3…一禍団欒?-Part/α2
私達の頭上では、「?」マークのサーカス団がショーを披露している。
ともかく……状況が分からない。
「……」
「……」
兄さんと御琴さんは、じっと見つめ合ったままお互いに動かない。
それから10秒。
御琴さんがゆっくりと瞬きすると、
「……ぷっ」
と、兄さんが喉から息を吹きだした。
「あっははははははははははは! ははははははははははは!」
突然、兄さんは大声で笑い出した。
御琴さんを指さして、お腹を抱えて、さぞ面白そうに。
「ひ、氷室……さん?」
ひくひく、顔を引きつらせながらヒバリがおろおろと声を出す。
兄さんは気にも留めず、御琴さんに言った。
「うっそだぁ! ウソウソ、お前が御琴って……あははっ!」
「ウソとはなんだ」
声の方向には、紛れもなく御琴さんがいた。
あの、瞳になにかを切ってしまいそうな雰囲気を持つ御琴さんが。
「私は私だぞ。原河御琴、まぎれもなく本人だ」
「いやいや、ウソだろ?」
笑いながら兄さんが続ける。
「俺の知ってる御琴じゃない。別人みてぇだな」
「人は変わるさ」
「変わりすぎだって……くくっ」
かみ殺すように兄さんは笑って、それからこちらを見た。
「っふふ……ん? どうしたお前ら」
「いや……どうした、っていうのは」
「こっちの台詞なんすけど……」
おそらく兄さんからは、何が何だかわからずにポカーンとしている人間1人と天使2人が見えているだろう。それは正しい。
私が目を回していると、御琴さんが「なんだ三条」と尋ねる。
「氷室から聞いていないのか?」
「え? な……何を?」
尋ね返すと、御琴さんと兄さんは互いに少し歩み寄って、お互いを指さす。
「こいつは私の幼馴染だ」
「こいつは俺の幼馴染だよ」
お。
「……幼馴染ぃ?」
○
「いやぁー、しかし一瞬心臓が止まったよ」
兄さんはいったん落ち着いてから、缶コーヒーを片手に苦笑する。
「面白い人がいるんだーって星から言われてたら、それが御琴だとは……しかし久しぶりだな。7年ぶりか?」
「そうだな……。しかし三条よ」
「はい?」
「お前が氷室の身内だとは、甚だ意外だ」
「私も意外ですよ」
2人を交互に見て、私は言う。
「まさか、2人が知り合いだったなんて……」
「ホントだぜー」
エルトが私の横で呆れるように言った。
「氷室も御琴も、結構仲良いみたいだしなー」
「そうっすねぇ……」
ヒバリもうんうん、と頷いている。
そんな私達の様子を見て、『はっはっは』と御琴さんと兄さんが2人でピッタリ笑う。ホントに仲良しみたいだなぁ。
「仲が良い、か。もうしばらく会っていないのに、私達は仲良しらしいぞ。どうだ氷室」
「まぁ否定しないよ。でも驚いたぜ、御琴」
缶コーヒーを飲みほして、兄さんは御琴さんと並んで立つ。
「背ぇ伸びたな~。今何㎝だよ?」
「171だ」
「へぇー。昔のチビはどこへ行ったのか」
「黙れ。昔とは違うさ。私も成長期を通り抜けた、立派な17歳だ。もう結婚できる年齢だぞ」
そうかい、と兄さんは笑う。それを見て、御琴さんも柔らかく笑う。
「……」
私は、その2人のやりとりについ見入ってしまった。2人とも、普段の表情とは全然違ったからだ。
兄さんは兄さんで、優しい感じじゃなくて、御琴さんに茶々を入れて楽しんでいるような感じ。
御琴さんは、さっきまでの鋭い一面が綺麗に抜けて、兄弟とからかいあっている妹みたい。とても柔らかくて、あたたかい感じがする。
「なんつーかさ」
エルトが私達にだけ聞こえるように、そっと呟いた。
「2人とも、真っ直ぐだよな」
「まっすぐ?」
私が尋ね返すと、エルトは「ん」と短く頷く。
「頑張ってない、みたいな――凄ぇリラックスしてるっていうかさ」
「ふぅん……」
良く分からない言葉に、私は曖昧に頷いた。
1つだけ、気になったのは――
「……」
御琴さんの近くで佇むイロウの表情が、どうしても悲しげに見えてしまうことだった。
○
「おーい! 星ー!」
「やっほーう!」
しばらく3組で立ち話に興じていると、駅の入口のあたりから大きな聞き覚えのある声。
「結弦かな?」
私が見ると、案の定というべきか、結弦とラミラミの姿が。
それと、もう2人の女のひと。
1人は茶色っぽいウェーブのかかったロングヘアの人で、もう1人は銀髪でツインテールの人。それぞれ結弦と並ぶように歩いてくる。何故か、どちらも黒い女性用スーツに身を包んでいるのが印象的だった。
誰だろう? と思っていると、御琴さんはそれを見て、「おお!」と声を楽しげにあげる。
程なく4人が合流すると同時に、御琴さんがロングヘアの人に歩み寄る。
「青嵐じゃないか! 久しぶりだな。達者でやっているか?」
「ええ、もちろんよみーちゃん。そっちこそ、前よりも背が伸びてるんじゃないかしら?」
「ふん、女だからな。日々、進化しているさ」
「ふふ、そう?」
などと、再び楽しそうに会話をしている。
「誰だろ……?」
私がそれを眺めていると、いきなり体側から何かがぼすん、と柔らかくぶつかる気配。
「たっぷりひさしきだねぇー、姉さん! 元気にして元気、どんうぉーりーだったかーい?」
