2…一日二秋?-Part/β2
「へぇ。ラミラミちゃんはイギリスに行きたいのかしら?」
「うむうむー」
姉さんがやんわりと尋ねると、ラミぃは満足げに胸を張って頷く。
「いぎりすなる場所の国はー、私の生まれし故郷も故郷で、とってもかんとりー、なところなのだー!」
「へぇ。ラミラミちゃんはイギリス人……いえ、イギリス天使なのかしら?」
「らむらむー」
両手でほっぺたをぺちんぺちんと叩きながら返事をするラミぃ。
私は驚き半分にラミぃに尋ねてみる。
「ラミぃ、イギリスの生まれなのかい?」
「そのきゃっち、あい・どん・のぅ、だよー」
「ふーん……なるほどねぇ」
「……結弦」
トゥルーに睨まれた。そうだよね、適当に相槌うっちゃいけない。
私は日本語の下手なラミぃの代わりに、トゥルーに対して尋ねてみた。
「トゥルーもイギリス出身だったりするのかい? それともロシア?」
「んな訳あるか、バカ」
トゥルーはムスッとした様子で、こころもちそっぽを向きながら、
「あたしはきちんと天界の生まれだ。きちんと天使だよ」
「ふむふむ……」
となると、ラミぃの言っている事はデタラメなのか、それともラミぃはトゥルーとは違う生まれなのか……ううむ、なかなか奥が深そうな話。気にはなるけど、考えはしない。それが水嶋家クオリティ。
「そういえば、ラミラミちゃんはしょっちゅう英語を使ってるわよねぇ」
「ほむほむー」
某超時空シンデレラばりにキラッ☆ とポーズを決めながら、ラミぃはにこにこと答える。ほむほむなのにランカときたか……いろいろ危ない子だねぇ、ラミぃや。
「絶対関係ねぇだろ……」
げんなりといった様子で、トゥルーはラーメンを口に運びながら言った。しかし1つのツッコミでひるまないのは姉さんもラミぃも一緒だったようで、
「ご両親はどんな方なのかしら?」
「むー。どちらにしても、べたー、いん、とぅもろぅ、なのだよー」
「あらぁ、うちの両親とは大違いね、ゆうちゃん?」
「うん、そうだねぇ」
「でしょう? 私にも高校に入れってうるさかったわねぇ。……本当はみーちゃん達と同じ学び舎で時を過ごすのも、いいと思ったんだけどね?」
「青嵐の場合は、それに見合う学力が足りねぇんだろ」
トゥルーの辛辣な言葉に、姉さんは「もぅ……」と出来の悪い娘を見る母親のような表情をして、
「いいじゃない、学力なんて。英語さえ話せれば、この社会なんて生きていけるのよ」
「うぇ。姉さん、英語話せるんだ?」
「もちろんよ?」
へぇ……素直に驚く。
……正直に言うと、妹の結弦さんから見ても――この人は、座学に関してはどうしようもない人だ。それが英語ペラペラとは、なかなかに信じられない。
そんな事を考えていたのを読み取ってか、姉さんはクスクスと笑い、
「姉さんの場合はね。仕事柄、いろんな言葉が話せるほうが都合がいいのよ」
「いろんな言葉かぁ」
「ええ。今は中国語とかを勉強しているの」
「うっへぇ……」
うふふ、と大人っぽく笑う姉さんは、実際にとても年上の人に見えた。すごいや姉さん。
すると、私の肩にあごを乗っけて「む~ん」と唸っていたラミぃが、トゥルーに語りかける。
「トゥルー氏は青嵐と同じよかとに、外国語をきゃん・ゆー・ひありんぐ、なのかなー? ねぇねぇー」
「……出来ねぇよ。悪いかよ」
トゥルーは顔を少し赤くしながら、照れ隠しのようにラミぃをギン! と睨みつける。ラミぃはそれを見て「あっひゃひゃひゃ!」とまた笑っている。とりあえず耳元で甲高い声で笑うのはやめてほしい。
私は笑い転げているラミぃを隣の椅子に座らせて、トゥルーに話しかける。
「じゃあ、トゥルーは何してるんだい? ニート?」
「バカ。あたしは守護天使だろ? 青嵐のボディーガードくらいやってんだよ」
「ボディーガードって……あ」
そういえば、と私は思い出す。
「トゥルーも、何か武器を持ってるのかい?」
「武器……ああ、聖装の事か?」
そうそう、と私は頷く。
そう、あれは36万……いや、今月の7日だったっけ。ラミぃを拾った日だよね。
あの時、ラミぃが見せてくれた大きな槍の事を私は思いだしていた。結局、あれ以来あの槍を見てはいないけれど、それを使って結弦さんの身を守るとかなんとか言っていた気がする。
ひょっとして、トゥルーも似たように物騒な得物を持っているんじゃないだろうか?
