2…一日二秋?-Part/β1
「ゆうちゃん、姉さんはどこかに遊びに行きたいわぁ」
「はい?」
7月31日の朝早く。姉さんはテーブルでアイスコーヒーを飲みながら、そんな事を言いだした。
姉さんは「だってねぇ」と、困り顔を浮かべる。
「ずっと家にいても、息がつまっちゃうわぁ。ゆうちゃんだって遊びに行きたいんじゃないかしら」
「私はいいよー。家でゴロゴロ出来るっていうのは貴重だよ?」
かく言う私は、今はソファに横になってTVを見ている状態だ。時刻は午前5時半。ラミぃとトゥルーはまだ起きていない。
姉さんは「そうねぇ」と首をかしげるようにして、
「じゃあ、みーちゃんとでも遊ぼうかしら?」
「明日会うんだからさぁ……わざわざ今日遊ばなくたって良いじゃん」
「んー……確かにそうよねぇ」
コーヒーを一口、口に含んで、
「きっちゃんも誘わないと、不公平よねぇ……ゆうちゃんの言うとおりだわ」
「いや、結弦さんはそんな事言ってないけどね」
ちなみに「みーちゃん」とは御琴先輩、「きっちゃん」とは桐葉先輩の事だ。姉さんは親しい人の事は何かと妙なあだ名で呼びたがる。かくいう私も「ゆうちゃん」とあだ名で呼ばれているし。
姉さんは空になったコーヒーカップをかちゃ、とお皿に置いて、
「何をして遊ぼうかしら? 久々に会ったんだし、楽しい遊びがしたいわぁ」
「いや姉さん、自分で勝手に話を進めないでってば」
「?」
どうしたの? と言わんばかりに首をかしげる。私は溜息をつく気にもならず、
「だーかーらー。まだ御琴先輩達と遊ぶって決まった訳じゃないでしょ?」
「あらぁ……そうなの?」
「そうなの? って、姉さんが良い出した事じゃん」
「ん~……」
ほとんど息みたいな声で、姉さんは溜息をついた。
「やっぱり仕事に慣れちゃうと、暇が暇じゃなくなるわねぇ」
「そんなもんなのかい?」
私が尋ねると、姉さんは「ええ」と言葉を続ける。
「何かしてないと気が済まない……というか、落ち着かない感じがするわ」
「ふーん……そんなに忙しいの? 仕事」
「ええ、忙しいわよ」
姉さんはカップとお皿を持って立ち上がり、台所へと綺麗な姿勢で歩きだす。
「でも楽しいし、やりがいはあるわぁ」
「へぇー。……えと、どんなお仕事なんだっけ?」
「うふふ」
左手の人差し指を立てて、自分の唇にあてる仕草。
「それは人には言えないわ。姉さんを引っ掛けようとするなら、ゆうちゃんはまだまだ若いのよ」
「ありゃりゃ……相変わらず姉さんには敵わないねぇ」
それとなーく話をそちらに持っていこうと考えたんだけどなぁ。どうやら結弦さんじゃあ、この人を口で負かすことは当分できそうにない。相変わらず私の姉ながら、どこまでも底知れない人だ。こういうところも、少し苦手。
姉さんはそんな私の様子を見て意地悪そうにふふふ、と笑いながら、新しいアイスコーヒーを手に再びテーブルへと戻ってくる。
「ところでゆうちゃん。ずっと家にいて、息が詰まらないかしら?」
「んー。私はゴロゴロしてるのが幸せだから、そうでもないよー」
「そう? 姉さんはどこかに遊びにでも行きたいわぁ。ちょうど仕事も休みだし」
「んー。じゃあ4人でどこかに行ってみるー? 今日の昼くらいにでもさー」
こんな会話も、すこし一緒にいると慣れたもの。
そんなこんなで、水嶋家の朝はあっという間に過ぎてゆく。
○
「で、どこに行くんだって?」
朝食のカップ麺にポットからお湯を注ぎながら、トゥルーが口を開く。
姉さんはそんな様子を見て、
「もう、トゥルーったら。そんな嫌そうな顔しないで? 目つきが怖いわよ」
「うっせぇ。生まれつきだっつの」
「あっひゃひゃひゃ!」
「ラミラミも笑うなよ」
