嵐りんは私を見て微笑みながらそう言った。
「自分の身体が弱いのに、そうやって一生懸命なところ」
「お互いさまにゃ」
ペットボトルのキャップを閉めながら、私は溜息のように言った。
再びナンプレに視線を移し、シャーペンを人差し指と中指でクルクル回す。
「あら?」
青嵐りんが不思議そうに私を見た。
「きっちゃん、何するの? 是非教えてほしいわぁ」
「しつこいにゃ!」
そんな調子で、私は結局それから全くパズルに集中できなかった。
「……ま、どうせ御琴りんの家に着いたらゆっくり出来るしにゃ」
「その時は見せてくれるのかしら?」
「……はぁ」
青嵐は書いてて凄く楽しいです。
彼女は一体、どんな世界を見ているのやら。私も想像できません。
次回は御琴と氷室の話になるかと。