「相変わらず元気だね、ラミラミ……」
私が呆れていると、「こーら、ラミぃ! 私の星から離れなさい!」とか、「そーだぜー! 何でお前が星にひっつくんだよー!」とか結弦やエルトが言うので、「ひっひひぃー」と奇妙な笑い方をしてラミラミは仕方なさそうに私から離れる。
「全く……大丈夫だったかい、星?」
「うん、まぁ……」
「ダメじゃないかラミぃや。星はみんなのものなんだよ?」
「う~」
結弦が奇妙な事を言ってラミラミをたしなめている。
「いや~」
と、背後からねっとりした声。
「従妹さん、モテモテっすねぇ……ぷぷぷ」
「ホントだな」
兄さんとヒバリがからかうように私に言う。
私は呆れながら、
「あのね? 私、ちゃんと男の子に恋するから。女の子とは恋愛しないから。なぜなら私は女だからだよ、分かる?」
「わかったわかった」
「言われなくても大丈夫っすよー。それは蛇足って奴っす」
「微妙に合った使い方を……」
いつものやり取りを続けていると、結弦が「えっと」と困ったように笑いながら、私と兄さんを指さす。
「彼氏?」
「ちがうちがう」
兄さんが即座に否定する。それから即座にいつもの笑顔のままで、
「俺は星の従兄だよ。名前は神原氷室。こっちは守護天使のヒバリ」
「よろしくっすー」
2人がそろって挨拶すると、結弦は「なぁんだ」と安堵したようにほっと息ついて、
「水嶋結弦です。一応、星の親友をやってます」
「はいはいはーい。私はね、えーっとね、ラミラミとおおせりけりなのであるよー」
「そっか。いつも星がお世話になってるね」
「いえいえー。えへへ」
結弦が照れたように笑う。
「よろしくお願いするっすよ、ラミラミさん」
「いえーやっはー」
ふと別な方を見れば、ヒバリとラミラミがハイタッチを交わしている。
「なーなー。ところで結弦ー」
と、エルトが声をかけると、「なんだい?」といつものように返す結弦。
エルトは御琴さんの方を見て、
「誰だ? あれ」
「ああ、姉さんか」
結弦は嘆息して、少し困った顔。
「水嶋青嵐。私の姉さんだよ」
「せいらん?」
「そ。青い嵐で、せいらん。変わってるでしょ?」
ふぅん……と、私は再びその人を見る。御琴さんと同じかちょっと高いくらいの身長で、よくよく見てみると、確かに目の微妙な色とか、髪の色とかはそっくりだ。
私がじっと見ていたからなのか、その人は「?」といきなり気付いたようにこちらを見る。
「あら……」
すると、彼女はにこっ、と笑って、
「みーちゃん、この子は?」
「ああ、三条か? 私の後輩だ」
「へえ?」
その人は私にゆっくり歩み寄って、腰から綺麗にお辞儀をした。
「水嶋青嵐です。妹がいつもお世話になっているわ」
「あ、はい。三条星といいます」
私も見よう見まねでお辞儀をしてみるけれど、目の前の人にはやっぱり見劣りしてしまう。スーツを着ているだけで、立ち振る舞いが丁寧に見える。
青嵐さんの後ろでは、銀髪ツインの人が腕を組んでこちらを見ている。
「トゥルー、恥ずかしがってないで挨拶なさい」
「誰が恥ずかしがってるって?」
「あなたよ」
「恥ずかしがってねーし。……まぁ、いいけどな」
ツインテールを肩から払って、
「あたしはトゥルー。青嵐の守護天使だ。よろしくな」
きりっとした鋭い目つきで私に言う。私はとりあえず「よろしくお願いします」と返してから、まずエルトを前に出した。
「ウチはエルト。星の守護天使だ。よろしくなーっ、2人とも」
「ええ、よろしく」
「よろしくな」
青嵐さんとトゥルーがそれぞれに返す。
それを見て、兄さんは再び御琴さんに話しかける。
「知り合いか?」
「ああ、中学の時の同窓生だ。ああ見えて中々芯の通った、面白い奴だぞ」
「なるほどなぁ……」
兄さんが頷く。それを耳に入れたのか、青嵐さんは兄さんの方を見て、
「みーちゃん、そちらはあなたのお友達?」
「ああ、古い友人だ」
御琴さんの言葉に促されて、兄さんが軽く頭を下げる。
「どうも、神原氷室です」
「初めまして、神原さん。水嶋青嵐です」
それぞれが挨拶しているのを見て、私の横の結弦が「へぇ……」と驚きの表情。
「神原さん、御琴先輩の知り合いなの?」
「うん、幼馴染らしいよ」
私が答えると、「ん~……」と息みたいな声で頷く。
「御琴先輩に男の子の知り合いがいるなんて、ちょっと意外だなぁ、結弦さん」
「私もさっき聞いた時はビックリしたよー」
結弦が驚いている横で、ラミラミが「ほぉぉぉぉぉぉおお~う……」と兄さんと御琴さんをフクロウみたいな声を出して眺めている。
「……でもさ、御琴先輩って凄いよね」
結弦がぽっと、漏らすように言う。とっさにエルトが返す。
「どこがだよー?」
その言葉に、「いやね?」と前置きしてから、
「いっつも人の中心にいるんだなぁ……って、思ってさ」
書いてて気付いたんですが、星の御琴の呼び方、
「原河さん」からいつの間にか「御琴さん」に変わってますね。
桐葉の事が「桐葉さん」、青嵐が「青嵐さん」だから、割と「御琴さん」の方が違和感ないのかもしれませんね。