心もち悲しそうな表情でトゥルーはげんなりと言った。実はあの鋭い目つき、気にしているのかもしれない。
「結弦さんとしてはかっこよくていいと思うけどなぁ。やっぱり気になるもんなのかい?」
「んー、嫌じゃないけどな。いちいち指摘されるのは癪に障るんだよ」
私の正面に座りながら、トゥルーは銀髪ツインテールの先っぽを指でくるくるといじっている。なんとなくイライラしているのは、私にも伝わった。
しかし、私の隣の天使には伝わらなかったようで、
「んっふふふー。トゥルーはにーでぃりんぐ・あい、を過剰も過剰に気にしすぎなのだよー。人にはそれぞれそれぞれの個性、特性がありけりにしもあらざりぬるものなりけりなのだよー」
「うっせぇ。黙れ」
「おっほほぅ。怖い怖いー。きゃー! 結弦んお助けご依頼の行列作成ー」
ラミぃはいかにもわざとらしく悲鳴を上げ、私にひしっ、と抱きついてくる。表情は恐怖のかけらも無く、明らかに面白がっている無邪気な笑顔そのもの。
「……」
「ふふっ、トゥルーもそこまで落ち込む事ないじゃない? 気にしなくてもいいのよ」
押し黙ってわなわなと怒りに震えているトゥルーを、姉さんは温和な表情でなだめている。それを見てラミぃが「あっひゃっひゃひゃひゃ!」と指を指してまた笑っている。
私はとりあえず体にくっついているラミぃを引き剥がして隣の椅子に座らせてから、なんだか激しく落ち込んでいるトゥルーに声をかけてみる。
「まぁ気にしちゃいけないよ。顔かたちなんて変えたくて変えられるもんじゃないからさ」
「ん……まぁ、な」
「さっきも言ったけど、結弦さんはかっこいいとおもうけどねぇ。うらやま」
「ん~……」
なおもトゥルーの表情は渋りがち。それを見て「あっはひゃひゃおうぇ!」とまた笑っているラミぃ。
「ラミぃや。人の顔を見て笑うのは直しなさい」
「うぇえー!」
何故かすんごいショックを受けていた。
「そのアドヴァイジングをぷりーずてるみーさてぃすふぁいどうぃず、するたまわれば、私のあいでんてぃてぃが1つまた1つぷれっしゃーすたでぃーなのだよー」
「うん、身振り手振り交えて必死に弁解してるけどね。結弦さんには何言ってるかさっぱり分かんないや!」
今回は特に英単語が多かった。結弦さん、英語は苦手なんだよねー。だって日本人。
ラミぃはそんな私の言葉にもしょげることなく、
「結弦んは私にどんと・きりんぐ・じゃいあんと、をさせたもうとして賜らん事を希望皇ほーぷれい、なのかな? かな?」
「ラミぃはサッカーもできるのかい? 異次元の手くらいはできそうだね」
「いえーい!」
何故か喜んでいた。ところでアレってもう超次元どころじゃないよね。超次元をも超えた次元?
「……」
「ごらんなさいトゥルー。目つきが怖いからって、あなたが悪い人ってわけじゃないのよ?」
「意味分からん」
「あらぁ、ごめんなさい? よく考えたらトゥルーは人じゃないものね」
「……」
姉さんはにこにこと微笑み、トゥルーは「本当に疲れる……」とげっそりし、ラミぃは「いやっほーぅ!」とはしゃいでいる。
あれぇ、結弦さんってこんなまともなキャラで押していく予定なんか皆無なんだけどねぇ? どうしようかねぇ。
自分のキャラの薄さに若干の危機感を抱いていると、姉さんが「そういえば」と私に話の矛先を向ける。
「ゆうちゃん、結局今日はどうするのかしら?」
「ん、どこかに出かけるって話かい?」
「ええ。姉さんは散歩でもいいから行きたいわぁ。本当にやる事がなくて暇なのよ」
「んー……」
同じ話を何度も聞いていると、自分の思考がその話に染められていく。人間の不思議だね。
「よし、じゃあ出かけよっか?」
だから結弦さんはうかつに返答してしまった訳で。
「じゃあラミぃや。どこに行きたい?」
「いぎりすー!」
「……」