「あたしの聖装なら、ほい」
トゥルーが軽く右手を振ると、まるで手品みたいにそれは握られていた。
長さは30㎝強くらい。銀色の金属光沢を放っていて、横並びに丸いボタンのようなものがいくつもついている。
「……笛?」
「笛だ。悪いか」
それは音楽の教科書で見るような、フルートにそっくりだった。
それを見て、ラミぃは「おおー!」と歓声を上げている。
「ゆぅ・きゃん・ぷれいんぐ! 頑張れー、諦めちゃそこで3回ほいっすりんぐ、だよぉー」
「あら、よく分かったわねぇラミラミちゃん。こんなトゥルーでも、楽器の演奏はすごく上手なのよ?」
「こんなとは何だ青嵐」
トゥルーはぶすっとした顔で、くるくると笛をバトンのように手先で器用に回している。それが武器としての使い方なのだろうか? 叩くのかな?
疑問に思って尋ねてみると、トゥルーは詳しく解説をしてくれた。
「あたしな、『ⅤⅢ』の天使なんだよ」
「はぁ。力が強いからかい?」
「バカ言え。……タロットの『力』には、素手でライオンを抑えてる女が描かれてる。転じて、『余裕のある力』とか、そういう意味を持つんだよ」
「ふぅむ……」
「つまり、だ。あたしには『戦わない力』がある訳だ」
トゥルーの言葉はどこか誇らしげ。
しかし戦わない力って……それってつまり、チキンって事だろうか。結弦さんはてっきり、もっとこうドンパチするようなものだと思っていたのに。
「期待はずれだなぁ」
「なんだとコラ」
怒りというより訝しみの念でこちらを睨むトゥルー。私の隣にいるラミぃは「きゃー! ほらほらー」と大笑いしながら悲鳴を上げている。やっぱりマゾなのかな。
一方の姉さんは、しょうがないわねぇ、と言いたげな視線をトゥルーに向け、
「トゥルー。あなたはもう少しガマンを覚えなさい?」
「うっせーな青嵐。その台詞はそのままお前に返してやりてーよ」
「……あらぁ」
姉さんがわずかに目を細めて笑みを浮かべる。
「ねぇ、それって……どういう意味かしら?」
「まんま受け取れねぇのかよバカ。もう少し自重しろって言ってんだよ」
「それはあなたもよ、トゥルー。その言葉遣いの悪いところは早く直しなさい」
にこにこ。
「う……うっせーな。これが素だっつーの」
「なら、その素を直しなさいな」
にこにこにこにこ。
「と、ともかくな。青嵐はもっとこう……」
「もう、何度も言わなくても分かってるわ?」
にっこにこ! もう姉さんは怖いくらいの笑顔でトゥルーに答えている。
というか、姉さんがこうやって笑っている時はだいたい怒っている時だという事を妹は知っている。この目で見られると、相対している時はなすすべなく縮こまるしかなかったなぁ……。まともに言い合っているのは、私の知り合いでせいぜい御琴さんくらいだ。
「……はぁ」
トゥルーはその笑顔に心の底の疲れを吐き出すように溜息をついて、
「わかったよ。もういいっつーの」
「あら? トゥルーったら怒ったり疲れたり、忙しい娘ね」
その言葉には答えず、トゥルーはいつの間にか空になっていたカップ麺の容器を持って台所へとすとすと歩いていく。
……そう言えば、トゥルーが浮かんでいるところってあんまり見た事ないなぁ。別に不便ないだろうに……今度聞いてみようかな。
「そうそう、ところゆうちゃん」
「んー?」
姉さんはさっきまでの『お怒りオーラ』を完全に消して、いつものぽわぽわとした表情で言った。
「ほら、遊びに行くって話だったでしょ? どこに行くのかしら」
「みーとぅー! みーとぅー!」
「おや。ラミぃも遊びに行きたいのかい?」
隣で両手をバンザイしながら、
「みーとぅー! いえー、みーとぅー!」
「ほら、ラミラミちゃんもこう言ってるんだし……いいじゃない?」
「はいはい。分かったから……とりあえず空のカップ麺片付けよ?」
姉さんとラミぃは『はいはい』とそろって返事をして立ち上がった。
……守護天使、交換したらきっと人生が上手くいく気がする。ラミぃがいらない子って訳じゃなくね。